★雪の暮鴫はもどつてゐるような(蕪村)
1月26日にこの句について、西行の「こころなき身には‥」を下敷きにして、秋から冬への転換、北の古巣へ帰った鴫への転換、と記載した。
しかし安藤次男の「与謝蕪村」を読んでいたら、別の解釈を記してあった。それは鴫を蕪村の独り娘「くの」にたとえる入るのではないか、と記してある。
「くの」は1777(安永5)年12月に商家に嫁ぎ翌年5月には早くも実家へ戻している。半年ほどで離縁した(された)愛娘が、ひょっとしてその6ヶ月あまりの間に自分の家に戻って母親と何やら苦しい胸の内を語っていることを、それとなく知った父親の感慨ではないか、というのである。
句の句、作句年代未詳なのでそのような現実と本当にかかわるのか、それは確定できないかもしれないが、安藤次男の解釈はいかにも俳諧的なところもあり、私はとても心惹かれた。
これだ、という解釈はなかなかわからないものでもあるが、和歌的な雅からの転換をさらに一歩進めて、生活感の詰まった領域なのかもしれない。とても近代的な句なのかもしれない。
1月26日にこの句について、西行の「こころなき身には‥」を下敷きにして、秋から冬への転換、北の古巣へ帰った鴫への転換、と記載した。
しかし安藤次男の「与謝蕪村」を読んでいたら、別の解釈を記してあった。それは鴫を蕪村の独り娘「くの」にたとえる入るのではないか、と記してある。
「くの」は1777(安永5)年12月に商家に嫁ぎ翌年5月には早くも実家へ戻している。半年ほどで離縁した(された)愛娘が、ひょっとしてその6ヶ月あまりの間に自分の家に戻って母親と何やら苦しい胸の内を語っていることを、それとなく知った父親の感慨ではないか、というのである。
句の句、作句年代未詳なのでそのような現実と本当にかかわるのか、それは確定できないかもしれないが、安藤次男の解釈はいかにも俳諧的なところもあり、私はとても心惹かれた。
これだ、という解釈はなかなかわからないものでもあるが、和歌的な雅からの転換をさらに一歩進めて、生活感の詰まった領域なのかもしれない。とても近代的な句なのかもしれない。