一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『1917 命をかけた伝令』 ……圧巻の全編ワンカット映像で魅せる傑作……

2020年02月15日 | 映画
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私の愛読誌『キネマ旬報』には、
(私の尊敬する)川本三郎の「映画を見ればわかること」という連載コラムがあり、
毎号楽しみにしているのだが、
巻末に見開き2頁の「今号の筆者紹介」という欄もあって、
そこでは執筆者が近況を3行で述べることになっている。
そこでの川本三郎の近況報告も楽しみにしているのだが、
『キネマ旬報』(2020年2月上旬号)では、

サム・メンデス「1917」に圧倒された。

と書かれていた。
戦争映画はあまり好きではなくて、
映画『1917 命をかけた伝令』の存在は知ってはいたものの、
あまり見たいとは思ってはいなかったのだが、
川本三郎の一文で心が決まった。
で、公開初日(2020年2月14日)に、
映画館に駆けつけたのだった。



第一次世界大戦真っ只中の1917年4月、
フランスの西部戦線では、
防衛線を挟んで、ドイツ軍と連合国軍のにらみ合いが続き、
消耗戦を繰り返していた。
そんな中、
若きイギリス兵のスコフィールド(ジョージ・マッケイ)と、


ブレイク(ディーン・チャールズ=チャップマン)は、


撤退したドイツ軍を追撃中のマッケンジー大佐(ベネディクト・カンバーバッチ)の部隊に、


重要なメッセージを届ける任務を与えられる。


それは、
一触即発の最前線にいる1600人の味方に、明朝までに作戦中止の命令を届けること。


進行する先には罠が張り巡らされており、
さらに1600人の中にはブレイクの兄(リチャード・マッデン)も配属されていたのだ。


戦場を駆け抜け、
この伝令が間に合わなければ、
兄を含めた味方兵士全員が命を落とし、イギリスは戦いに敗北することになる。


刻々とタイムリミットが迫る中、
2人の危険かつ困難なミッションが始まる……




木の下で眠っている二人の兵士が、
上官から起こされるところから始まり、
重要なメッセージを届ける任務を与えられ、
さまざまな危険が待ち受ける敵陣に身を投じて駆け抜け、
最前線の部隊まで到達するまでを、
“ワンシーン・ワンカット”で描いている。


見る者は、たちまち映像の中に引き込まれ、
若きイギリス兵二人と一緒に戦場を駆け抜けている気分になり、
ハラハラ、ドキドキが止まらない。
その臨場感、緊張感は半端なく、
119分が、「アッという間」であった。


キャッチコピーに、
「驚愕の全編ワンカット映像」とあったのだが、
この映画はそれだけではなく、
“ワンシーン・ワンカット”の中に、
青春や、友情や、人生や、家族愛や、戦争の悲惨さなどもきちんと描かれており、
ドラマ性においても一級品であった。


監督は、
『アメリカン・ビューティー』(1999年)
『レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで』(2008年)
などで知られるサム・メンデス。


空虚さと絶望を抱える郊外型の家族を描くのが得意な監督……というイメージがあるが、
戦争映画の『ジャーヘッド』(2005年)や、
007シリーズの、
『007 スカイフォール』(2012年)
『007 スペクター』(2015年)
なども手掛けており、
これまでの経験がすべて注ぎ込まれたのが本作という感じがした。


“ワンシーン・ワンカット”とは言っても、
“全編を通してワンカットに見える映像”を作っているだけで、
最初から最後までを“長回し”で撮った“ワンシーン・ワンカット”ではない。
“長回し”の撮影は最長9分ほどで、
それぞれ15~40テイクもの撮り直しが行われており、
キメ細やかな映像作りがなされているのだ。


