今年もあと、3日。
今年のサプライズを思い出してみました。

飲み仲間の不良爺さんたちの一人、IW氏、70歳も優に過ぎ、45年間やってきた、小倉駅前の焼き鳥屋の串平を閉めることに。
閉店を聞いて、不良爺さん達でお別れ宴会。
後は、IW氏の知り合いの方が、「鳥平」と店の名前を改めて、焼き鳥屋継続。
釣好きのご主人で、しかも汐巻では別のグループで同じ船を使っており、釣り情報を聞きに、今も時々飲みに。

竹田農園では、たまにイチゴを植えることはあったが、大半鳥か虫に食われ、残ったイチゴもまずい。今年は、植える畑を元田んぼの粘土質の畑に替え、鳥防止のネツトを張ると、たくさん取れて、しかも感動する美味しさ。先日、来年用に、栽培面積を4倍に。

悩みの種は、夜盗虫。5月のゴールデンウィークに、健康豆のなた豆を種まきすると、発芽した芽の90%を食い倒すから始末に負えない。なた豆は、口の中を健康にし、結果的に、不慮爺さん達を悩ます、糖尿病にも改善効果があるみたい。それで、夜盗虫にやられても、やられても、種まきで、6月になると、トカゲ、カエルが出てきて、夜盗虫の猛攻やや収まる。結果的になた豆今年もたくさん収穫。来年も同じパターンの戦いになりそう。

長女家族の住む堺市に6月でかけ、本でした知らなかった、仁徳天皇稜を見物。山のような大きさ、全体像は近くから見たのでは、さっぱりわからない。

時々雨の中、勇んで名高い漁場の汐巻に出かけ、出発する漁港を強い風の関係で、突然変更で、荷物の積み下ろしを急ぎやったせいで、なんと、釣りポイントに着くと、私の荷物一式ない。釣りは、同行の釣りバカの皆さんのご厚意で、道具をすべてかり、満足。私の忘れた荷物の中には、携帯、財布とはいっており、半分あきらめて、忘れ物を取りに、最初についた港に車で行くと、なんと、手着かずでそのままありました。日本は良い国。

汐巻では、7月、66センチの大鯛が釣れました。
心臓ドキドキでした。

同じ7月頃から、汐巻、白島沖の釣りでは、鯛テンヤ一つで枝針無しの釣りに変更。こうしたら、ベラのような、餌取りを100メートル下から、釣り上げることが減り、釣り方もシンプルに。数はやや減りましたが、重量は、大幅アップで、一つテンヤ・枝針無しの手釣り、来年も継続予定。

8月、長男、長女家族が遊びに来たとき、長男が突然、ソーメン流しをやると、農園の近くの竹林から、大きめの竹を切り出し、本宅の庭にソーメン流しのセット出来上がり。私は食べそこなったが、好評だったとのこと。

9月、生まれ故郷の四国今治に両親の墓参りの道中に、岩国の、末川博の記念碑を見つけ出して、記念写真。戦後民主主義の思想的リーダー。立命館大学の中興の祖でもある。

この墓まりの旅で、もうひとり、矢内原忠雄の揮毫した「自由平和」の額を今治市の富田公民館で見る幸運。矢内原忠雄は、今治市の出身で末川博と戦前・戦後の同時代に同じような活躍。戦後民主主義の思想的リーダー。東大総長を務めた。無教会のクリスチャンとしても、内村鑑三の思想を広く伝えたことでも知られる。

この今治の旅で、今治タオルで釣りのご利益のありそうなタオルハンカチが欲しいと思い、タオル小売店に行き、見つけた、村上水軍の旗印を使ったタオル。釣りバカの爺さん達に、土産でプレゼント。自分の分が無くなり、また、買いにいかねば。鯛かアラカブかアコウをデザインしたタオルハンカチが欲しいと、お店の方にお願いしていたので、本当に出来たら、サプライズだが。

キク科の健康芋のヤーコン、今年は、栽培面積を増やし、8月の長雨が幸いして、大豊作。芋が地中深くはいり、鍬で掘ると、芋の半分が割れてしまう。アマゾンで専用の鍬を入手、先週から大活躍。

日本の誇るエコカー、トヨタのハイブリット車を3月に購入、燃費の良さと、馬力(坂道はエンジンとモーター)に毎日舌を巻いています。
今年のサプライズを思い出してみました。

