一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ミッドナイトスワン』…本当の自分を認識されない悲しさを描いた秀作…

2020年10月07日 | 映画


草彅剛がトランスジェンダーを演じるということで、
そのビジュアルと共に、
公開(2020年9月25日公開)前から話題になっていた作品である。
親の愛情を知らない少女と、
草彅剛演じるトランスジェンダーの主人公との、
擬似親子的な愛の姿を描いた物語とのことで、
オーディションで抜擢された新人の服部樹咲が少女・一果役を演じるほか、
水川あさみ、真飛聖、田口トモロヲらが脇を固めるという。
題材そのものにそれほど興味はなかったが、
〈見ておかなければならない作品だろう……〉
との予感から、
公開直後に映画館に駆けつけたのだった。



新宿のショーパブ《スイートピー》では、
メイクしステージ衣装に身を包み働くトランスジェンダーの凪沙(草彅剛)。


洋子ママ(田口トモロヲ)が、


凪沙、


瑞貴(田中俊介)、


キャンディ(吉村界人)、


アキナ(真田怜臣)をステージに呼びこみ、


今夜もホールは煌びやかだ。


「何見みとんじゃ!ぶちまわすど!」
広島のアパートでは、泥酔した母・早織(水川あさみ)が住人に因縁をつけていた。
「何生意気言うとるんなあ!あんたのために働いとるんで!」
なだめようとする一果(服部樹咲)を激しく殴る早織。


心身の葛藤を抱え生きてきたある日、
凪沙の元に、故郷の広島から親戚の娘・一果が預けられる。


「好きであんた預かるんじゃないから。言っとくけど、私、子供嫌いなの」
叔父だと思い訪ねてきた一果は、凪沙の姿を見て戸惑うが、
二人の奇妙な生活が始まる。


凪沙を中傷したクラスの男子に一果が椅子を投げつけ、
凪沙は学校から呼び出しを受ける。
「言っとくけど、あんたが学校で何をしようと、グレようとどうでもいいんだけどさ、私に迷惑かけないで。学校とか、謝りにとか絶対に行かないって先生に言っといて」


バレエ教室の前を通りかかった一果は、バレエの先生・実花(真飛聖)に呼び止められ、
後日、バレエレッスンに参加することになる。


バレエの月謝を払うため、凪沙に内緒で、友人の薦めで違法なバイトをし、
一果は警察に保護される。
「うちらみたいなんは、ずっとひとりで生きていかなきゃいけんけえ……強うならんといかんで」
凪沙は家庭環境を中傷され傷つく一果を優しく慰める。


やがて、バレリーナとしての一果の才能を知らされた凪沙は、
一果のために生きようとする。
そこには、
〈母になりたい!〉
という思いが芽生えていた……




ここ数年、LGBTという言葉をよく目にするようになった。
L(レズビアン)……性自認が女性の同性愛者
G(ゲイ)……性自認が男性の同性愛者
B(バイセクシュアル)……男性・女性の両方を愛することができる人
T(トランスジェンダー)……主に身体的な性別と性自認が一致しない人
の意で、
トランスジェンダーは、LGBTの「T」にあたる。

※追記
LGBTの範疇に入らない人もいるとのことで、
最近では、
Q(クエスチョニング)……自分の性別がわからない・意図的に決めていない・決まっていない人
I(インターセックス)……一般的に定められた「男性」「女性」どちらとも断言できない身体構造を持つ人
A(アセクシュアル)……誰に対しても恋愛感情や性的欲求を抱かない人
これらに加えて、
名前のついていない性や、それ以外の性を表す「+(プラス)」が追加された結果、
「LGBTQ(+)」「LGBTQIA(+)」のような単語も使われるようになっている。


私自身は、「ストレート」(身体的性と自分で認識している性が一致していて、かつ異性を愛するセクシュアリティ)なので、他のセクシュアリティを理解しつつも、本質の部分では何も解っていないのではないか……という、自分に対する疑問がある。

