Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「洋画家たちの青春-白馬会から光風会へ-」展

2014年04月26日 23時28分13秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 昨日初めて東京ステーションギャラリーへ出かけた。改装・復元なった東京駅の丸の内北口にあるギャラリーだが、何となく行きそびれていた。今回も開催している展覧会自体は私の趣味からすると興味深々というわけではなかった。しかしいろいろな人の絵を見るという気持ちは大切にしなくてはいけないのは当然なので、まずは入ってみなくては何事も始まらない、ということで入場。
 まずは、会場の印象から。会場は3階、2階と別れていて階段で移動するのだが、この階段に古いレンガの遺構が露出している。これは見ものである。撮影が出来そうなのでこの次に来るときはこの遺構の写真を是非撮りたいと思った。人もあまり通らないので面白い被写体である。これはいいものを見つけたと思う。昨日の収穫である。

   

 光風会100回展記念ということで、黒田清輝に始まる官展の流れに遡る団体の回顧展ということになる。黒田清輝、藤島武二、岡田三郎助、有島生馬、曾宮一念、小磯良平、猪熊弦一郎、國領經朗などの私のとりあえず知っている名が並んでいる。
 アカデミズム・具象などがキーワードになるのだろうか。



 私が惹かれた絵は、國領經朗「砂の上の群像」(1974)、内田巌「イギリスの女A」(1931)、辻永「ハルピンの冬」(1917)、田村一男「きたのくに」(1982)、寺内萬治郎「裸婦」(1953)。

 まず國領經郎の「砂の上の群像」という作品は知っていたし、どこかで見たことはあると思うが、こんなに大きな絵だったかなと思った。それだけこの作品がとても目立って見えたということだろう。女性が大変艶めかしく感じられた。とくに右端に裸で立つ若い女性像がこんなに迫ってくるとは思わなかった。女性像が多い展示なのだが、どれもがあまり実在感のない印象なので余計に目立ったと思う。生きている感じがした。
 女性像が多い展示なのだが、どの絵もポーズもぎこちないし、「生きている」感じが乏しい。どの絵も妙にとってつけたポーズ、あるいは動きがぎこちないポーズで生きている感じしない。動作が自然ではあっても目が死んでいるようなものもあった。その中で内田巌「イギリスの女A」は腕・手首の造詣が少々変だが、他の作品に比べて生身の人間を感じさせないで成立しているような、媚びるポーズではないものがあって惹かれた。寺内萬治郎「裸婦」は妙に艶めかしかった。

 辻永「ハルピンの冬」の画面を上下に二分する大胆な青い柵が不思議におさまっている。田村一男「きたのくに」は花が咲いたコブシの造形が気に入った。




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メーデー

2014年04月26日 22時19分52秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は退職者会のメンバーとともにメーデー会場の横浜みなとみらい地区の臨港パークに9時半に出かけた。
 いい天気のもとで、すっかり日焼けした。出身支部の組合員のいる一角と退職者の集まる一角を行き来しながら、話をして回った。
 支部の役員を続けていた頃はデモの手配、事前の場所取り、参加表の点検、弁当・ツマミ買い出し、普段の会合には参加しない久しぶりに会う組合員との対話、他支部に異動した組合員との挨拶、後片付け、写真撮影‥と限りなく忙しいので、「メーデーとは役員の厄日」と自嘲していた。メーデーが終了する頃にはもう疲労困憊であった。
 退職後3回目の参加となるが、いたって気楽なものである。写真も出身支部の仲間、退職者の集まる一角、中央の演壇をそれぞれ1枚撮って仕事は終了。
 あとはビールを片手に気の置けない仲間と気楽に話をして、十分に日焼けしてきた。会場をあとにしてからは6名ほどで久しぶりに野毛まで歩き、安い居酒屋で二次会。3時過ぎには横浜駅にもどり、歩いて帰宅。
 最後に飲んだ日本酒1合がだいぶきいている。

 帰宅後すぐに寝てしまったが、先ほど「もう朝になったか」と勘違いして起きてきた。そういえばまだ風呂にも入っていなかった。




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