一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『オーバー・フェンス』 ……佐藤泰志原作、山下敦弘監督、そして蒼井優……

2016年11月01日 | 映画


①原作が、佐藤泰志の小説。
②監督が、山下敦弘。
③撮影(カメラマン)が、近藤龍人。
そして、
④出演者に、蒼井優がいる。
私が、映画『オーバー・フェンス』を見たいと思った理由は、以上の4つ。

では、以下に、より詳しくその理由を述べてみたい。

①原作が、佐藤泰志の小説。
佐藤泰志の小説が原作の映画は、
『海炭市叙景』(熊切和嘉監督、2010年12月18日公開)
『そこのみにて光輝く』(呉美保監督、2014年4月19日公開)
があるが、
いずれも傑作で、私は高く評価している。
(タイトルをクリックするとレビューが読めますので、下準備として、時間のある方はぜひ読んでいただきたい。この二つのレビューを読むことで、佐藤泰志という作家のことが少し解っていただけるのではないかと思う)
本作『オーバー・フェンス』(山下敦弘監督、2016年9月17日公開)は、
佐藤泰志の「函館3部作」の最終章という位置づけの作品で、
3作とも監督は異なるものの、
「佐藤泰志の小説が原作」、「映画の舞台が函館」というところは共通している。
前2作が傑作だったので、
本作『オーバー・フェンス』も、いやが上にも期待が高まるというものだ。

②監督が、山下敦弘。
私は、山下敦弘監督のファンで、
『リンダ リンダ リンダ』(2005年)
『天然コケッコー』(2007年)
『マイ・バック・ページ』(2011年)
『味園ユニバース』(2015年)
などの諸作品をこよなく愛している。
熊切和嘉、呉美保、両監督の後を受けて、
佐藤泰志の「函館3部作」の最終章という位置づけの作品を、
山下敦弘が監督をすると聞いたとき、
ぜひとも見たいと思った。
もうすぐ公開予定の『ぼくのおじさん』(2016年11月3日公開)にも期待。

③撮影が、近藤龍人。
『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』の共通点として、
「佐藤泰志の小説が原作」、「映画の舞台が函館」の2点を挙げたが、
実はもうひとつあって、
それは、3作とも、撮影が近藤龍人であること。
3作とも監督は異なるのに、撮影は同じ近藤龍人なのだ。
近藤龍人は物凄く才能のあるカメラマン(撮影監督)で、
これまで、多くの傑作といわれる作品に携わっている。
私は、以前、
「その映画の撮影が近藤龍人ならば、もうそれだけで見る価値あり」
と書いたことがあるが、
『オーバー・フェンス』の撮影がまたしても近藤龍人と知ったとき、
絶対見なければ……と思ったのだった。

④出演者に、蒼井優がいる。
蒼井優は、私の大好きな女優で、
彼女が出演している作品ならば、(いつも)ぜひ見たいと思っている。
週刊誌などでは「魔性の女」などと書かれたりもするが、
さように彼女は魅力的なのである。
『花とアリス』(2004年)に始まり、
『ニライカナイからの手紙』(2005年)
『ハチミツとクローバー』(2006年)
『フラガール』(2006年)
『百万円と苦虫女』(2008年)
『雷桜』(2010年)
『洋菓子店コアンドル』(2011年)
『るろうに剣心』(2012年)-
『東京家族』(2013年) -
『春を背負って』(2014年)
『るろうに剣心・京都大火編』(2014年8月1日)
『るろうに剣心・伝説の最期編』(2014年9月13日)
『岸辺の旅』(2015年)
など、印象深い作品が多く、
これまで、大いに楽しませてもらった。
本作『オーバー・フェンス』も、蒼井優が出演していると聞き、
もうそれだけで「見る価値あり」だと思った。

『オーバー・フェンス』は、
主要都市では今年(2016年)の9月17日に公開された作品であるが、
佐賀では、シアター・シエマで、10月29日(土)より公開された。
で、さっそく見に行ったのだった。


家庭をかえりみなかった白岩義男(オダギリジョー)は、
妻に見限られ、東京から生まれ故郷の函館に舞い戻る。
だが、実家に顔を見せることもなく、職業訓練校に通学しながら失業保険で生活していた。
訓練校とアパートの間を自転車で往復し、


