「ループ量子重力理論」という量子力学の学説のうち日本ではマイナーな立場(日本では「超ひも理論」が圧倒的にメジャー)の第一人者による宇宙論を中心とした物理学の歴史と先端の解説書。
すべて(時空間も電磁場も物質も:文字通りこの世に存在するものすべて)が粒子の性質を持つ(非連続の特定の値/スペクトルを持つ)量子で満たされた「量子場」であるという「ループ量子重力理論」(これまでほとんど聞いたことがなかったんですが)の立場から、古代ギリシャのデモクリトスの原子論の偉大さが語られ、キリスト教支配下の停滞・後退を経て、ニュートンとともに、電場・磁場において力を運ぶ/媒介する「ファラデー力線」の提唱を重視し、その後相対性理論と量子力学へとつなぐ物理学の発展を説明する前半は、ポピュラーな説明のようでいながら、デモクリトスとファラデーの重視が目につきます。空間が何もない入れ物ではなく、粒子の性質を持つ量子が詰まっている(というよりも量子の集合体そのものである)という自説へのつながりを導くために特にこの2人の存在を強調しているのだと、後になって気づきます。空間が粒子/量子で満たされているという著者の主張は、かつて光が到達するのに媒質がないということは考えられないとして宇宙空間は物質(エーテル:「銀河鉄道999」の…ではありません/それはメーテル)で満たされているとした今では顧みられなくなった考えとどう違うのでしょうか。その極小の量子(いちばん小さな原子核の10億分の1の10億分の1だそうです:219ページ)で宇宙が満たされている(量子の集合した量子場が宇宙そのものである)としたら、「膨張する宇宙」では、量子が膨張しているのでしょうか(あらゆるものの体積は連続的には変化できず、特定の値/スペクトルを持つとすると、その膨張は非連続に起きるのでしょうか)、それとも量子が増えるのでしょうか。もちろん、ループ量子重力理論の第一人者である著者は当然に答を持っているのでしょうけれども、裏表紙には「これほどわかりやすく、これほど感動的な物理本はなかった」とされている一般向けの本で、読んでいてごくふつうに感じるそういう疑問が解説されていないのは、欲求不満が残ります。
裏表紙の紹介とは裏腹に、量子力学をめぐる記述は、やはり難解というか、腑に落ちません。量子は他の量子に影響を与えるときしか存在しないという説明(156~158ページ等)は、量子力学の基礎的な前提/概念とされますが、それはやはり「存在しない」のではなく私たちの観察力/観測方法の限界/欠如により認識できないだけなのではないのでしょうか。私が高校生の時、講談社のブルーバックスで相対性理論の解説を読んで感激し、続いて勇んで量子力学の本を読んだら頭がこんがらがって投げ出して以来、量子力学には、いつまで経っても苦手意識とうさんくささを感じ続けています。リチャード・ファインマンが「量子力学を本当に理解している人間は、この世にひとりもいないと言っていいと思う」と言っているという紹介(182ページ)には、ホッとしますが。
原題:La realta non e come ci appare
カルロ・ロヴェッリ 訳:栗原俊秀 監訳:竹内薫
河出文庫 2019年12月20日発行(単行本は2017年、原書は2014年)
すべて(時空間も電磁場も物質も:文字通りこの世に存在するものすべて)が粒子の性質を持つ(非連続の特定の値/スペクトルを持つ)量子で満たされた「量子場」であるという「ループ量子重力理論」(これまでほとんど聞いたことがなかったんですが)の立場から、古代ギリシャのデモクリトスの原子論の偉大さが語られ、キリスト教支配下の停滞・後退を経て、ニュートンとともに、電場・磁場において力を運ぶ/媒介する「ファラデー力線」の提唱を重視し、その後相対性理論と量子力学へとつなぐ物理学の発展を説明する前半は、ポピュラーな説明のようでいながら、デモクリトスとファラデーの重視が目につきます。空間が何もない入れ物ではなく、粒子の性質を持つ量子が詰まっている(というよりも量子の集合体そのものである)という自説へのつながりを導くために特にこの2人の存在を強調しているのだと、後になって気づきます。空間が粒子/量子で満たされているという著者の主張は、かつて光が到達するのに媒質がないということは考えられないとして宇宙空間は物質(エーテル:「銀河鉄道999」の…ではありません/それはメーテル)で満たされているとした今では顧みられなくなった考えとどう違うのでしょうか。その極小の量子(いちばん小さな原子核の10億分の1の10億分の1だそうです:219ページ)で宇宙が満たされている(量子の集合した量子場が宇宙そのものである)としたら、「膨張する宇宙」では、量子が膨張しているのでしょうか(あらゆるものの体積は連続的には変化できず、特定の値/スペクトルを持つとすると、その膨張は非連続に起きるのでしょうか)、それとも量子が増えるのでしょうか。もちろん、ループ量子重力理論の第一人者である著者は当然に答を持っているのでしょうけれども、裏表紙には「これほどわかりやすく、これほど感動的な物理本はなかった」とされている一般向けの本で、読んでいてごくふつうに感じるそういう疑問が解説されていないのは、欲求不満が残ります。
裏表紙の紹介とは裏腹に、量子力学をめぐる記述は、やはり難解というか、腑に落ちません。量子は他の量子に影響を与えるときしか存在しないという説明(156~158ページ等)は、量子力学の基礎的な前提/概念とされますが、それはやはり「存在しない」のではなく私たちの観察力/観測方法の限界/欠如により認識できないだけなのではないのでしょうか。私が高校生の時、講談社のブルーバックスで相対性理論の解説を読んで感激し、続いて勇んで量子力学の本を読んだら頭がこんがらがって投げ出して以来、量子力学には、いつまで経っても苦手意識とうさんくささを感じ続けています。リチャード・ファインマンが「量子力学を本当に理解している人間は、この世にひとりもいないと言っていいと思う」と言っているという紹介(182ページ)には、ホッとしますが。
原題:La realta non e come ci appare
カルロ・ロヴェッリ 訳:栗原俊秀 監訳:竹内薫
河出文庫 2019年12月20日発行(単行本は2017年、原書は2014年)