※注意
少しネタバレしています。
𠮷田恵輔監督作品である。
『純喫茶磯辺』(2008)
『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)
『麦子さんと』(2013)
『銀の匙 Silver Spoon』(2014)
などで知られる監督で、
このブログでもいくつかの作品はレビューを載せており、
明るくてクスッと笑えるヒューマンコメディといった作風であったのだが、
前作『ヒメアノ~ル』(2016年)には仰天させられた。
前半は、これまでの𠮷田恵輔監督作品であったのだが、
後半になると一変、
「これ本当に𠮷田恵輔監督作品?」
と叫びたくなるほどの変貌ぶりだったのだ。
(詳しくはコチラから)
「現時点での𠮷田恵輔監督の最高傑作である」と断言したのだが、
その𠮷田恵輔監督の新作が2月10日に公開された。
〈福岡まで見に行かなければならないか……〉
と思っていたが、
佐賀のシアターシエマで4月27日から上映されることが分り、
首を長くして待っていたのだ。
そして、先日ようやく見ることができたのだった。
金山和成(窪田正孝)は地方都市の印刷会社で働く営業マン。
イケメンだが、真面目で堅実な彼は、
父親が友人の連帯保証人になって作ってしまった借金をコツコツと返済しながら、
老後のために毎月わずかな貯金をする地味な生活を送っていた。
そんなある日、彼のアパートに、
強盗の罪で服役していた兄の卓司(新井浩文)が刑期を終えて転がり込んでくる。
卓司は和成とは対照的に、金遣いが荒く、凶暴な性格でトラブルメーカー。
娑婆に出てきて早々に、
キャバクラで暴れたり、弟の留守中に部屋にデリヘルを呼んだりとやりたい放題。
和成はそんな卓司に頭を抱えるが、気性の激しい兄には文句のひとつも言えない。
しかし、和成はそんな卓司のことを密かに天敵だと思っていた。
一方で、そんな和成に仄かに恋心を抱いている女性がいた。
和成が頻繁に仕事を依頼する、小さな印刷所を営む幾野由利亜(江上敬子)である。
親から引き継いだ会社を切り盛りする彼女は、勤勉で頭の回転も速く、
寝たきりの父親の介護もしながら仕事をテキパキとこなす“できる”女だが、
太っていて見た目がよくない。
その彼女にも実は天敵がいた。妹の真子(筧美和子)だ。
由利亜の下で印刷所の手伝いをしている彼女は、
姉と違って仕事の要領が悪く、頭も決してよくないが、
顔やスタイルの良さから、時々グラビア撮影やイメージビデオに出演するなど芸能活動もしていて、取引先の男性にも人気がある。
由利亜は、仕事もできないくせにチャラチャラして、チヤホヤされているそんな妹にいらつき、
真子もまた、節制できずにぶくぶくと太っている姉のことを小バカにしていた。
しかしある時、金山兄弟、幾野姉妹に変化が訪れる。
卓司が始めた胡散臭い輸入業の仕事が成功したことで、
和成の心に複雑な気持ちが芽生え出す。
また、由利亜の仄かな恋心をよそに、和成と真子がつき合い出したことから、
嫉妬に燃えた由利亜がストーカー化する。
一方の真子は、エロまがいのグラビアを一向に卒業できない焦りから枕営業へと走り、
ラブホテルで卓司と鉢合わせしてしまったために、事態は急変するのだった……
本作『犬猿』を見た佐賀のシアターシエマでは、
予告編なしで(いきなり本編が)上映される作品が多い。
『犬猿』も「予告編なしで上映開始」とHPに書いてあったので、
そのつもり見始めた。
だが、予告編が始まったのだ。
〈えっ?〉
と思った。
その予告編は、
『恋する君のとなりには』というタイトルの(架空の)映画のものだったのだが、
劇中映画とは言え、
高校生カップル(健太郎、竹内愛紗)の切なくピュアな恋模様や、
『恋する君のとなりには』を「恋とな」と略して呼ばせるところなど、
