Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

少しずつウォーキング再開へ

2023年08月19日 22時43分08秒 | 病い

 明日の横浜は本日よりもさらに暑くなるとの予報になっている。最高気温の予報は36℃。本日暑い中を往復で6000歩は歩いた。昨日は8000歩。ということで、本日の夜の散歩は中止。無理に膝に負担をかけてはまずい。
 また夕方5時過ぎはもう日がかげってきたので、明日は夕方以降に外に出てみることにした。昼間出ても暑いだけだし、人混みの中をヒヤヒヤしながら地下街を歩いても運動にならない。

 明日も朝から編集作業。本日の夜の作業で面積で言えば90%近くまでは何とか出来た。短い記事2つをどうしても揃えないと残りの10%が埋まらない。悩みどころである。

 明日は「万葉考古学」(上野誠)の読書を再開したい。


読了「晩年様式集」(大江健三郎)

2023年08月19日 22時08分18秒 | 読書

 横浜も14時前に351℃と猛暑日になった。ちょうどそのころ買い物を終え、横浜駅に向かってい歩いていた頃である。暑いことは暑かったが、その時間に歩いたのは20分程度、2000歩であったので何とか歩きとおした。凍らせたペットボトルの融けた水が美味しかった。

 横浜駅は帰省していた人々が戻ってきたのであろう。とても混雑していた。地下街も各店舗もが溢れていた。

 まずは、家電量販店のパソコン売り場をぶらぶら歩きながら汗がひくのを待って、百円ショップ、書店、スーパーなどをまわってから喫茶店へ。喫茶店も空いている席を探すのに苦労して諦めかけた時にたまたま空いて座らせてもらった。

   

 30分ほどで「晩年様式集」(大江健三郎)を読み終えた。
 いろいろと考えることもあったが、感想は後日、頭の中で何かがまとまれば記載してみたい。
 ただ最後の「私は生きなおすことはできない。しかし私らは生きなおすことができる。」という一文、私には人の将来に希望をかけすぎ、という思いが先に立ってしまう。この文章、敗戦の「玉音放送」を聞いた学校の校長が「私らは生きなおすことが出来ない。」といったことの裏返し、戦前の指導的な人々の受けた衝撃に対して、「庶民」のしたたかさの代弁として引用される。
 しかし同時に新憲法第13条の「すべての国民は、個人として尊重される」という一文とともに、「もう残された日々は短いのですが、次の世代が生き延びうる世界を残す、そのことを倫理的根拠してやってゆくつもりです。それを自覚しなおすために、「原発ゼロ」へのデモに加わります。」という文章に続くものとして記載されている。
 確かにリベラル派としての振舞いに敬意は表しているが、心どこかで私はこの手の文章があまり好きではない。このような理念や倫理観で政治が語られても、それもまた上滑りした論理でしかない、といつも心の奥底でつぶやいている。こんなことをちらっと思いつつ、本を閉じることにした。
 感想にならない感想をとりあえずしたためておきたい。


ニュースの原稿づくり

2023年08月19日 13時22分49秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 午前中から4時間は新聞の原稿づくり。だいぶ進んだ。裏面は92%といったところ。おもて面は64%といったところか。昨晩よりはだいぶ進んだ。
 今晩、もうひと踏ん張りで終わりが見えるようにしてみたい。

 さすがに根をつめて作業を続けて疲れた。これから頼まれた買い物をしてから、横浜駅まで出かけてみる。半分はバス、買い物をした後は歩いて横浜駅まで行ってみたい。杖無しで、この炎天下を歩けるだろうか。冷凍した水入りペットボトルはいつも携行している。90%の水を凍らせ、持ち歩くときは空いた空間に水を入れると、飲みやすい。疲れたならば途中からバスを利用。