一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『運び屋』 ……「人生100年時代」を象徴するような老人活劇の傑作……

2019年03月15日 | 映画
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クリント・イーストウッドの監督作にして主演作である。
監督としては、
ここ数年だけでも、
『ジャージー・ボーイズ』(2014年)
『アメリカン・スナイパー』(2015年)
『ハドソン川の奇跡』(2016年)
『15時17分、パリ行き』(2018年)
と、毎年のように撮っているが、
出演作となると、『人生の特等席』(2012年)以来であり、
監督もかねた主演作となると、
『グラン・トリノ』(2008年)(日本2009年)以来、10年ぶりとなる。
『グラン・トリノ』は、あの年齢だからこそという必然性があったし、
『人生の特等席』は、イーストウッドの長年のビジネ・パートナーであるロバート・ロレンツの監督デビュー作であった。
だが、それ以降は、俳優クリント・イーストウッドはスクリーンから遠ざかっていた。
監督業に専念していたということもあるが、
その年齢に相応しい役がなかったことが大きな要因であったろう。
だが、久しぶりに、俳優(監督、製作、主演)として帰ってきたのだ。
それが、最新作『運び屋』(米国2018年12月14日、日本2019年3月9日公開)である。
2011年に87歳で逮捕されたコカインの“運び屋”をモデルに、
「The New York Times Magazine」に掲載された記事『シナロア・カルテルが雇った90歳の麻薬運び人』をベースにした実話映画とのこと。


〈見てみたい〉
と思った。
で、公開されて数日後、映画館へ向かったのだった。



90歳になろうとするアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、
金もなく、ないがしろにした家族からも見放され、孤独な日々を送っていた。


ある日、男から「車の運転さえすれば金をやる」と話を持ちかけられる。


なんなく仕事をこなすが、
それはメキシコ犯罪組織によるドラッグの“運び屋”だった。




気ままな安全運転で大量のドラッグを運び出すが、
麻薬取締局の捜査官(ブラッドリー・クーパー)の手が迫っていた……




デイリリーが一面に咲き乱れるのどかな田園風景の中に、
麦藁帽子をかぶったクリント・イーストウッドが現れる。


驚いたことに、枯れているのだ。(笑)
ヘルマン・ヘッセのようでもあり、


横顔が笠智衆のようでもあった。(コラコラ)


その見事な老人ぶりに驚嘆した。
もう88歳(撮影時は87歳?)なので、枯れた老人でも不思議ではないのだが、
クリント・イーストウッドはいつまでもエネルギッシュな男というイメージがある。
88歳のイーストウッドが、90歳の主人公・アールを演じていて秀逸であった。


私は80代なんだが、そう感じることはない。その年齢(90歳)であるというのがどんなことなのかわらないので、子ども時代の思い出の中にある祖父の様子を思い出したよ。(『キネマ旬報』2019年3月下旬号)

と、イーストウッドは語っていたが、
普通の人は、
〈88歳も90歳も大して変わらないじゃないか……〉
と思いがちだが、
イーストウッドは、2歳の上の90歳のことがわからないので、
祖父のことを思い出しながら演じていたというのだ。
そこがスゴイ!


本作は、単なる“運び屋”としてのアールを描いたサスペンス映画ではなく、
アールの家族関係をも描いており、家族映画にもなっているのが好い。
仕事に夢中で、家族を顧みないアールは、
娘・アイリスの結婚式(再婚式?)を欠席したという過去があり、
それ以来、アイリスは父・アールのことを嫌っており、長年に渡って口もきいていない。
そのアールの娘・アイリスを演じているのが、
実生活ではとても仲の良いイーストウッドの実の娘(長女)アリソン・イーストウッドというのが可笑しい。



元妻・メアリーを演じているのは、ダイアン・ウィーストで、


アールに対する複雑な心境を巧く表現していて、
本作の家族関係を描いた部分の軸となっていた。



孫娘・ジェニーを演じていたのは、タイッサ・ファーミガ。
アールの唯一の味方なのだが、
アールはジェニーの結婚式をも欠席しそうになり、
彼女の怒りを買うのだが、果たして……



麻薬取締局のコリン・ベイツ捜査官を演じているのが、ブラッドリー・クーパー。


『アメリカン・スナイパー』(2015年)では、監督と主演俳優として組んだ二人だが、
共演は初めてだ。
このブログ「一日の王」で、
映画『アリー/ スター誕生』のレビューを書いたとき、(2018年12月23日掲載)
私は次のように記している。

もともとはクリント・イーストウッドが映画化する予定で進められていた企画で、
ビヨンセを主演とする筈であったが、
プロジェクトはビヨンセの妊娠により延期となった。
その後、紆余曲折があり、最終的に、
『アメリカン・スナイパー』でイーストウッドとタッグを組んだブラッドリー・クーパーが、
初監督作としてメガホンをとることになり、
2016年8月16日に、レディー・ガガの参加が正式に発表された。


そうなのだ。
『アリー/ スター誕生』は、元々は、再びこの二人が、監督と主演俳優として組む筈だったのである。
それが、ブラッドリー・クーパーの初監督作ということになり、大ヒット。
『運び屋』が北米で公開時、
クーパーは『アリー/ スター誕生』があちこちの賞にノミネートされ大忙しの状態となり、
『運び屋』の方のプレミアに参加できなかったとか。
それでもイーストウッドはクーパーの成功を喜んでいたそうだ。


『運び屋』では、
アールの宿泊先であるモーテルをコリンが捜索したときに二人は邂逅するのであるが、
コリンは、まさかこの老人が“運び屋”だとは思わず、
朝食を摂りながら世間話をするシーンがある。
仕事で家族との時間が取れないというコリンに向かって、
アールがコリンに説教をするのである。(笑)

私自身も仕事のせいで家族の集まりに出られなかったことがあるかもしれないが、アールほどではない。しかもアールは、自分がやれもしなかったことをやるようにとアドバイスするんだ。そこは、老人の典型的なところと言えるかもしれないね。(『キネマ旬報』2019年3月下旬号)

イーストウッドはそう語っていたが、
ここは名シーンなので、お見逃しなく。



クリント・イーストウッド信奉者からの絶賛が相次いでおり、
「Yahoo!映画」などのユーザーレビューでも高評価されている。
信奉者ではない私から見ても、
「人生100年時代」を象徴するような老人活劇の傑作だと思う。
映画館で、ぜひぜひ。

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