60歳を過ぎると、
もう大抵のことには驚かなくなる。
それはある意味、哀しいことだ。
できれば、いつも驚くことのできる新鮮な心を持っていたい。
そんな私であるので、
驚くことはめったにないのだが、
たまに、少し驚くこともある。
先日は、「最近、驚いたこと」として、
……三重野慶の超絶リアリズムに観る“一瞬と永遠”……
と題して、写真と見まがうばかりの写実絵画を紹介した。
そのときは、このブログ「一日の王」の新しいカテゴリーにしようと思わなかったが、
数日前に十朱幸代の自伝『愛し続ける私』を読んだとき、
小さな驚きがあった。
そんな日々の小さな驚きを、
このブログに記していくのも面白いのではないかと考えた。
ブログ「一日の王」は、
私自身のための“忘備録”でもあるのだから……
ということで、
「最近、驚いたこと」というカテゴリーを新設し、
折々に「驚いたこと」を記していきたいと思う。
今回は、先ほど紹介した、
十朱幸代の自伝『愛し続ける私』を読んだときに驚いたことを書いてみたい。
たわいのないことなので、
暇なときに読み流してもらえればと思う。
私は女優の自伝が好きで、
出版されると、よく読んでいる。
十朱幸代の自伝『愛し続ける私』は、
今年(2018年)10月に出版されたのだが、
小坂一也との15年にわたる恋を始め、
過去のいくつもの恋が書かれており、
相手の名前は書かれていないものの、
〈あの大物男優も十朱幸代にプロポーズしていたのか……〉
などと想像しながら面白く読んだ。(コラコラ)
私が「驚いたこと」とは、
その十朱幸代の恋の相手ではなく、
まったく思いもよらぬ項目に潜んでいた。
それは、十朱幸代が過去に出したレコードのタイトル名にあった。
ご存じの方は多くはないと思いますが、私、歌の仕事もさせていただきました。大ヒットはしなかったけれど、今でも私の歌を覚えてくださってる方がいると、うれしくなります。
76年、当時はテレビの歌番組全盛の時代で、それを目にするたびに、歌手っていいなあ……、と思っていたのです。歌手はうたっている間、たったひとりにずっとスポットライトが当たっていて、まるでひとり芝居。いいなあ! と思ったところにいいタイミングで、私にも歌のオファーがあったのです。(101頁)
その中の一曲『セイタカアワダチ草』を紹介しているのだが、
そのレコードのタイトル名に驚かされたのだ。
スミレとか、サクラとか、忘れな草など、
美しい花の名を冠した歌はたくさんあるが、
よりにもよって、あの悪名高い『セイタカアワダチ草』って……
驚くと共に、
〈どんな歌なんだろう……〉
という興味が湧いた。
サビのフレーズが印象的な曲です。
♪それ~はないじゃない~、アハハ~ハハハハ~ン♪
恋仲になっておきながら、沖縄の基地に行ってしまった外国の男の人を想っている女の歌。外来種の草・セイタカアワダチソウを、その男の人にたとえているんですね。ちょっと大人の、恋に破れた女の歌です。だけど、悲しくない。強がりながら、終わった恋を振り返る。カラッとした余韻を感じさせる歌でした。(103頁)
セイタカアワダチ草
作詞・吉岡治 作曲・岸本健介 歌・十朱幸代
誰かとどこかへ 折合いつけて
ポプ・コーンみたいに はじけたか
それとも生活(くらし)に 見切りをつけて
帰っていったか 故郷へ
※ それはないじゃない
あいつに惚れて あずけた夢を
わかってくれとは 言わないが
あたしにゃ沖縄 遠すぎる ※
コバルト・ブルーの あいつの街に
燃えるか セイタカアワダチ草
手紙のひとつも 出したいけれど
基地(ベース)の区別も つきゃしない
それはないじゃない
あいつに尽し 疲れた夢を
わかってくれとは 言わないが
あたしにゃ沖縄 遠すぎる
(※ くりかえし )
作詞の吉岡治は、
森進一『薄雪草』、
大川栄策『さざんかの宿』、
島倉千代子『鳳仙花』
など、花の名をタイトルに使ったヒット曲も多いし、
石川さゆり『天城越え』、
石川セリ『八月の濡れた砂』、
五木ひろし『細雪』、
瀬川瑛子『命くれない』、
美空ひばり『真赤な太陽』や、
山下達郎がザ・キング・トーンズに楽曲提供し、
山下達郎自身も歌っている『LET'S DANCE BABY』なども作詞している名作詞家なのである。
その名作詞家が、『セイタカアワダチ草』とは……
しかも、この“恋に破れた女の歌”が、当時、NHKの「みんなのうた」でも流れていたというのだ。
そして、十朱幸代は、この後も歌に全力を注ぎ、
4枚ものLPレコードを出したとか。
驚きは尽きない。