一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『マイ・ブロークン・マリコ』 …永野芽郁と奈緒が凄いタナダユキ監督作品…

2022年10月07日 | 映画


タナダユキ監督作品である。


私の好きな監督で、これまで、

『百万円と苦虫女』(2008年)脚本・監督
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)監督
『四十九日のレシピ』(2013年)監督
『ロマンス』(2015年)脚本・監督
『お父さんと伊藤さん』(2016年)監督
『ロマンスドール』(2020年)脚本・監督・原作
『浜の朝日の嘘つきどもと』(2021年)脚本・監督

などの作品を鑑賞し、
このブログにレビューも書いてきた。
(公開時に映画館で鑑賞できなかった作品に関してはレビューを書いていない)
なので、タナダユキ監督の新作映画なら見たいと思った。


原作は、2020年1月8日に刊行された平庫ワカの同名コミック。
累計20万部を突破し、
全世界(9ヶ国)で翻訳出版されているとか。


主演は、永野芽郁。
共演者として、私の好きな奈緒や吉田羊も名を連ねている。
で、ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



ある日、
ブラック企業勤めのシイノトモヨ(永野芽郁)は、
ラーメンを食べながら見ていたテレビのニュースで、
親友・イカガワマリコ(奈緒)がマンションから転落死したことを知る。


彼女の死を受け入れられないまま茫然自失するシイノだったが、
大切なダチの遺骨が毒親の手に渡ったと知り、
居ても立っても居られず行動を開始。
包丁を持って、マリコの父親(尾美としのり)と再婚相手(吉田羊)が暮らす家を訪れ、


遺骨を強奪し逃亡する。


幼い頃から父親や恋人に暴力を振るわれ、人生を奪われ続けた親友に、
自分ができることはないのか……
シイノがたどり着いた答えは、
学生時代にマリコが行きたがっていた海へと彼女の遺骨を連れていくことだった。


道中で出会った男・マキオ(窪田正孝)も巻き込み、


最初で最後の“二人旅”が今、始まる……




テレビのニュースで親友の死を知るシーンから、
停滞することなくテンポよく物語が展開し、


主人公が日常生活の戻っていくまでが簡潔にスピーディにまとめられており、
永野芽郁と奈緒の好演もあって、
あっと言う間の85分間であった。(上映時間が85分というのも絶妙)


勝手に死んでしまったマリコへの“怒り”、
マリコを苦しめてきたマリコの父親への“怒り”、
マリコを助けられなかった自分への“怒り”。
様々な“怒り”の感情が物語の主旋律となっているのだが、


それだけではなく、
ブラック企業のクソ上司への対応、
マリコの父親と再婚相手が暮らす家を訪れたときの訪問理由、
道中で出会った男とのやりとりなど、
クスッと笑えるシーン(それに感動シーン)も用意されており、
最後まで飽きずに見ることができた。


秀作、いや、傑作だと思った。
さすが、タナダユキ監督!



映画を見た後に、書店に寄って、原作となったコミックを見てみると、
全1巻だったので、ビックリ。


普通は、10巻とか20巻ある原作を、
映画化するために(省略したりして)2時間ほどの映像にまとめるものだが、
たった1巻だけの原作だとは知らなかった。
〈1巻だけなら買ってみるか……〉
と思った。(笑)
タナダユキ監督がどこかで、
「原作を読み終えた瞬間、突き動かされるように映画化に向けて動き出した」
と語っていたからだ。
買って帰り、読んでみると、
150頁ほどの漫画で、映画でのエピソードほぼ全部原作の中にあった。
タナダユキ監督は原作に忠実に物語を構築していたのだった。


原作自体が映画のような内容だったので、特に変えようというのは考えていなかったんです。ただ、原作の通りに作るだけだと、時間が60〜70分になってしまうという悩みがありました。興業映画としては最低でも90分近くは必要だったので、原作の邪魔をせずに映画オリジナルでプラスできるエピソードを試行錯誤しながら加えていきました。(「TOKION」インタビューより)

と、タナダユキ監督は語っていたが、
短編に近い原作だったので、むしろ物語を膨らませることに苦慮したようだ。
タナダユキ監督が原作のコミックが好き過ぎて、熱過ぎるということもあって、
冷静に考えられる人がいてくれる人が必要になり、(笑)
向井康介との共同脚本になったとか。
向井康介は、
『リンダリンダリンダ』(2005年)
『松ヶ根乱射事件』(2006年)
『マイ・バック・ページ』(2011年)
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)
『陽だまりの彼女』(2013年)
『もらとりあむタマ子』(2013年)
『ピース オブ ケイク』(2015年)
『聖の青春』(2016年)
『愚行録』(2017年)
『ある男』(2022年11月18日公開予定)