何もない更地に目印を付けて、土砂降りの雨の中でリハーサルを始めたんだが、それは我々がやろうとしていることが一体どんな感じになるのかを把握するためだった。そこから徐々に構築していって目指すショットに焦点を絞り、塹壕の長さ、それがいかにくねくねと続いていくかといった構造を決めていった。(「シネマ・トゥデイ」インタビュー)

サム・メンデス監督はこう語っていたが、
半年にわたって俳優たちと全てのショットのリハーサルを徹底的に行ったという。


撮影のほとんどが屋外だったので、
太陽や雲の位置が違うとショットのつながりが失われるため、
曇り空の時しか撮影できなかったとか。


照明を置くこともできず、
夜のシーンで照明の役割を果たすのは、炎や照明弾だけで、
本作ならではの独特の映像世界を創り上げている。


土地の起伏の激しい戦場や、水溜りや沼地を歩くシーンでも、
カメラはまったく上下せず、ぶれない。
カメラは主人公を的確に捉えており、
〈いったいどうやって撮っているのだろう?〉
と思いながら見ていた。
継ぎ目はまったくわからず、
全編“ワンシーン・ワンカット”に見えたし、
その撮影技術に驚嘆した。


撮影を担当したのは、
『ジャーヘッド』
『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』
『007 スカイフォール』
『007 スペクター』
などでもサム・メンデス監督とタッグを組んでいる名手ロジャー・ディーキンス。

私がロジャーに頼んだのは、カメラを3人目のキャラクターにすることだった。ふたりの兵士のあとを常に追いかけていき、決して邪魔しない存在。もし、カメラをブンブン振り回したりしたら、それこそストーリーや兵士たちの邪魔になっただろう。観客にはワンカットの映像であることも忘れて、彼らの旅に同行してもらうことが私たちの目的だ。ロジャーは見事、そういう映像にしてくれたよ。(「ぴあ」インタビュー)

サム・メンデス監督はこう語っていたが、
ロジャー・ディーキンスの才能が大きくものを言っているは間違いのないところだ。
先日発表された、
第92回アカデミー賞(作品賞、監督賞を含む10部門でノミネートされていた)では、
撮影賞、録音賞、視覚効果賞を受賞しているが、
当然の結果だったと言えるだろう。


戦争映画なので、
出演者は男ばかりで、
鑑賞する映画を出演している女優で決める主義の私としては、
そういう意味では不本意であったのだが、(コラコラ)
この映画には、唯一、
一人だけ女優が出演している。
スコフィールド(ジョージ・マッケイ)が伝令に向かう途中で出逢った、
ラウリというフランス人の若い女性なのだが、
これをクレア・デュバーク(Claire Duburcq)という女優が演じている。


まったく知らない女優だったので、
ネットで検索してみたが、情報はほとんどなかった。
これまで映画出演経験のない若手女優だと思うのだが、
戦争で荒廃した小さな町で、
孤児の赤ちゃんを育てながら、
第一次世界大戦を生き延びようとする怯えたフランス人女性を演じていて秀逸であった。


美しい女優だったので、
また、いつの日か、違う映画で出逢えれば……と思っている。



撮影方法や映像の素晴らしさばかりが先行しているが、
本作『1917 命をかけた伝令』は、
サム・メンデス監督が、
祖父から聞いた話をベースにした、オリジナル脚本(サム・メンデス&クリスティ・ウィルソン=ケアンズ)。
10歳の頃に聞いた話を、
映画監督の道を選んだときから、いつか絶対映画化すると決めていたとのこと。
血の通った人間の物語であり、
いくつもの驚くべき体験があり、
兄弟や友人、戦友に対する想いがあり、
そして、故郷に想いを馳せる切なさも併せ持つ傑作『1917 命をかけた伝令』。
見始めたら、119分間、ノンストップの稀有な体験をすることになる。
(極私的には)第92回アカデミー賞の作品賞や脚本賞など4冠に輝いた『パラサイト 半地下の家族』よりも、数倍面白かったし、感動した。
映画館で、ぜひぜひ。

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