一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ひとよ』 ……韓英恵、筒井真理子、音尾琢真の演技を楽しむ……

2019年11月15日 | 映画

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白石和彌監督作品である。


『凶悪』(2013年)
『日本で一番悪い奴ら』(2016年)
『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)
『サニー/32』(2018年)
『孤狼の血』(2018年)
と、傑作を連発していた優れた監督であるが、
『められるか、俺たちを』(2018年)
『凪待ち』(2019年)
で失速した。
本来なら、レビューを書かない筈の作品であったが、
出演者の中には、スルーするには惜しいほどの演技で魅せる俳優もいて、
『止められるか、俺たちを』では、門脇麦を、
『凪待ち』では、西田尚美、リリー・フランキー、恒松祐里を褒めるレビューを書いた。
その白石和彌監督の新作が公開された。
それが本日紹介する『ひとよ』(2019年11月8日公開)である。
女優で劇作家、演出家の桑原裕子が主宰する「劇団KAKUTA」が2011年に初演した舞台を映画化したもので、


主要キャストとして、
佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子の名が挙がっていた。
期待半分、不安半分で、
公開初日に映画館に駆けつけたのだった。



どしゃぶりの雨が降る夜に、
タクシー会社を営む稲村家の母・こはる(田中裕子)は、


自ら運転するタクシーで夫を轢き殺した。
それが、最愛の子どもたち三兄妹の幸せと信じて……
そして、こはるは、
15年後の再会を子どもたちに誓い、家を去ったのだった。
……時は流れ、現在。
次男・雄二(佐藤健)、


長男・大樹(鈴木亮平)、


長女・園子(松岡茉優)の三兄妹は、


事件の日から抱えたこころの傷を隠したまま、大人になった。
抗うことのできなかった別れ道から、時間が止まってしまった家族。
そんな一家に、母・こはるは帰ってくる。


「これは母さんが、親父を殺してまでつくってくれた自由なんだよ。」
15年前の母の切なる決断と、残された子どもたち。
皆が願った将来とはちがってしまった今、
再会を果たした彼らが辿り着く先とは……




主要キャストとして、
佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子が名を連ねているのに、
レビューのサブタイトルが、
……韓英恵、筒井真理子、音尾琢真の演技を楽しむ……
って、どうよ。(笑)
と、思われた方も多いことと思う。
そう、またもや不安の方が的中してしまったのだ。
公開初日(2019年11月8日公開)に映画を見たのに、
レビューが一週間後になってしまったのには、
そういうワケがあったのだ。
本作『ひとよ』は、
私にとっては特別の作品にはならなかったのだ。


「ひとよ」とは、「一夜」のことで、
ある一夜によって、がらりと変わってしまった家族の物語。
舞台を映画化しただけあって、いかにも演劇的な突飛なストーリーで、
ツッコミどころ満載で、私はついていけなかった。
〈こういう感じ、つい最近もあったな~〉
と、今年見た映画を反芻していたら、
草彅剛主演の映画『台風家族』(2019年9月6日公開)を思い出した。


監督が『箱入り息子の恋』(2013年)の市井昌秀だったので期待していたのだが、
これまたストーリーが突飛すぎて、まったくついていけなかった。
なので、レビューも書かなかった。
こちらも、草彅剛、中村倫也、新井浩文、尾野真千子、藤竜也などが名を連ねていたが、
脚本がめちゃくちゃで、良い俳優を揃えていたのに“宝の持ち腐れ”であった。
どちらの作品にもMEGUMIが出演していたので、
一層似た感じを抱いたのかもしれない。


なので、
本作『ひとよ』のレビューも書かない筈であった。
だが、
(佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子は白石和彌監督に合わせたような演技で感心しなかったものの)
韓英恵、筒井真理子、音尾琢真の三人の演技は見応えがあった。
レビューを書かずにスルーするには惜しいと私に思わせた。
で、
……韓英恵、筒井真理子、音尾琢真の演技を楽しむ……
とのサブタイトルをつけて、
今、レビューを書いている次第。

佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子の四人には、
〈今をときめく白石和彌監督作品に出演するのだ!〉
という気負いが感じられた。


数々の作品で名演を披露してきている田中裕子にさえ、それが感じられた。


演技をやり過ぎてしまっているのである。
そして、それが空回りしている。
それを制御できなかった白石和彌監督も、
感覚が麻痺してしまっている……としか考えられない。
ここ数年、白石和彌には監督依頼が殺到しており、
その多作が影響しているのかもしれない。


