一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ナイトメア・アリー』 ……ギレルモ・デル・トロ監督の傑作ノワール……

2022年04月04日 | 映画


私がよく利用するミニシアター「シアター・シエマ」(佐賀市)がオープンしたのは、
2007年12月15日であった。
そして、私が最初に「シアター・シエマ」を訪れたのは、
2008年1月10日で、
この「シアター・シエマ」で最初に見た映画は、
『パンズ・ラビリンス』であった。


支配人の許可を得て、館内を撮影し、
「シアター・シエマ」の紹介も兼ねて、ブログ「一日の王」にレビューを書いた。
今読むと、レビューというにはお恥ずかしいような“一口感想”であるが、
「シアター・シエマ」で最初に見た映画ということもあって、
この『パンズ・ラビリンス』は、今でも強く印象に残っている。
(初々しい10年前のレビューはコチラから)

この日鑑賞した、
ギレルモ・デル・トロ監督作品『パンズ・ラビリンス』は、
1年後、
「シアター・シエマ」で上映された作品の中から、
「シアター・シエマ」のお客さんが(年間ベストテンを)選ぶ投票で、
第1位に選出された。

シエマベストテン
【2007年12月~2008年12月】
1.『パンズ・ラビリンス』
2.『善き人のためのソナタ』
3.『サッド ヴァケイション』
4.『いのちの食べ方』
5.『ラスト、コーション』
6.『やわらかい手』
7.『ぐるりのこと。』
8.『靖国 YASUKUNI』
9.『歩いても 歩いても』
10.『トウキョウソナタ』


10年後の2018年3月、
ギレルモ・デル・トロ監督の新作『シェイプ・オブ・ウォーター』を見た。
2017年の第74回ベネチア国際映画祭で、
金獅子賞を受賞したファンタジーラブストーリーで、
2018年3月に発表された第90回アカデミー賞では、
作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞の最多4部門で受賞している。
……映画を見る楽しみがすべて詰まった傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
その一部を引用してみる。

この映画には、
半魚人のような不思議な生き物が登場する。



この不思議な生き物である“彼”を、
ただ単に「気持ち悪い」と思うか、
マイノリティーやアウトサイダー的な存在と捉えられるかが、
評価の分かれ目になるような気がする。



なぜなら、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなど見ると、
絶賛するレビューと並び、
「気持ち悪い」
「楽しくなる映画ではない」
「エログロ」
「暴力と下ネタ」
「不気味な映画」
「よくわからない」
「難しい」
というような、マイナス評価もけっこう多いからだ。
『パンズ・ラビリンス』など、
ギレルモ・デル・トロ監督作品を鑑賞したことのある人なら、
問題なく映画に入り込めると思うのだが、



ギレルモ・デル・トロ監督作品に初めて触れる人には、
かなりショッキングな内容かもしれない。
まあ、映画は娯楽でもあるので、
無理して見ることはないが、
私など、こういう作品が楽しめないと、
なんだか、人生損しているような気がするのだが……如何。

自分とは異なる他者を、
認められるか、それとも憎むか……


決めつけるのがよくないと思うんだ。何かを「正しい」としたら、残りすべてが間違いになってしまう。何かを「美しい」と決めたら、残りが醜いものになってしまう。人間でも、モンスターでも、「そのもの」として存在を認めるべきだと、僕は言いたい。社会全体でそういう考えが育っていけばうれしいけどね。

と、ギレルモ・デル・トロ監督はインタビューで答えているが、

人間でも、モンスターでも、「そのもの」として存在を認めるべきだ。

という言葉が心に響くし、
本作が最も訴えたかったことでもあると思う。

半魚人のような不思議な生き物だけではなく、



イライザは、口が利けないというハンディキャップがあるし、


同僚ゼルダは黒人であるし、


隣人・ジャイルズは同性愛者であるし、


この映画の登場人物のほとんどは、
マイノリティーやアウトサイダー的な存在ばかりである。
彼らが、正義のために権力者に立ち向かい、闘う姿は、
1960年代の話でありながら、
現代と重なる部分が多いし、
むしろ、今の時代に最も合致したテーマであると言えよう。