飲み仲間の不良爺さんたちの一人、IW氏、70歳も優に過ぎ、45年間やってきた、小倉駅前の焼き鳥屋の串平を閉めることに。
閉店を聞いて、不良爺さん達でお別れ宴会。
後は、IW氏の知り合いの方が、「鳥平」と店の名前を改めて、焼き鳥屋継続。
釣好きのご主人で、しかも汐巻では別のグループで同じ船を使っており、釣り情報を聞きに、今も時々飲みに。

竹田農園では、たまにイチゴを植えることはあったが、大半鳥か虫に食われ、残ったイチゴもまずい。今年は、植える畑を元田んぼの粘土質の畑に替え、鳥防止のネツトを張ると、たくさん取れて、しかも感動する美味しさ。先日、来年用に、栽培面積を4倍に。

悩みの種は、夜盗虫。5月のゴールデンウィークに、健康豆のなた豆を種まきすると、発芽した芽の90%を食い倒すから始末に負えない。なた豆は、口の中を健康にし、結果的に、不慮爺さん達を悩ます、糖尿病にも改善効果があるみたい。それで、夜盗虫にやられても、やられても、種まきで、6月になると、トカゲ、カエルが出てきて、夜盗虫の猛攻やや収まる。結果的になた豆今年もたくさん収穫。来年も同じパターンの戦いになりそう。

長女家族の住む堺市に6月でかけ、本でした知らなかった、仁徳天皇稜を見物。山のような大きさ、全体像は近くから見たのでは、さっぱりわからない。

時々雨の中、勇んで名高い漁場の汐巻に出かけ、出発する漁港を強い風の関係で、突然変更で、荷物の積み下ろしを急ぎやったせいで、なんと、釣りポイントに着くと、私の荷物一式ない。釣りは、同行の釣りバカの皆さんのご厚意で、道具をすべてかり、満足。私の忘れた荷物の中には、携帯、財布とはいっており、半分あきらめて、忘れ物を取りに、最初についた港に車で行くと、なんと、手着かずでそのままありました。日本は良い国。

汐巻では、7月、66センチの大鯛が釣れました。
心臓ドキドキでした。

同じ7月頃から、汐巻、白島沖の釣りでは、鯛テンヤ一つで枝針無しの釣りに変更。こうしたら、ベラのような、餌取りを100メートル下から、釣り上げることが減り、釣り方もシンプルに。数はやや減りましたが、重量は、大幅アップで、一つテンヤ・枝針無しの手釣り、来年も継続予定。

8月、長男、長女家族が遊びに来たとき、長男が突然、ソーメン流しをやると、農園の近くの竹林から、大きめの竹を切り出し、本宅の庭にソーメン流しのセット出来上がり。私は食べそこなったが、好評だったとのこと。

9月、生まれ故郷の四国今治に両親の墓参りの道中に、岩国の、末川博の記念碑を見つけ出して、記念写真。戦後民主主義の思想的リーダー。立命館大学の中興の祖でもある。

この墓まりの旅で、もうひとり、矢内原忠雄の揮毫した「自由平和」の額を今治市の富田公民館で見る幸運。矢内原忠雄は、今治市の出身で末川博と戦前・戦後の同時代に同じような活躍。戦後民主主義の思想的リーダー。東大総長を務めた。無教会のクリスチャンとしても、内村鑑三の思想を広く伝えたことでも知られる。

この今治の旅で、今治タオルで釣りのご利益のありそうなタオルハンカチが欲しいと思い、タオル小売店に行き、見つけた、村上水軍の旗印を使ったタオル。釣りバカの爺さん達に、土産でプレゼント。自分の分が無くなり、また、買いにいかねば。鯛かアラカブかアコウをデザインしたタオルハンカチが欲しいと、お店の方にお願いしていたので、本当に出来たら、サプライズだが。

キク科の健康芋のヤーコン、今年は、栽培面積を増やし、8月の長雨が幸いして、大豊作。芋が地中深くはいり、鍬で掘ると、芋の半分が割れてしまう。アマゾンで専用の鍬を入手、先週から大活躍。

日本の誇るエコカー、トヨタのハイブリット車を3月に購入、燃費の良さと、馬力(坂道はエンジンとモーター)に毎日舌を巻いています。