伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

どんとこい労働基準監督署Part2 知って得する憲法と行政法

2021-10-23 14:40:08 | 実用書・ビジネス書
 使用者側のコンサルタントにして社会保険労務士・行政書士の著者が、労働基準監督署から未払い残業代を2年分遡って支払うよう是正勧告を受けても従う義務はない、労働基準監督官の臨検も突然やってきて使用者の許可もなく入り込んだら拒否して追い返してよいなどと使用者を煽る本。
 表紙に「労働基準監督署の権限と是正勧告、そして臨検調査について、この1冊で面白いほどわかる」と書かれていて、労基署の臨検・調査・是正勧告の実務、実情が解説されているのかと思って読みましたが、まったく期待はずれでした。
 書かれているのは、憲法や行政法の一般的な解釈・講釈で、大部分は何のために書かれているのかよくわかりません。行政法の解説部分が多いのですが、こう言っては悪いかも知れませんが、どこかの教科書を十分に理解しないまま引き写している感じです。「たとえば『100万円支払え』としか訴えないのに税務署長が間違って『110万円支払え』と言ってきたような場合、これは違法な行為であるが、この行政行為に公定力が働くため、原則として違法であっても一応有効となる」(95~96ページ)と書かれているのですが、税務署長が誰から「訴えられて」課税処分をするんでしょう。「審査請求に対する応答は『採決』と呼ばれる」(99ページ)、「取消訴訟は、裁判所に違法な行政処分の取消を求める手続きで、処分を知った日から60日以内に提起すべきものとされている(行政事件訴訟法第14条)」(104ページ)とか、読んでいて頭がクラクラします(いうまでもなく、前者は「裁決」、取消訴訟の出訴期間は6か月)。ちなみに行政不服審査の不服申立期間についても「原則として処分を知った日の翌日から60日以内に申し立てなければならない(行政不服審査法第14条)」(104ページ)と書かれていますが、2014年の改正で3か月以内に延長され、条文も行政不服審査法第18条になっています。この本の「法令は2021年4月1日現在による」とされています(7ページ)が…
 著者の目からは労働者に支払う必要がない残業代を労働基準監督署が支払えと言うことは企業の財産権に対する侵害だとか営業の自由の侵害だとか、そういう労働基準監督官は労働者の奉仕者だから全体の奉仕者であることを求める憲法第15条第2項違反だ(46~47ページ)というような、粗雑な論理で労働基準監督署と戦えるんでしょうか。現場での交渉は勢いや迫力も大きな要素になるので、人によってはこういう調子で追い返せることがあるのかも知れませんが、ふつうの人がこんなこと言ったら相手にされずにやけどするでしょうね。
 著者は、臨検に来た労働基準監督官に事業主が帰ってくれと言っても居座る場合は、「事業主が監督官を実力行使で退去させたとしも、それは正当防衛になり、公務執行妨害罪にはあたらない」としています(181ページ)。暴行または脅迫を加えないとそもそも公務執行妨害罪に当たりませんから暴行・脅迫によらずに平和的に帰ってもらうのなら問題ないですが、臨検に来た労働基準監督官に暴行・脅迫を加えても「正当防衛」だというのでしょうか。著者は犯罪捜査のためではなく行政監督上の立ち入りの場合は妨害しても公務執行妨害罪にならない(193ページ)などとも言っていますから、公務執行妨害罪について根本的な勘違いをしているのかも知れません。いずれにしてもこれを読んで、臨検に来た労働基準監督官を、自分の目には必要性のない臨検だと思うからといって帰れと言いそれで帰らなければ実力行使で引きずり出しても罪に問われないと思い込んで実行する事業主がいたら不幸なことです。


河野順一 日本橋中央労務管理事務所出版部 2021年6月10日発行
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