最近はただ記事を書いてただ載せるだけだったので、30分ごとに下書きを放出するなんてことをやってみましたよと(・∀・)
見返してみると、「ベストとベター」の話みたいに、「ユートピアは存在しない」とか「永遠の微調整」といった今でも書いている記事に繫がるものもあれば、最近ほとんど書いていない「属性」の話は、今よりダイレクトな書き方をしているのでいい感じに基地GUY風味になってるなあと思った次第w
まあ属性の話にしても、AIという要素を入れた瞬間、「生ー権力」的な人間のコントロールという極めて今日的(というか近未来的)な話になってくるんだけどね。抽象的でわかりづらいかもしれないが、その第一歩が「Stable Diffusionで作成した絵は芸術か?」といった問題提起なんかにつながっていくわけで、要は人間が「人間らしさ」とか「人間性」と思っていたものの解析・解体が進み、それが人工的に反復可能となると、かつ言われていた「確定記述の束」という人間評価が、実際にはそうでなくても、実社会を運営する上で現実的なものとなってくるだろう(モネ&フレンズ展の感想として「芸術」と「科学」の件でも述べたことにつながるが、仮に「芸術家の個性」なるものが存在していたとしても、多くの人間が見て「それっぽい」ものが作れるなら、結局オリジナルに拘るかどうかは権威主義の問題とさえみなされる可能性は十分にある)。
なぜなら、過大な情報を処理しきれなくなり、また対応に手間のかかる社会・他者の多様性・複雑性に直面した人々の少なくない割合が、己の複雑な嗜好や他者とのすり合わせよりもむしろ、わかりやすい答えをアウトソーシングし、そこから得られる快楽に耽溺する未来は十分予測可能だからだ(「21世紀版自由からの逃走」とでも言えようか)。
そしてさらに言えば、そのような行動を取る人々と、以前のように嗜好やその充足を外部委託しない人々がそれぞれ一定程度の数いることにより、社会の分断はますます深まって、それがさらに前者の傾向を強めて(少なくとも近代的特徴を持つ)社会の解体を促進していくだろうと思うのである。
・・・なーんてことを思ったりして面白かったデスw
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