石碑調査(栃木県限定)と拓本等について(瀧澤龍雄)

石碑の調査(栃木県内限定)を拓本を採りながら行っています。所在地などの問い合わせは不可です。投稿は、実名でお願いします。

黒羽藩 大関増裕公碑の碑陰も併せて掲載しました。

2015年11月09日 | Weblog

大関増裕公の夫人、待子がこの石碑を建立するにあたり呼んだ和歌が碑陰に刻されています。また、その書が横山由清なので、栃木県では滅多に見られないその書も味わうことも出来ます。銘文は、待子の夫思いの事などが記されています。この銘文によれば、碑表の勝海舟揮毫は、彼が廣羣鶴の工房まで出向いて書丹したことが記されています。海舟の書丹石碑は滅多にお目にかかることは無いだけに(大雄寺の大関家墓域にある増裕の夫人、待子の墓碑も海舟の書丹です)、それだけでも眼福ものです。なお、読み下しは省略しましたが、ここへ掲載した和歌本体は、拓本から抜き出して掲載したものです。
いずれにしましても、これで今回の勝海舟揮毫の石碑紹介は終了です。次は、また面白いのを掲載したいと思っていますが、その拓本をパソコンに取り込むのに苦労しそうです。

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