2本の缶ビールとコンビニ弁当で夕食を済ますという惰性の日々。
〈なんの楽しみもなく、ただ働いて死ぬだけ〉
そう思っていた。
ある日、同じ訓練校に通う仲間の代島和之(松田翔太)に誘われて行ったキャバクラで、
鳥の動きを真似る風変わりなホステス田村聡(蒼井優)と出逢う。


女性なのに、名前は「聡」(さとし)だという。
「名前で苦労したけど親のこと悪く言わないで、頭悪いだけだから」
そんな風に話す、どこか危うさを持つ美しい聡に、
白岩は急速に強く惹かれていく。


そして、自由と苦悩のはざまでもがく聡の一途な魂にふれることで、
白岩の鬱屈した心象は徐々に変化していくのだった……










見た感想はというと、
私が好きな要素が満載ということもあって、
私はとても楽しめたし、
蒼井優だけでなく、
オダギリジョー、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、優香など、
他の出演者の演技も良かったので、
「見て良かった」と思った。
ただ、万人受けする映画かというと、
そうとは言い切れないところがある。
それは佐藤泰志の小説が原作の映画すべてに言えることで、
挫折し、傷ついた人ばかりが出て来るし、
絶望や倦怠が重くのしかかる「暗さ」が基調にあるので、(そればかりではないが……)
『海炭市叙景』も『そこのみにて光輝く』にも言えることであるが、
ちょっと「人を選ぶ」映画という感じがある。
ただ、ラストに、光明ともいえるような「明るさ」を予感させているので、
その「暗さ」は、単なる「暗さ」ではなく、
ラストの「明るさ」を一層際立たせるための「暗さ」なのであって、
それが解らない人には、面白味に欠ける作品に感じられるかもしれない。
不遜な言い方をすれば、
人生経験の浅い人、そして、普段映画をあまり見ていない人には、
何にも感じられないかもしれない。
そんな恐さもある作品であった。



田村聡を演じた蒼井優。


鳥が乗り移ったかのようなダンスが印象的だった。
『花とアリス』や『フラガール』でも見事なダンスを披露しているが、


本作でも唐突に鳥を真似て踊り出すシーンが数回あり、
それがとてもファンタジックであった。


自由奔放でありながら、情緒不安定な女という設定であったが、
このダンスで見事に表現していたと思う。



白岩義男を演じたオダギリジョー。


〈なんの楽しみもなく、ただ働いて死ぬだけ〉
という、職業訓練校に通学しながら失業保険で生活している男を演じているが、
この手の男を演じさせたら右に出るものはいないのではないかと思わせるほど、
巧いし、リアリティがあった。


その静かな演技が素晴らしかったし、
蒼井優の「動」に対して、
オダギリジョーの「静」といった感じで、
その対比も秀逸であった。



代島和之を演じた松田翔太。
職業訓練校に通いながらキャバクラにも通うという、
そのチャラさ加減が絶妙であった。
人生に絶望している田村聡(蒼井優)と白岩義男(オダギリジョー)の間に、
人生を軽く見ている感じの代島(松田翔太)が入ることで、
重苦しさが軽減され、面白味が増した気がする。



職業訓練校の仲間・原浩一郎を演じた北村有起哉。
ワケあり人生を歩んできた人物で、
この映画に明るさと変化をもたらしている。
北村有起哉の演技も素晴らしく、
「こんな人生も悪くない」と思わせる「希望」の象徴のような演技で、
作品に深みを与えている。



職業訓練校の仲間・森由人を演じた満島真之介。
バラエティ番組で観る天然キャラの彼とは違い、
鬱屈した無口な青年を演じているが、
これが実にはまり役とも言える好演で、
満島真之介の新たな一面を見せられた気がした。
来年公開予定の佐賀県唐津を舞台にした映画『花筐』(大林宣彦監督)にも出演しているようなので、
こちらも楽しみ。



白岩義男の元妻を演じた優香。


函館にいる白岩に会いに来るシーンのみで、
出演シーンは少ないが、
その美しさと清潔感で、
重苦しい作品に、爽やかな一陣の風を持ち込んだような感じであった。


元妻である彼女の前で、白岩が慟哭するシーンも忘れがたい。



『海炭市叙景』と、
『そこのみにて光輝く』と、
『オーバー・フェンス』。
監督は違うのに、
同じ色彩、同じ雰囲気を感じるのは、
3作を近藤龍人が撮影しているから。
近藤龍人が創り出す映像美を見るだけでも、
この作品群を鑑賞する価値はある。


映画館へ、ぜひぜひ。


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