などを手掛けている実力のある脚本家。
本作が優れた作品になっているのは、
(タナダユキ監督と)向井康介との共同脚本であったことが大きい。



主人公のシイノトモヨを演じた永野芽郁。


これまで、明るくて元気な女の子を演じることが多かった印象があり、
「陽」のイメージが強いのだが、
「陰」とまでは言わないが、どこか鬱屈したものを抱え、
あることをキッカケに感情を爆発させ包丁を振り回すような女性の役は、
おそらく初めての経験だったのではないか……


本作の主人公の役は、
「陰」のイメージがある女優が演じるよりも、
「陽」のイメージがある女優が演じる方が、
(重いテーマなので)軽やかに演じられるし、スピード感も増す。
永野芽郁だからこそ演じられたシイノトモヨであったと思う。



シイノの親友・イカガワマリコを演じた奈緒。


永野芽郁と奈緒は、実生活でも親友なので、


そういう関係性からのキャスティングだと思っていたら、違ったようだ。

永野さんが決まった後に、誰がいいかプロデューサーと相談している中で、奈緒さんの名前があがって。それで永野さんと奈緒さんの組み合わせは非常にいいなと思ってお願いしました。決まってから知ったんですけど、もともと2人はすごく仲が良くて。その関係性も映画にはうまく反映されているのかなと思います。(「TOKION」インタビューより)

と、タナダユキ監督は語っていたが、
実生活での仲の良さが映画にも反映され、
名場面の数々が生み出されたようだ。
永野芽郁も、

シイノにとってのマリコがいなくなってしまうように、私にとっての奈緒ちゃんがいなくなってしまうことを想像すると、いたたまれない。「悲しい」や「寂しい」を超えて、唖然としてしまいます。奈緒ちゃんは、そういう感情をリアルに引き出してくれる大切な人だから。「お芝居しよう」と思わなくてもできるというベースがあって、この作品に挑むことができたのは、すごく大きかったです。相手が奈緒ちゃんじゃなかったら、本当に厳しかったし、こんなに胸を張って「見てほしいです」と言い切れる作品にできなかっただろうなと思います。(「映画.com」インタビューより)

と、相手が奈緒であったからこその『マイ・ブロークン・マリコ』であったと語る。


事実、奈緒の演技は鬼気迫るものがあり、
永野芽郁と同等、いや、それ以上に見る者の心を打つ。
本当に、素晴らしい女優だ。


奈緒の民放GP帯の連続ドラマ初主演となる『ファーストペンギン!』が、
(2022年)10月5日より日本テレビ系「水曜ドラマ」枠で始まった。


一昨日、第1回を観たが、
とても面白く、次回が期待できる内容であった。



マリコの父親(尾美としのり)の再婚相手を演じた吉田羊。
出演シーンは少ないが、
殺伐としたシーンに吉田羊が居たことで、
見る者は少し救われた気分になった。
吉田羊が演じた女性は、
主人公のシイノに、
「この人がもし、もっと早くマリコの父親と再婚していたら、ここん家はもう少しマシだったかな。そしたらあのコは今も……」
と言わしめる好い人なのだ。
ラストシーンにも少し関わっており、
吉田羊が演じたからこその好感度であったような気がする。



シイノが道中で出会った男・マキオを演じた窪田正孝。


マキオの登場の仕方が、ややご都合主義的であるが、
マキオがいたことで、シイノも、この物語も、救われた部分があるように思う。
タナダユキ監督も、

マキオの背負ってきたものって原作では詳しく描かれていなくて。もちろん映画でもそこは書くつもりがなかったんです。だからこそスクリーンに出てきた時に、説明せずともそうした救いの存在、ちゃんと傷ついてきた人だからこその説得力のある言葉を言える人として、窪田くんに演じてもらえてよかったなと思っています。(「TOKION」インタビューより)

と、語っていたが、
マキオの役そのものも、
窪田正孝という優れた俳優が演じたことで救われたように思った。


窪田正孝は、タナダユキ監督作品、
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)
『ロマンス』(2015年)
にも、出演していたが、
それぞれに強烈な印象を残しており、
いつの日かタナダユキ監督作品で主演する日が来るような気がする。



ラストの、シイノがマリコの手紙(遺書?)を読むシーンは、
そこに何が書かれていたのか判らないまま終わる。
原作も同じく、何が書かれているか判らないまま終わっている。
タナダユキ監督は、

映画で出てきた手紙には実際に内容が書いてあるんです。解釈を間違ったらいけないので平庫さんにもどういった内容だったか聞いてみたんですけど、「なんでしょうね」と(笑)。なので、こちらの解釈で文面は考えて、それを奈緒さんに書いてもらいました。永野さんには本番で初めてそれを読んでもらって。それであのラストシーンになりました。(「TOKION」インタビューより)

と、語っていたが、
手紙の内容は、
書いた奈緒と、
読んだ永野芽郁のみぞ知る……ということらしい。
手紙を読んだ永野芽郁の表情からそれを読み解くのも楽しいのではないかと考えた。
機会があれば、また見たいと思う。

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