Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「わが心の帆」とは?

2019年08月01日 23時17分55秒 | 俳句・短歌・詩等関連



 本日は早めに帰宅。17時からの団地での飲み会、19時半過ぎから参加した新宿での飲み会、二つ連続はきびしいものがあるが、亡くなった友人の葬儀等のことについてどうしても情報が知りたかったので、新宿まで出かけた。

 21時過ぎには飲み会も早めに終了したので、寄り道せずに帰宅。

 本日からはウォーキングを軽くするつもりであったが、飲み会のハシゴということもあり、先月の平均近く歩いてしまった。明日は少し自重。

★炎天の遠き帆やわがこころの帆     山口誓子
★炎天の梯子昏きにかつぎ入る      橋本多佳子

 第1句、有名な句で句の調べ、リズムがいい。だがわからないところがある。「わがこころの帆」というのはどういう意味なのだろうか。
 幼いころから帆船に乗り慣れていた、という意味なのか。この帆船とは和船なのか、レジャーボートといわれるものなのか、川船だろうか、帆を張る海の漁船なのだろうか。あるいは海洋船や練習船なのか。作者の経歴からは海の経歴はうかがうことはできない。
 蜃気楼によってもやもやとしてはっきりとした像を結ばない遠い帆、どこかで見た風景というよりも、心象風景に思え。どこか現実感が希薄な気がする。
 モンタージュ風にイメージを重ね合わせる手法を追求したというが、この場合、モンタージュとはいえない。帆船しかイメージがないからである。言葉の喚起力で「炎天」「遠き帆」をつないでみた、それも「こころ」というあいまいな言葉によって。
 代表作のひとつにあげられるそうだが、果たしていかに。ただし、私の好みの句である。

 第2句、これは不思議な句である。炎天下にさらされた梯子を納屋や物置小屋にしまう時の情景だと思う。しかし梯子以外のものが何かあるか、と問われると答えに窮する。梯子以外の物が思い浮かばない。
 日にさらされたものが日のあたらない暗い入口の納屋に納めるものは、ハシゴの外にもいろいろあるはずだ。しかし長い白いハシゴがおさまらない限り、炎天下の作業は終わらない。作者の眼も他へ転ずることがない。「凝視する力の大きさ」という言葉が思い浮かんだ。このハシゴは作者の心の闇に降りて行く道なのだろうか。そんな飛躍をしたくなる。


光化学スモッグ、熱中症予防・高温注意報

2019年08月01日 16時45分45秒 | 天気と自然災害



 16時20分には解除になったが、寄りら今年の夏2回目の光化学スモッグ注意報が横浜市域に出ていた。高温注意情報と熱中症予防情報も出ている。

 ベランダに出ると他の部屋の冷房の室外機の音とともに暑い空気が出ており、ことさら暑く感じる。眩暈を起こしそうにも鳴る。部屋の中で熱中症にならないためには冷房は必需品であるが、洗濯ものを干すのも大変である。ベランダは決して安全な場所ではない。そこで意識を失うと、一人住まいの方は無論のこと、発見されるまで放置される場合もある。夜まで気がつかないと命にかかわりそうである。

 そんなことを想いながら、暑いさ中、横浜駅まで出かけた。こんなことができるのはいくつまでだろうか。


ベートーベンとシューベルト

2019年08月01日 10時27分47秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

 ベートーベンのピアノ協奏曲第5番を聴いている。ネットでスイスの放送局で演奏者などの情報が表示されていないのが残念である。演奏終了後にドイツ語で演奏者名を述べたようだが、聴き取れなかった。この放送局はよく聴く。私の好みを知っているのではないか。
 続いて放送されているのが、シューベルトの八重奏曲(1824年、D803)。弦楽四重奏曲《ロザムンデ》や《死と乙女》などシューベルトの円熟期の傑作に数えられる。これも演奏者などの情報がない。シューベルトの曲の中では私の好きな曲のひとつである。残念ながらCDは持っていない。
 ベートーベンは全曲を放送したが、シューベルトは最後までは放送せず、第一楽章の途中で終了してしまった。はなはだ残念‥。
 シューベルトの室内楽を久しぶりに聴きたくなった。持っているCDは少ない。歌曲が好みではないので、シューベルトはあまりなじみはないが、いくつかの管弦楽曲、室内楽曲はむかしよく聴いた。

 市民病院の眼科に予約を入れた。9日、午前中。