今日14日は、間違いなく雨が降るとのことで毎週土曜日の石仏巡りは休みとする。その暇になった時間を、昨年5月から12月までに戴いた手紙類の整理をすることにした。一通一通を読み返しながら取捨選択し、約60通の手紙を保存用に選ぶ。この作業、私は何年も前から続けていて、「里からの便り」としてファイルし、保管している。以外とこれ、していない方が多いが、何年分ものファイルを見ると、その時々の自分の活動と交友関係が知れて面白いものである。また、それを個人ごとに集めるとその人との交友歴がわかって非常に面白いものになる。
そして昨年も、色々な人との出会いがあった一方で、故人となって別れた方との最後の文通を読み返したりして、人生の移ろいをしみじみと感じている。
この作業も3時間ほどで終了したついでに、今年の年賀状も整理する。こちらの年賀状整理は手紙ファイルよりも古く、何十年と続けているので、長い人だと一人で40通以上もの年賀状がある。その一人の友の年賀状を年代を追って見ていくと非常に面白い。大げさに言えば、その友の生き様が見えてくるのである。一方で、いつの間にか挨拶文も印刷だけで宛名もワープロ打ちという、なおざりな年賀状だけになった人もいる。酷い者になると、いわゆる「後出し」の年賀状も数通ある。
ここで、これは内緒?の話しであるが、数年前から「友達整理」も始めている。いわゆる、年に一度だけの年賀状だけのやり取りになってしまった友は、もはや「友」から知人となって格下げにする。それを今年は一段とハードルを高くし、年賀状の後出しや近況挨拶等も手書きで書いていない、年に一度の年賀状だけの友へは、来年から年賀状往復もしないことにする。これが「友達切り捨て」である。その結果、今年からは新たに10名近くの友が消滅することになる。これでお互いに、無駄な義理出し年賀状がなくなり、ひいては環境保護にもなると、大げさに自分勝手に考えている。
それにしても、こうして外出しないと暇を持て余してしまう。この暇な時間を、1月号の石仏月報用の原稿書きに費やせばよいのだろうが、何となくその気にもなれず、シコシコとこれを打ち込んでいる。そして早くも、それにも飽きた。さて午後は何をして過ごそうかと思う今である。
それにしても今日は、風もなくどんよりした曇り日。この天候が昨日から知っていたなら、北向きで逆光のために写真が良く撮れない碑塔や、拓本取りの必要な碑塔を沢山抱えている足利市へ行って、それらの作業に埋没したかったのに…。残念無念!
そして昨年も、色々な人との出会いがあった一方で、故人となって別れた方との最後の文通を読み返したりして、人生の移ろいをしみじみと感じている。
この作業も3時間ほどで終了したついでに、今年の年賀状も整理する。こちらの年賀状整理は手紙ファイルよりも古く、何十年と続けているので、長い人だと一人で40通以上もの年賀状がある。その一人の友の年賀状を年代を追って見ていくと非常に面白い。大げさに言えば、その友の生き様が見えてくるのである。一方で、いつの間にか挨拶文も印刷だけで宛名もワープロ打ちという、なおざりな年賀状だけになった人もいる。酷い者になると、いわゆる「後出し」の年賀状も数通ある。
ここで、これは内緒?の話しであるが、数年前から「友達整理」も始めている。いわゆる、年に一度だけの年賀状だけのやり取りになってしまった友は、もはや「友」から知人となって格下げにする。それを今年は一段とハードルを高くし、年賀状の後出しや近況挨拶等も手書きで書いていない、年に一度の年賀状だけの友へは、来年から年賀状往復もしないことにする。これが「友達切り捨て」である。その結果、今年からは新たに10名近くの友が消滅することになる。これでお互いに、無駄な義理出し年賀状がなくなり、ひいては環境保護にもなると、大げさに自分勝手に考えている。
それにしても、こうして外出しないと暇を持て余してしまう。この暇な時間を、1月号の石仏月報用の原稿書きに費やせばよいのだろうが、何となくその気にもなれず、シコシコとこれを打ち込んでいる。そして早くも、それにも飽きた。さて午後は何をして過ごそうかと思う今である。
それにしても今日は、風もなくどんよりした曇り日。この天候が昨日から知っていたなら、北向きで逆光のために写真が良く撮れない碑塔や、拓本取りの必要な碑塔を沢山抱えている足利市へ行って、それらの作業に埋没したかったのに…。残念無念!