※「ストレート」という言葉の使用について
ストレートは差別的な表現だという意見もあるが、
「ストレート」という言葉はもともと同性愛者の側から使い始めたのであり、
①マジョリティがマイノリティを「歪んでいる」と揶揄する目的で作ったものではない。
②その語源も「まっすぐ」という意味の「ストレート」ではない。
③同性愛者を支援する団体、LGBT研究の教科書もストレートという言葉を否定的なものだと捉えずに使用している。
などの理由により、私自身も「ストレート」という言葉を使用している。


映画界では、
昔から「LGBT」を題材とした作品が多くあり、
洋画では、
『狼たちの午後』(1975年)
『ベニスに死す』(1971年)
『ルードヴィヒ/神々の黄昏』(1972年)
『戦場のメリークリスマス』(1983年/日本、英国、オーストラリア、ニュージーランドの合作)
『蜘蛛女のキス』(1985年)
『カラーパープル』(1985年)
『モーリス』(1987年)
『フィラデルフィア』(1993年)
『ブロークバック・マウンテン』
『ムーンライト』(2016年)
など、名作が多く、
邦画でも、
木下恵介監督作品『惜春鳥』(1959年)に始まり、
『薔薇の葬列』(1969年)
『卍 まんじ』(1983年)
『二十歳の微熱』(1993年)
『渚のシンドバッド』(1995年)
などを経て、今年も、
『影裏』(2020年2月14日公開)
『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年9月11日公開)
などが公開されている。
トランスジェンダー映画としては、ここ数年でも、
このブログにもレビューを書いている、
生田斗真がトランスセクシュアルの女性を演じた『彼らが本気で編むときは、』(2017年)、
私の好きなエル・ファニングが性同一性障害の主人公を演じた『アバウト・レイ 16歳の決断』(2015年)などがあり、
本作『ミッドナイトスワン』もその列に連なる一作。
私自身は先程も述べたように、
〈他のセクシュアリティのことは何も解っていないのではないか……〉
という自分自身に対する疑問があり、
「Allyアライ」(自身のセクシュアリティに関わらず、LGBT全体を理解し支援する人)とまでは言えないし、
この手の映画を見るたびに、いつも戸惑いがある。
だから、本作『ミッドナイトスワン』観賞後も、大いに戸惑いがあった。
特に本作は、『彼らが本気で編むときは、』や『アバウト・レイ 16歳の決断』以上に、
トランスジェンダーの壮絶な悲劇物語となっており、
正直、ここまで描く必要があったのか……と思ったほど。
一般人のLGBTへの理解度が足りないと感じ、
内田英治監督(自身のオリジナル脚本)が、
過激な描写をあえてたくさん取り入れたのかもしれないが、
見ていて辛く感じるシーンが多かった。
そういうこともあって、
レビューを書くべきか、書かざるべきかと悩んでいたのだが、
ある日、
〈トランスジェンダーの映画ということに囚われ過ぎているのではないか……〉
ということに気づき、
凪沙(草彅剛)の視点ではなく、
一果(服部樹咲)の側に身を置いて、
この物語を眺め直してみた。
すると、見るのに辛い物語ではあるのだが、
一果という「みにくいアヒルの子」が白鳥として羽ばたくまでの物語であったことにも気づいた。
一果という少女の成長物語として見ると、実に美しいバレエ映画であったのだ。


正直、一果を演じた服部樹咲の演技は上手いとは言えないし、
拙い部分が目立っている。
だが、バレエに関しては文句なしで、
4歳からバレエを習い、10年間鍛錬を重ねた身体とその経験は、
スクリーンで見事に映え、見惚れるほどであった。


【服部樹咲】(はっとり・みさき)
愛知県出身。2006年7月4日生まれ。14歳。(2020年10月現在)
4歳からバレエを始め、レッスンは、ほぼ毎日2~3時間。
2017、2018年のユースアメリカグランプリ日本ファイナル進出、
NBAジュニアバレエコンクール東京2018優勝。
現在、中学2年生で得意教科は英語。
趣味はTWICEなどのダンスを踊ること。
好きな食べ物はフルーツ。
身長168センチ。血液型A。