こう書くと、
〈ちょっと小難しい映画かな〉
と思われる方もおられるかもしれないが、
そんなことはない。

昔、『大アマゾンの半魚人』という映画があったが、
本作は、その『大アマゾンの半魚人』へのオマージュでもあるそうで、
その他、
アンデルセンの「人魚姫」や、
『シザーハンズ』や『美女と野獣』など、
いつの時代も愛されてきた、種族を超えたラブストーリーの要素が含まれている。
「アマゾンの奥地で神のように崇拝されていた」生き物ということで、
私など、『キングコング』や『モスラ』の半魚人版かなと思ったほどであったし、
ファンタジーであり、ラブロマンスであり、サンスペンスであり、
ハラハラさせられたり、ドキドキさせられたり、ワクワクさせられたり、
映画を見るいろんな楽しみがすべて詰まった作品なのである。
そして、まぎれもない“傑作”なのである。


長々と引用したが、
さほどに私は感動し、
第5回 「一日の王」映画賞(2018年公開作品)の外国映画の作品賞に選出した。

本日紹介する『ナイトメア・アリー』(2022年3月25日、日本公開)は、
そのギレルモ・デル・トロ監督の新作映画なのである。
サスペンススリラーとのことで、
1946年に出版された名作ノワール小説「ナイトメア・アリー 悪夢小路」を原作に、
野心にあふれ、ショービジネス界で成功した男が、
思いがけないところから人生を狂わせていく様を描いているとのこと。
はたしてどんな映画になっているのか、
ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



1939年、
ショービジネスでの成功を夢見る野心家の青年スタントン(ブラッドリー・クーパー)は、


人間か獣か正体不明な生き物を出し物にする怪しげなカーニバルの一座に辿り着く。


ショーを観終わったスタントンは、
マネージャーのクレム(ウィレム・デフォー)に声をかけられる。


そこで出会った読心術師のジーナ(トニ・コレット)に気に入られたスタントンは、


彼女の仕事を手伝い、そのテクニックを身につけていく。
やがて人気者となった彼は、


親しくなったモリー(ルーニー・マーラ)と一緒に一座を離れて活動を始め、


人を惹きつける才能と天性のカリスマ性を武器に、
トップの興行師(ショーマン)となっていく。


だが、ある日、精神科医を名乗る女性(ケイト・ブランシェット)と出会ったことにより、


想像もつかない闇に足を踏み入れてしまうことになり、
運命が狂わされていく……




『パンズ・ラビリンス』『シェイプ・オブ・ウォーター』の他、
『パシフィック・リム』などでも知られるギレルモ・デル・トロ監督の特徴といえば、
ホラー&SF的要素の強い不気味さ、
芸術性あふれるダーク・ファンタジー、
美しくも残酷な世界観……などが挙げられると思うが、
ショッキングなシーンも多く、
「気持ち悪い」「不気味な映画」「よくわからない」「難しい」
などという声もよく聞く。
私は賛否があるであろうそれらの要素すべてが好きなので、
本作『ナイトメア・アリー』を見て、「あれっ」と思った。
ギレルモ・デル・トロ監督の作風、特徴、世界観はそのままに、
サスペンススリラーとして、フィルム・ノワールとして、
しっかりエンターテインメントされていたからだ。
「小難しさ」は一切なく、ハラハラドキドキさせられたし、
ギレルモ・デル・トロ監督のファンならずとも楽しめる内容であったのだ。
私など、
〈本当にギレルモ・デル・トロ監督作品?〉
と思わされた程であったが、
子細に観察すると、その色彩、雰囲気、構図など、
ギレルモ・デル・トロ監督らしさがあちこちに見られ、
監督ならではの「異形の者たち」「はぐれ者たち」への愛が横溢する傑作となっていた。


主人公のスタントン(ブラッドリー・クーパー)が辿り着いたカーニバルの一座は、
いわゆるフリークショー(「freaks of nature=自然の畸形」と呼ばれる生物学的希少性を呼び物にしたショーのこと。サイドショーとも呼ぶ。日本では「見世物」に相当する)で、
鶏を生きたまま頭から食いちぎる、人間か獣か正体不明な生き物「獣人」、


