田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

朝ドラ、マッサン研究(2014/12/17)

2014-12-17 15:12:08 | Weblog
暴風大雪警報が北部九州に出て、今日は、昼間は、炬燵でダラダラ。
NHKの朝ドラで、ニッカウイスキーの創始者がモデルのマッサンが放映中で、ドラマが設定している時代の、サントリーの創業者、鳥井信次郎の伝記を、山口瞳が書いていたのを昔読んだ記憶があり、その本を、本棚から引っ張り出して、読んでみました。
 本の題は、「青雲の志について」で、集英社文庫から、昭和56年に出版、定価200円。
今から、33年前、32歳の時に、読んだ本。
 マッサンを見るときに、役立ちそうな情報いくつか。

 ドラマで鴨井商店となっているサントリー(寿屋)は大阪の会社。
「大阪は、絶えず関東に挑戦しつづけていたのである。寿屋でいうならば、赤玉ポートワインで蜂印、大黒葡萄酒<いずれも関東の老舗の葡萄酒メーカー>に挑戦し、勝ったのである。トリスで<サントリーのトリスウイスキー>、オーシャン、ニッカを席巻したのである。さらに飛躍すれば、大阪は太閤秀吉であり、たえず徳川家康を付狙っているのである。・・・」
 戦後は、ニッカウィスキーは、サントリーのライバルだったと分かる。

 鳥井信次郎の事業家としての、突進力に山口瞳は、青雲の志となづけ、山口瞳自身の事業家であった父親と並べて畏敬している。
「たとえば、その突進力である。これは非常によく似ている。たとえばその努力である。勉強である。苦学力行である。その独立心である。バイオリア精神である。・・・たとえば、いったいその突進力は、どこから生じたのだろうか。ヤミクモに突っ込んでゆく、その突進力は。私は、それを「青雲の志」と名づけたい。・・・」

 酒は生きている。
「大正9年には戦後の好況の反動で、不景気のきざしが見えてきた。あるとき、輸入洋酒の樽に、出来の悪い、使い物にならないアルコールを詰めておいたことを思い出した。ためしにこれを飲んでみると、いい味になっている。偶然、不純なアルコールが貯蔵によってウイスキーになることを知ったのである。信次郎はずっと後になって「酒ちゅうもんは生きてま、どんな酒かておいてみなはれ」ということを言った。これが、後に、本格ウイスキーに命がけで取り組むようになったそもそもの発想につながってくるのである。酒は生きている。酒には神秘がある。この考えがサントリー製造の発端となる。」

 竹鶴政孝
「信次郎は、三井物産に頼んで、本場のイギリスからムーア博士を招く計画をたてていた。そのとき、イギリスでウイスキーづくりを勉強して帰ってきた青年技師がいることを教えられた。それが竹鶴政孝である。まだ二十代であった竹鶴を年俸4000円でむかえいれた。」
 この青年技師がマッサン

 伝記の末尾に、山口瞳、柳原良平(二人ともサントリーの広告部の社員で、小説家、挿絵で名を成した)もうひとり矢口純というひとで、鼎談している。
「矢口:だから山崎の建物は大正12年でいいわけ。とにかく山崎工場に荷馬車が付く、穀物を積んで。でも入るばかりで、荷を積んで出てくるものが一台もない。何をやっているんだと、近所で評判になってたようです。」
「柳原:それで、最初のウイスキー、何年になるんですか?」
「矢口:国産初の本格ウイスキー「白札」というのを出したのが、昭和4年、でもこれは惨敗するんです。」
「山口:全く売れなかった。臭くて売れないんですよ。」
「矢口:ピートの燃やし過ぎらしいですね。それでもう一回技師長の竹鶴政孝さんをイギリスに送ってるんです。ところが、売れなかったその樽が「サントリー特角」になるんだ。
「柳原:よくなるのね。それがわかっていたんだろうか。鳥井さんに。」
「山口:いや、全然わかってないでしょう」
  ・・・・・・・・
「柳原:三年の間に、ガラッと味、香りが変わったんですね。」

 これからの、朝ドラの展開がおぼろげに見えてくる。

 「青雲の志」アマゾンでも売っているので、読んでみると面白いかも。しかし、朝ドラ効果か、値が上がっている感じ。
コメント (2)
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