一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『湯を沸かすほどの熱い愛』…宮沢りえと杉咲花の火傷するほどの熱演光る傑作…

2016年11月04日 | 映画


私がその実力を認めている宮沢りえの、
『紙の月』(2014年)以来となる映画主演作なので、
最新作『湯を沸かすほどの熱い愛』はぜひとも見たいと思っていた。
自主映画『チチを撮りに』で注目された中野量太監督の商業映画デビュー作だが、
自身のオリジナル脚本で勝負しているという心意気にも魅かれた。


期待している女優・杉咲花や、
注目している女優・篠原ゆき子も出演している。
ワクワクしながら、映画館へ駆けつけたのだった。



銭湯「幸の湯」を営む幸野家。


しかし、父・一浩(オダギリジョー)が1年前にふらっと出奔し銭湯は休業状態。


母・双葉(宮沢りえ)は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、娘・安澄(杉咲花)を育てていた。


だがある日、いつも元気な双葉がパート先で急に倒れ、
精密検査の結果、末期ガンということが判明。
「余命わずか」と宣告される。


〈私には、死ぬまでにするべきことがある……〉
その日から、彼女は、「絶対にやっておくべきこと」を決め実行していく。
家出した夫を連れ帰り、家業の銭湯を再開させる、


いじめに遭い、引きこもり寸前の娘を独り立ちさせる、


ある目的のために娘と旅に出る……等々。


母の行動は、家族からすべての秘密を取り払うものだった。
ぶつかり合いながらもより強い絆で結びついていく家族。


そして母から受けた大きな愛で繋がった家族は、
究極の愛を込めて母をおくることを決意する……




結論から言うと、「傑作」であった。
ストーリーは巷に溢れている「余命もの」であるし、
少し警戒しながら見ていたのだが、
お涙頂戴的な映画か……と思いきや、
最後に驚愕の結末が用意されており、度肝を抜かれた。
『湯を沸かすほどの熱い愛』という陳腐なタイトルの意味が、
ラストになって、ようやく鑑賞者に解らされるという仕組みになっている。
いやはや、
とんでもない衝撃作にして、傑作である。

先行上映会の舞台挨拶で、中野量太監督は語っている。

面白い脚本を書けば映画が撮れるのではないかという気持ちで、まったくのゼロベースで脚本を書きました。この話で一番重要な母親役を誰がやるかという時に、宮沢さんが脚本を読んでくれ、新人監督のしかもオリジナル脚本に出演すると言ってくれたのです。りえさんが出演を承諾してくれたおかげで、この映画は一気に動き出しました。

宮沢りえも次のように語っている。

大体作品をオファーされると、最初に自分が演じることを重ねながら脚本を読むのですが、この本は読み進めるうちに、どんどん双葉という役に自分の思いが入っていきました。タイトルにも含まれていますが、本当に、衝撃的なラストシーンを読んだ時には心にも体にも鳥肌が立ちましたし、なかなかこんな作品に出会えないぞという気持ちがありました。

ただ余命を宣告された女性の役なので、悲劇的に作ることもできれば、ドライに作ることもでき、そこは監督にお会いしなければ分らない。私はあまりウエットな悲劇のヒロインにはなりたくなかったので、その気持ちが監督と共有できれば、ぜひ演じたと思いました。監督と初めてお会いして、その気持ちが共有できたので、その場でOKしました。


中野量太監督の熱いオリジナル脚本に呼応した宮沢りえの判断は間違っていなかった。
完成度の高いオリジナル脚本、
実力派女優・宮沢りえの熱演、
傑作になるべくしてなった作品といえるだろう。

では、このオリジナル脚本のどこが優れているのか?
それは、この脚本には、いくつもの伏線が張りめぐらされており、
それが、終盤に、ピタリピタリとハマっていくところにある。
ミステリーではないのだが、
ミステリー映画を思わせるほどの緻密さなのだ。
〈なぜ、娘・安澄(杉咲花)は手話を理解できるのか?〉
〈なぜ、娘・安澄(杉咲花)に勝負下着を買ってやるのか?〉
〈なぜ、双葉(宮沢りえ)は、ある女(篠原ゆき子)の頬を叩くのか?〉
など、映画を見ている途中で気づいた疑問が、
次々に解明されていくときの快感、感動は、ちょっと筆舌に尽くしがたい。
それが判明したときには、
鑑賞者は、嗚咽するほどに泣かされる。
それだけでも凄いのに、
それだけでは終わらせないところが、もっと凄いのだ。
ラストに、その涙を全部回収するような結末を用意しているのだ。
ただ、この結末は、解らない人には解らないようになっている。
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなど見ると、
ただただ感動して、ラストの意味を理解していない人が案外多いのだ。
「それもまた良し」ではあるが、
真の意味を理解することで、この映画は何倍も凄い映画として記憶に残るのだ。
映画の途中は、それこそなりふりかまわず泣いてもらって結構、
だが、ラストの数分間は、よく目を凝らして注視してもらいたい。
ラストのラスト、
『湯を沸かすほどの熱い愛』というタイトルがようやく表示される時、
あなたは、どんな感慨を抱くのか……
私はどうだったかというと、
宮沢りえと同様、
「心にも体にも鳥肌が立った」
とだけ記しておこう。