“いかにも”な感じバリバリで、思わず笑ってしまった。
映画を見終わった観客の感想をTVCMとして流すのが一時流行ったが、
そのTVCMに真子(筧美和子)が出演しているという設定で、
映画の“ありがちな”予告編や、
“やらせ”感ぷんぷんの映画鑑賞後の感想などを皮肉ると共に、
それをワンセグで見ている和成(窪田正孝)など、
登場人物の立ち位置まで冒頭で知らしめており、
このオープニングシーンで観客の心をしっかり掴み、
(やや予定調和な展開はあるものの)最後まで観客をグイグイと引っ張っていく。
𠮷田恵輔監督のオリジナル脚本が優れており、
〈さすが𠮷田恵輔監督!〉
と思わされた。
テーマは、「兄弟」間、「姉妹」間にある複雑な感情。
まじめな弟と、刑務所から出所したばかりのヤクザな兄。
仕事はできるがブスな姉と、容姿だけが取り柄の妹。
見た目も性格も正反対な兄弟・姉妹を配し、
その間に渦巻く羨望、嫉妬、近親憎悪といった感情を、
笑いとペーソスを織り交ぜながら、時に辛辣に描き出す。
うならされたのは、そのキャスティング。
印刷会社で働く営業マン・金山和成を演じた窪田正孝。
強盗の罪で服役していた和成の兄・卓司を演じた新井浩文。
親から引き継いだ小さな印刷所を営む幾野由利亜を演じた江上敬子。
印刷所の手伝いをしながら芸能活動もしている由利亜の妹・真子を演じた筧美和子。
それぞれが役にぴったりで、
演技に定評のある窪田正孝と新井浩文はさすがの一言であったし、
映画出演経験の少ない江上敬子や筧美和子も役にハマっていた。
𠮷田恵輔監督のキャスティング法は、
「“芝居の巧い人”と“飛び道具になってくれそうな人”を組み合わせる」というもので、
江上敬子や筧美和子が“飛び道具”で、
それを引っ張る役目が窪田正孝と新井浩文であったようだ。
そのバランスが絶妙であった。
中でも、驚かされたのが江上敬子だ。
お笑いコンビ「ニッチェ」で活躍する芸人としてご存じの方も多いと思うが、
役にピッタリ過ぎて、実にリアルだったし、
演技というより、その存在感に圧倒された。
それもその筈、
𠮷田恵輔監督は、由利亜という役は江上敬子を当て書きしたそうで、
最初から江上敬子ありきで脚本を書き進めていたのだ。
若い頃の藤山直美をイメージしたキャラクターだったそうで、
どうりで、私も、
〈なんだか藤山直美に似てるな~〉
と思いながら鑑賞していた。
今年の年末から来年の初めにかけて発表される映画賞では、
きっと多くの賞を受賞することだろう。
筧美和子も期待以上の演技で感心した。
この役をオファーされたとき、
「容姿だけがしか取り柄がない……」
という役は、自分と重なる部分が多かった(実際にそう言われたことがあった)ので、
まさに自分のことを言われているようで、
オファーは嬉しかった反面、悔しかったとか。
作品に入る前は、葛藤というか、モヤモヤするものがあったが、
〈この役ができるのは自分しかいないかも……〉
〈この役をまっとうできたら、自分も成長できるかな……〉
とプラスに考え直し、役に取り組んだとか。
撮影が終わった頃には、いろんな意味で「乗り越えられた」感があったそうだ。
実際、映画の中でも、終盤に近づくにつれて、演技が上手くなっていくのが判る。
グラビアで活躍していた人が映画に出演すると、
誰しも「大丈夫かな?」と思いがちだが、
グラビアアイドルとして活躍していた人は、いろんな意味で覚悟ができているというか、
振り切った演技をする人が多く、良い女優になる人が多い。
過去、小池栄子や佐藤江梨子などがそれを実証している。
筧美和子もそうなるような気がするし、
そうなってほしいと思った。
いろいろ書きたいことはあるが、
出勤前なので、この辺で。
𠮷田恵輔監督のオリジナル脚本と、
江上敬子の演技と存在感が圧倒的な傑作『犬猿』。
映画館で、ぜひぜひ。