平安時代の大歌人と現代詩人長田弘を並べて論じようというのではない。また長田弘が西行を論じているわけでもない。本日からの旅行で読む本を選んだら、昨夜夜中までいろいろ悩んだ末に、この二者の本となったということである。
「詩人であること」(長田弘、岩波同時代ライブラリー)
「西行ー魂の旅路-」(西澤美仁編、角川文庫)
まずこの二冊、オーロラツアーとまったく関係がない。それがいいのである。短歌と現代詩、それも交わりそうもない関係の二冊、この関係の無さがまた私の気に入った。
オーロラや、二冊の間に何らかの関係があるのは避けたかった。本当は古典短歌の世界と現代詩も「詩」であることの共通性があるので、他の分野(たとえば世界史関係等)なども考えたが適当なものが無かった。
いづれも読みかけ、それも最初の数ページだけの本である。どれだけ読めるかまったく想定できない。ほとんど読まずに帰ってくるかもしれない。それはそれで気にしないことにしている。
西行はこの季節にはいいかもしれない。桜を詠んだ歌だけをピックアップして読んでもいい。
「桜」にこだわった歌人であることを再度確認しながら、そして私の頭の中で桜・サクラのイメージを膨らませながら帰ってくるのも一興である。

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「詩人であること」(長田弘、岩波同時代ライブラリー)
「西行ー魂の旅路-」(西澤美仁編、角川文庫)
まずこの二冊、オーロラツアーとまったく関係がない。それがいいのである。短歌と現代詩、それも交わりそうもない関係の二冊、この関係の無さがまた私の気に入った。
オーロラや、二冊の間に何らかの関係があるのは避けたかった。本当は古典短歌の世界と現代詩も「詩」であることの共通性があるので、他の分野(たとえば世界史関係等)なども考えたが適当なものが無かった。
いづれも読みかけ、それも最初の数ページだけの本である。どれだけ読めるかまったく想定できない。ほとんど読まずに帰ってくるかもしれない。それはそれで気にしないことにしている。
西行はこの季節にはいいかもしれない。桜を詠んだ歌だけをピックアップして読んでもいい。
「桜」にこだわった歌人であることを再度確認しながら、そして私の頭の中で桜・サクラのイメージを膨らませながら帰ってくるのも一興である。

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