Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

明日は雨の予報

2019年11月13日 23時23分47秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 明日は昼間で雨模様の天気予報。午後は腫れるらしい。しかし気温は雨とともに上がり23℃と予想が出ている。正午から晴れると北風に変わり急激に10℃くらいまで気温がさがるとのこと。午前中の降水確率は50%。

 明日は外出の予定はないので、来週月曜日の退職者会の幹事会に向けて資料の作成と、ブロックの会報づくり。
 先々週までは会全体の新聞でA3裏表で印刷所で1200部の印刷。今作っている会報はブロックの会員向けで発行部数は90部ほど、しかもA4の裏表。明日午前中には原稿が出来上がる予定。できれば印刷も明日の夜までに終わらせてしまいたい。

 夜のウォーキングは終了。これより「酒井抱一」の残り数ページを読み、明日か明後日に覚書として記事にする箇所のチェック。早めに就寝したい。


本日の検査結果

2019年11月13日 20時33分28秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 視野検査の結果はこれまでとほとんど変わらず、悪化はしていないとのことでこれにはホッとした。

 視野検査を行なっている間は、本日は眠りに落ちることはなくてホッとした。白内障の手術は年明けの1月16日(木)になってしまった。できれば年内にも手術をして年明け上旬にはあたらしい眼鏡を新調して、「明るい正月」を迎えたかった。「年末は忙しいので、12月は11日(水)に左目の視力検査にしましょう」といわれ、反論するわけにもいかず、そのとおりに決まった。当日は講座のある日なのだが、さらに遅れても困る。
 視力検査は本日は待っている人ももとんどいなかったので本日してほしかった‥。そうはいっても患者の立場ではなかなかそこまで主張できない。おとなしく引き下がった。

 患者というのは、弱い立場である。


目覚めたときの戸惑い

2019年11月13日 12時47分16秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 喫茶店でも、家でも、お風呂でも短時間寝ることはよくある。だいたい10~15分位。特に現在目の治療中なので、目が疲れて一瞬寝てしまうことが喫茶店でもよくある。我が家のお風呂でも寝てしまう。読書に疲れて家のベッドで横になって寝てしまうこともある。
 いづれのときも、目が覚めて今どこなのか5秒ほどは思い出せないで考え込む。風呂は38℃くらいのぬるい温度で、しかも足を完全には伸ばせない窮屈な浴槽なので、特に危険ではないが、10分ほどで体温よりも湯温が下がり目が覚める。その時に自分が何処にいるのか、目覚めとともに思い出せない。

 50代までの頃とは違うと思うのは、目が覚めたときに今自分が何処にいるのか、何をしていたのか、それが目覚めとともに思い出せないことである。
  毎日朝、目が覚めるときには、ちゃんと朝になって目が覚めたのだということがわかる。睡眠中に便所に行きたくなって起きるときも場所と状況は自覚している。これは徐々に便所に行きたくなっているので頭のどこかで準備をしているのであろう。

 実はかかりつけの眼科で一年前に視野検査を実施したとき、検査を受けながらふと意識がなくなり寝てしまった。この結果視野の欠損が大きく広がり、医師を慌てさせてしまったことがある。そのときも自分が検査を受けている、という自覚が戻ったのが目覚めてから数秒してからであった。寝入った時間は15秒もなかったかもしれない。
 それで目覚めてから自分の状態を自覚するまで5秒かかったとして、回復までの時間が寝入った時間に対して長すぎるように思えた。
 寝入ったことよりもこちらの方が気になっている。

 目が覚めても今自分がどういう状態にあるのか、理解するまでの時間が長いというのは年齢や老いと関係があるのだろうか。そしてその時間が長くなる傾向というのは一般的なことなのだろうか。
 それとも年齢とは無関係なことなのだろうか。