服部樹咲は、
バレエ経験を前提とした本作のオーディションに応募し、
1000通が寄せられた書類審査、
約200人が参加した面談を勝ち抜き、
一果役を得たという。
応募した当時は小学6年生だったそうだ。

オーディションでは、セリフの読み合わせをするんですが、実はそこをあまり見ていなかった。待っているときの佇まい、立っているときの佇まいを見て、ビビッときました。普段、あまり感覚的に選ぶようなことはしないんですが、役者さんに関してはそういう感覚で選ぶことを大事にしているんです。樹咲ちゃんは、存在感がすごくあるなあと感じました。高校3年生くらいかと思ったくらい。歩き方はバレエをやっている人独特のものだったから、撮影に際して本人は矯正するのが大変だったでしょうね。(「映画.com」インタビューより)

と語るのは、内田英治監督。


小学6年生が高校3年生に見えたというのも驚きだが、
それだけ背も高く、大人びていたということだろう。


映画で、バレエのシーンがある場合、
俳優にバレエを習わせるか?
バレリーナに演技を勉強させるか?
のどちらかなのだが、
本作では演技は二の次で、まずはバレエが上手くなければならない。
だから、
NBAジュニアバレエコンクール東京2018優勝などのキャリアを持つ服部樹咲を選出し、
一果役にキャスティングしたのは大正解であったのだ。
服部樹咲もその期待に応え、
(順撮りということもあって)女優としての目覚ましい成長も見ることができる作品になっている。



バレエの先生・片平実花を演じた真飛聖も良かった。


貧困、格差問題、育児放棄、トランスジェンダーの過酷な現状などを描いた作品なので、
暗い物語になるのは避けられないのだが、
それだけに終わらず、希望がほの見える作品になっているのは、
真飛聖が演じる片平実花が、一果や凪沙を励まし、
常に明るい存在として作品の中にあったからだ。
真飛聖の、
タカラジェンヌ(2007年花組トップスター)として培った美貌、スタイルの良さなどが、
作品の華となり、明るさをもたらしている。
『娼年』(2018年)でのドキリとするような演技(艶技?)には驚かされたが、
いつの日かミュージカルの舞台で本物の彼女を観てみたいと思っている。



一果の母・桜田早織を演じた水川あさみの演技も素晴らしかった。


主演作(濱田岳とのW主演)の『喜劇 愛妻物語』(2020年9月11日公開)での演技を褒めたばかりであるが、本作『ミッドナイトスワン』でも育児放棄する母親を熱演しており、魅了された。
今年(2020年)は、
『グッドバイ〜嘘からはじまる人生喜劇〜』(2020年2月14日公開)もあったし、
主演作『滑走路』(202年11月20日公開予定)も控えているので、
大活躍の年になりそう。
いろんな映画賞の主演女優賞、助演女優賞にノミネートされることだろう。



この他、一果の同級生で、同じバレエ教室に通う桑田りんを演じた上野鈴華が印象に残る好い演技をしていた。



本作『ミッドナイトスワン』は、
編集の段階でそうなったのかどうかは判らないが、
ストーリーのつながりが悪く、
どうしてそうなるのか意味不明の部分が多々あり、
少なからず瑕疵のある作品である。
トランスジェンダーとして明るく楽しく生きている人も多くいるだろうし、
トランスジェンダーをここまで過酷で辛い境遇の人として描くのを快く思わない人もいると思う。
私も本作観賞直後は、
〈レビューは書かないでおこう……〉
と思ったほどであったのだが、
日が経つにつれ、
壮絶で過酷な悲劇物語との印象が薄れ、
バレリーナを目指す少女と、
その母親になりたかったトランスジェンダーとの、
愛の物語だったのだ……という印象に変化してきた。


なので、映画鑑賞後、時間は経ったが、
〈レビューを書いてみようか……〉
と思った次第。
賛否はあると思うが、見て損のない作品だと思う。
映画館で、ぜひぜひ。

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