『八月のクリスマス』を見て感動して以来、
ホ・ジノ監督は私の好きな監督の一人となり、
ホ・ジノ監督の作品はなるべく見るようにしてきた。
『ラブストーリー』という映画で出逢って以来、
ソン・イェジンは、私の好きな女優の一人となり、
ソン・イェジンの出演作はなるべく見るようにしてきた。
私の好きなホ・ジノが監督し、
私の好きな女優ソン・イェジンが主演の一人を演じたのが、
『四月の雪』であった。
この映画でのソン・イェジンは神々しいまでに美しく、
私はDVDを買って保存しているほどに愛している。
その『四月の雪』以来、
10年ぶりに二人(ホ・ジノ監督とソン・イェジン)がタッグを組んだのが、
本日紹介する映画『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』である。
6月24日に公開された作品であるが、
佐賀(シアターシエマ)では7月末より公開され、
8月某日にやっと見ることができたのだった。
日本による韓国併合後の1919年、
7歳になった徳恵翁主は、
高宗ら両親の寵愛を受け、
高宗の侍従の甥キム・ジャンハンに見守られながら、
すくすく育っていた。
成長した徳恵翁主は民衆から人気を集めるが、
日韓併合の推進と朝鮮皇室の消滅を図る政略に巻き込まれ、
1925年、13歳にして日本の学習院への留学を命じられた彼女は、
日本の着物を着せられ、侍女ポクスン(ラ・ミラン)と共に日本へ送られる。
日本の元皇族・方子妃(戸田菜穂)と結婚した異母兄・英親(ヨンチン)王の東京の邸宅で、
祖国に帰れる日を待ちわびながら大人になった徳恵翁主(ソン・イェジン)の前に、
かつての幼なじみジャンハン(パク・ヘイル)が現れる。
ジャンハンは日本陸軍少尉となる一方で、
ひそかに上海の大韓民国臨時政府とつながって独立運動を率い、
徳恵翁主や英親王を上海に亡命させる計画を進めていた。
だが、日本政府の意を受け王室を所管する李王職のハン・テクス長官(ユン・ジェムン)の監視が強まり、徳恵翁主と、旧対馬藩の当主・宗武志伯爵(キム・ジェウク)との政略結婚が決まる。
激動の歴史のなか、
祖国への帰郷を夢見る徳恵翁主と、
祖国復活の野望に命をかけるジャンハンは、
想像を絶する過酷な運命に巻き込まれていく……
ラブストーリーが多いホ・ジノ監督が、今回手がけたのは、
日本による植民地支配の時代の話。
この手の話になると、
〈反日的なプロパガンダ映画ではないか?〉
と勝手に推測した日本人からの批判があるのが恒例だが、
実際見た映画『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』は、
そんなレベルの低い作品ではなかった。
徳恵翁主とジャンハン対、
日本政府の意を受け王室を所管する李王職のハン・テクス長官という、
韓国人対韓国人という構図であり、
徳恵翁主を苦しめるのは、同胞であるハンや戦後の韓国政府なのである。
むしろ、韓国で批判を浴びそうな内容だと思った。
事実、韓国内で批判を受けたという。
そもそも、ホ・ジノ監督は、なぜこの題材を選んだのか?