双葉を演じた宮沢りえ。


私は、『紙の月』のレビューで、次のように書いている。

宮沢りえは、1973年4月6日生まれだから、現在41歳。(2014年11月23日現在)
若くは見えるが、
若いわけではないので、
ほうれい線もくっきり見えるし、
シワだってある。
それでもなお、カッコイイのだ。
ラスト近くで、走るシーンがあるのだが、
その走る姿でさえカッコイイ。
もっと無様であってもいいと思うのだが、
宮沢りえが演ずると、すべてが格好良く見える。
そこが、宮沢りえのスゴイところであるし、
ある意味、女優としての今の彼女の限界なのかもしれない。
宮沢りえは、この映画『紙の月』で、
多くの映画賞の主演女優賞にノミネートされるであろうし、
いくつかの最優秀主演女優賞を獲ることだろう。
だが、私の本音から言えば、
もっと作品として優れた「傑作」と呼べる映画で、
最優秀主演女優賞を獲ってほしい気がする。
それだけの力を備えた傑出した女優と思うからだ。


2003年、『たそがれ清兵衛』で日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を、
2005年、『父と暮らせば』で第47回ブルーリボン賞・主演女優賞受賞を、
2014年、『紙の月』で第27回東京国際映画祭・最優秀女優賞を受賞しているが、
本作『湯を沸かすほどの熱い愛』でこそ、最優秀主演女優賞を獲ってもらいたい気がする。
それほどの熱演であった。
ことに、死ぬ間際の形相は物凄く、
あの形相は相当の覚悟がなければ撮れないと思った。
ここには、
『たそがれ清兵衛』の美しさも、
『父と暮らせば』の清楚さも、
『紙の月』の格好良さもない。
『湯を沸かすほどの熱い愛』の凄まじき形相、
“湯を沸かすほど”の熱演にこそ、最優秀主演女優賞の名が相応しいような気がする。


双葉(宮沢りえ)の娘・安澄を演じた杉咲花。


味の素 Cook DoのCMで回鍋肉を食べる美少女として有名な彼女だが、
今年(2016年)見た『スキャナー 記憶のカケラをよむ男』(4月29日公開)では、
女子高生ピアニストを好演していたものの、「強く印象に残る」というほどではなかった。
だが、本作『湯を沸かすほどの熱い愛』では、
彼女の(現時点での)代表作になるのではないかと思わされるほどに優れた演技をしていて驚かされた。
宮沢りえ同様、相当の覚悟で演じていたことと思われる。
その「衝撃的であり象徴的なシーン」は、ぜひ映画館で確かめてもらいたい。



酒巻君江を演じた篠原ゆき子。


ここ数年では、
『共喰い』(2013年9月7日公開)での好演が強く印象に残っているし、
今年(2016年)見た『二重生活』(2016年6月25日公開)でも素晴らしい演技をしていた。
脇役が多いが、私の注目している女優で、
彼女が出演している映画は、なるべく見るようにしている。
本作『湯を沸かすほどの熱い愛』では、重要な役で出演しているので、
嬉しかったし、これからももっと映画に出演してもらいたいと思った。



双葉の夫・一浩を演じたオダギリジョー。


数日前に、映画『オーバー・フェンス』のレビューで、
 
〈なんの楽しみもなく、ただ働いて死ぬだけ〉
という、職業訓練校に通学しながら失業保険で生活している男を演じているが、
この手の男を演じさせたら右に出るものはいないのではないかと思わせるほど、
巧いし、リアリティがあった。


と書いたばかりであるが、
本作『湯を沸かすほどの熱い愛』でもダメ男を演じており、(笑)
ただのダメ男ではなく、憎めないダメ男を巧みに演じていて秀逸。
『オーバー・フェンス』のレビューで、

その静かな演技が素晴らしかったし、
蒼井優の「動」に対して、
オダギリジョーの「静」といった感じで、
その対比も秀逸であった。


と書いたが、本作でも、

その静かな演技が素晴らしかったし、
宮沢りえの「動」に対して、
オダギリジョーの「静」といった感じで、
その対比も秀逸であった。

と書いておこう。



この他、松坂桃李や、


駿河太郎らが脇を固め、作品をしっかり支えている。



漫画や小説を原作とする映画ばかりが溢れている邦画界で、
オリジナル脚本で勝負する中野量太監督の“覚悟”と、
宮沢りえと、杉咲花の“覚悟の演技”が素晴らしい傑作『湯を沸かすほどの熱い愛』。
映画館で、ぜひぜひ。

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