春の消息
生きてゐるのは喜びなのか
生きてゐるのは悲しみなのか
どうやら僕には分らなんだが
僕は街なぞ歩いてゐました
店舗々々に朝陽はあたつて
淡い可愛いい物々の蔭影
僕はそれでも元気はなかつた
どうやら 足引摺つて歩いてゐました
生きてゐるのは喜びなのか
生きてゐるのは悲しみなのか
こんな思ひが浮かぶといふのも
たゞたゞ衰弱てゐるせいだろか?
それとももともとこれしきなのが
人生といふものなのだろうか?
尤も分つたところでどうさへ
それがどうにもなるものでもない
こんな気持ちになつたらなつたで
自然にしてゐるよりほかもない
さうと思へば涙がこぼれる
なんだか知らねえ涙がこぼれる
悪く思つて下さいますな
僕はこんなに怠け者
これはまた趣きの違う詩であるが、先ほどの12編の詩の中の6番目の詩である。中原中也の詩の魅力はこんなに趣きの違う詩が、混然となっていることにもあるのだろう。私のチェックは△が記されている。単なる✓ではない。○でもない。ちょっと戸惑った印象がこの△の印にあらわされているのかもしれない。そんな戸惑いが感じられる詩である。
意外とこんな戸惑いが20数年前の私には似つかわしかったのかもしれない。
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生きてゐるのは喜びなのか
生きてゐるのは悲しみなのか
どうやら僕には分らなんだが
僕は街なぞ歩いてゐました
店舗々々に朝陽はあたつて
淡い可愛いい物々の蔭影
僕はそれでも元気はなかつた
どうやら 足引摺つて歩いてゐました
生きてゐるのは喜びなのか
生きてゐるのは悲しみなのか
こんな思ひが浮かぶといふのも
たゞたゞ衰弱てゐるせいだろか?
それとももともとこれしきなのが
人生といふものなのだろうか?
尤も分つたところでどうさへ
それがどうにもなるものでもない
こんな気持ちになつたらなつたで
自然にしてゐるよりほかもない
さうと思へば涙がこぼれる
なんだか知らねえ涙がこぼれる
悪く思つて下さいますな
僕はこんなに怠け者
これはまた趣きの違う詩であるが、先ほどの12編の詩の中の6番目の詩である。中原中也の詩の魅力はこんなに趣きの違う詩が、混然となっていることにもあるのだろう。私のチェックは△が記されている。単なる✓ではない。○でもない。ちょっと戸惑った印象がこの△の印にあらわされているのかもしれない。そんな戸惑いが感じられる詩である。
意外とこんな戸惑いが20数年前の私には似つかわしかったのかもしれない。