それは、7、8年前に、徳恵翁主についてのテレビドキュメンタリーを観たことに由る。
普段私はあまり泣かないのですが、徳恵翁主が38年ぶりに韓国へ帰国する場面で涙を流してしまった。本作にも登場しますが、そのシーンが長年頭から離れなかったのです。高貴な身分でありながらなぜ彼女は悲劇的な人生を送ったのか、ずっと疑問に思っていました。
折しも、2010年、
フィクションを交えて書かれたクォン・ビヨン著の歴史小説『徳恵翁主―朝鮮最後の皇女』が韓国でベストセラーになり、
ホ・ジノ監督はそれをベースに、
本馬恭子著『徳恵姫 李氏王朝最後の王女』(1999年)を参考にしながらリサーチを重ね、制作に臨んだという。
だから、映画の冒頭に、「事実と異なる部分がある」という断り書きを流している。
ジャンハンや侍女ポクスンは架空の人物で、
戦時中に朝鮮半島から動員された「徴用工」の不満を抑えるため、徳恵翁主が駆り出されて演説する場面や、
紀元節の記念行事で独立運動家が手榴弾を投げる場面、
亡命を試みる設定などはフィクションだという。
徴用工の中には組合活動をした人もいたという記録が残っていて、彼らの感情を緩和するため王室の人に話をさせる場面があったとしてもおかしくない、十分に起こり得たと感じた。亡命作戦は、上海臨時政府が王室の人たちを亡命させようとしたという記録をもとに作り替えた。紀元節の記念行事での事件は、1932年に独立運動家の李奉昌が昭和天皇のパレードに手榴弾を投げた桜田門事件をもとに撮っています。
日本統治下の悲劇を描きながら、直接の「悪役」は韓国人であるハン長官が中心で、
方子妃や宗伯爵ら日本の登場人物は、一貫して徳恵翁主を思いやる。
今作を撮るにあたって僕は、日本が悪で韓国は善だという単純な構造では描きたくはなかった。徳恵翁主をいじめる日本人を出すのも突拍子がない感じで、ストーリー上の必然性もなかったんです。
とホ・ジノ監督が語るように、
日本人をことさら悪く描いてはいない。
ホ・ジノ監督が描きたかったのは、
あくまでも徳恵翁主という悲劇的な人生を生きたひとりの女性の物語なのだ。
そして、その目論見は見事に成功している。
成功に導いた第一の要因は、ソン・イェジンの演技だ。
「好演していた」「熱演していた」などと書くようなレベルではなく、
徳恵翁主になりきっていたかのような圧巻の演技であったのだ。
〈やはりソン・イェジンはスゴイ!〉
と思わされたことであった。
ことに、徳恵翁主が韓国へ帰ろうとして拒否されるシーンは鬼気迫るものがあった。
(このシーンは予告編でも一部見ることができる)
そして、最も感心させられたのは、
ラスト近く、年月を経て、やっと韓国に入国するシーンだ。
目の焦点が合っておらず、なんだか廃人のような表情をするのだ。
この演技には唸らされた。
動の演技だけでなく、静の演技でも魅せるソン・イェジンは、
〈やはり彼女はスゴイ!〉
と再認識させられた。
日本人で、唯一この映画に参加している戸田菜穂も素晴らしい演技をしている。
日本語で語る徳恵翁主に、方子妃があえて韓国語でいたわりの言葉をかける場面があるが、
この互いに相手の言葉で話しかけるアイデアは、方子妃役の戸田が出したのだという。
日本でプレミア試写会があった時、ホ・ジノ監督は、
方子妃役に戸田菜穂をキャスティングした理由を、
イ・バンジャさんは奉仕活動などを熱心にされていて、韓国の人々からは善良で優しい方というイメージを持たれている。だから戸田さんの人柄にぴったりでした。
と語っている。
『八月のクリスマス』を日本でリメイクした『8月のクリスマス』に出演していたという縁もあって、戸田菜穂にはホ・ジノ監督も好イメージを抱いていたようだ。
同じプレミア試写会で、ホ・ジノ監督は、
公開できると思っていなかった日本で上映できるのはとてもうれしいです。本作が描くのは歴史的に“痛み”を伴った時代。観る人によっては居心地が悪いかもしれないが、伝えたいのは政治的な問題ではなく、時代に翻弄された1人の女性の存在です。そういった視点に立って本作を楽しんでもらいたい。
と語り、
戸田菜穂は、
日本ではあまりなじみのない徳恵翁主やイ・バンジャさんなど、時代の渦に巻き込まれた女性たちの思いが、少しでも多くの人に伝わってくれたらと思います。
と語っている。
私の極私的な感想であるが、
映画を見終わって、
〈この映画はやはりラブストーリーだな〉
と思った。
徳恵翁主とジャンハンの壮大なラブストーリーだと思った。
〈さすがホ・ジノ監督!〉
と思ったし、
「ラブストーリーの名手、健在なり」
を印象づけられた一作であった。