「もう少しゆったりと仕事をしたい」というのが本音なんですけどね(笑)。ありがたいことに色々とお声かけいただき、それらが面白かったりで、ついついやりたくなっちゃう。“寝る時間さえ削れば何とか撮れるな……よし!”って(笑)。

と、『凪待ち』のときに語っていたが、
「なんとかなっていない」のが現状と言える。
周囲が褒めそやすので、“裸の王様”状態になっている。
浮かれてしまっているのである。
有名俳優たちからの“出演希望”が殺到していると思われるが、
白石和彌監督自身が、
自分が本当にやりたい題材を、
本当に出演してほしい俳優を使って、
時間をかけて撮ってほしいと切に願う。


ということで、
今日は、韓英恵、筒井真理子、音尾琢真の演技を褒めたいと思う。
この三人に共通しているのは、
普段から才能あふれる監督の作品に出続けていること。
話題の監督だから……ということで出演しているのではない。


たとえば、韓英恵。


鈴木清順監督作品『ピストルオペラ』(2001年)
を皮切りに、
是枝裕和監督作品『誰も知らない』(2004年)
李相日監督作品『悪人』(2010年)
山下敦弘監督作品『マイ・バック・ページ』(2011年)
瀬々敬久監督作品『菊とギロチン』(2018年)
など、評価の高い監督の作品に(評価が高くなる前から)多く出演している。
本作『ひとよ』では、
稲丸タクシーのドライバー・牛久真貴を演じているのだが、
主要キャストのような気負いもなく、
普段の演技を、普段通りに演じている。
それがいかに難しいことであるかは、
主要キャストの演技を見ていれば判る。
普段の演技を、普段通りにできないのが普通なのだ。
それを普通に演じられるということは、実は凄いことなのだ。
是枝裕和、李相日、山下敦弘、瀬々敬久などの優れた監督からキャスティングされるのは、
彼女が特別なものを持っているからに違いない。



介護が必要な母を抱えた未亡人の事務員・柴田弓を演じた筒井真理子。


深田晃司監督作品の
『淵に立つ』(2016年)
『よこがお』(2019年)
のレビューで絶賛する記事を書いたので、
詳しくはそちらを見てもらうとして、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
ここ数年の彼女の活躍ぶりは目を瞠るものがある。
本作では、
子どもたちを守るために愛する夫を殺めたこはるの勇気を笑顔で称えつつ、
自身は義母の介護に疲弊し悩みを抱えているという複雑な役どころで、
白石組初参加ながら、その雰囲気に迎合することなく、
自分にしかできない繊細な演技で魅せる。
濡れ場も厭わず、大胆さも彼女の持ち味。
『よこがお』でも感心させられたが、
本作でもすっかり彼女に魅了されてしまった。



こはるの甥でタクシー会社社長・丸井進を演じた音尾琢真。


大泉洋らと共に演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーとして活躍しながら、
近年は実力派俳優として数々の映画やドラマに出演している。
NHKの連続テレビ小説「なつぞら」(2019年4月~9月)では、
ヒロイン・なつ(広瀬すず)が育った牧場で働く従業員・戸村菊介役でレギュラー出演し、
お茶の間でも人気を獲得。
私も大いに楽しませてもらった。
白石和彌監督作品の常連で、
そのほとんどの作品に出演しており、本作で9作目。
白石和彌監督作品では、裏社会の人間など強面の役柄が多かったが、
本作では、面倒見が良く、人の好い社長を巧く演じていた。
白石組の常連らしく、
主要キャストのような特別な演技をすることもなく、
自然で、違和感のない演技で楽しませてくれた。



映画『凪待ち』のレビューの最後に、私はこう記している。

やや甘々の白石和彌監督作品であるが、
これも、白石和彌監督が、より高みへ昇るための過渡期の作品と私個人は捉えている。
そういう意味で、見ておくべき作品と考える。


本作『ひとよ』でも同じことが言えると思う。
主要キャストの気負った演技は抑えられなかったが、
韓英恵、筒井真理子、音尾琢真をキャスティングし、魅力ある演技を引き出し、
細部には光るものもあった。
『ひとよ』も、白石和彌監督が「より高みへ昇るための過渡期の作品」と私個人は捉えている。
映画館で、ぜひぜひ。

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