感電しても平気な「電気女」、




小人症のモスキート少佐の「人類史上最少の男」、


相手が何を考えているか当てる「読心術師」など、


観客に衝撃を与える身体を持っている人々、
奇怪なパフォーマンスを行う人々たちの一座で、


本作『ナイトメア・アリー』では、
その一座自体が、ギレルモ・デル・トロ監督が創り出した魔界であり、異形の世界であった。


一方、
後半に登場する宮殿のようなエズラ・グリンドル(リチャード・ジェンキンス)の住居や、
精神科医・リリス・リッター博士(ケイト・ブランシェット)のオフィスは、
ギレルモ・デル・トロ監督が創り出した迷宮であり、悪夢の世界であった。


前半のカーニバル一座には、絶え間なく強風と雷雨が襲い、




後半の宮殿のような住居や街には雪が降り続け、


登場人物だけではなく、映画を見ている観客の心理までをも圧迫してくる。


ギレルモ・デル・トロ監督の創り出す世界に、
観客は恐れおののき、酔わされ、迷い、逃げまどう。
世にも奇妙なフリークショーを実際に観たような気分を味わう。
こんな体験をさせてくれる映画監督はギレルモ・デル・トロ以外いない。



ショービジネスでの成功を夢見る野心家・スタントンを演じたブラッドリー・クーパー。


ブラッドリー・クーパーが、監督と、主演と、脚本(共同)も務めた『アリー スター誕生』(2018年)で、ギターを弾いて、歌って、作曲もして、監督もして、見栄えもイイという、
天性の才能と格好良さを見せつけられたが、
本作でも、天与のカリスマ性そのままに、破滅していく男を見事に演じ切っていて素晴らしかった。



謎めいた精神科医・リリス・リッター博士を演じたケイト・ブランシェット。


主人公を破滅へ導く“運命の女”をスリリングに妖しく演じていて、
その演技、存在感に圧倒された。
リリスという女性、リリスが居る場所、すべてがアール・デコ調の様式美に彩られており、
ケイト・ブランシェットから放たれる視線、醸し出される色気に酔わされる。
本作におけるヒロイン(ダークヒロイン?)は、彼女であったのかもしれない。




彼に恋したばかりに騒動に巻き込まれていくモリーを演じたルーニー・マーラ。


『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)と、
『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)の演技で、
ルーニー・マーラという女優を強烈に印象付けられたが、
特に『ドラゴン・タトゥーの女』での彼女の演技は素晴らしかった。
その後、ケイト・ブランシェットとの共演作『キャロル』(2015年)で、
数々の映画賞を受賞し、女優としての地位を不動のものとした。
こう言っては何だが、(ケイト・ブランシェットと同じく)彼女が出演しているだけで、
芸術性が増すように感じるし、映画の格が一段上がるように感じる。
本作でもそれは変わらなかったし、彼女の演技を存分に楽しませてもらった。



その他、
読心術師・ジーナ・クランバインを演じたトニ・コレット、


カーニバルの団長・クレム・ホートリーを演じたウィレム・デフォーが、
クセの強い演技で魅せれば、


『シェイプ・オブ・ウォーター』のリチャード・ジェンキンス、


『ヘルボーイ』のロン・パールマン等、デル・トロ組のメンバーが、
息もつかせぬ迫真の演技で迫る。



魔界であり、異形の世界、
迷宮であり、悪夢の世界を彷徨う、
ワクワクドキドキの150分であった。


日本アカデミー賞は茶番だし、
米アカデミー賞も茶番には違いないが、
過去に『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞、監督賞を含む4冠に輝き、
『ナイトメア・アリー』も作品賞、美術賞など4部門にノミネート(受賞はならず)されたことに関しては、評価できると思ったし、
ギレルモ・デル・トロ監督作品のような映画が生み出され、評価される土壌のあるアメリカを、羨ましく思ったことであった。

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