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夏休み真只中なので、
映画館は“お子ちゃま向け”映画ばかりで、
大人の私が見たいと思う映画は少ない。
そんな中、
『フジコ・ヘミングの時間』という音楽ドキュメンタリー映画が上映されていた。
6月16日に公開された作品であるが、
佐賀では(いつもの如く)1ヶ月遅れて、
7月20日より、(109シネマズ佐賀で)公開され始めたのだ。(7月31日まで)
フジコ・ヘミングに関しては、
それほど関心があるわけではないし、
コンサートにも行ったことはないが、
映像監督・演出家でミュージックビデオなどを手掛けてきた小松莊一良監督作品なので、
美しい映像と、美しい音が期待できそうだったし、
他に見たい映画がなかったということもあって、
見てみることにした。
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【フジコ・ヘミング】
日本人ピアニストの母と、
スウェーデン人デザイナーの父を両親として、
ベルリンに生まれる(年齢非公表)。
父と別れ、東京で母の手ひとつで育ち、5歳から母の手ほどきでピアノを始める。
東京芸術大学を経て、
NHK毎日コンクール入賞、文化放送音楽賞など多数受賞。
その後28歳でドイツへ留学。
ベルリン音楽学校を優秀な成績で卒業。
その後長年にわたりヨーロッパに在住し、演奏家としてのキャリアを積む中、
レナード・バーンスタインほか世界的音楽家からの支持を獲た。
しかし「一流の証」となるはずのリサイタル直前に風邪をこじらせ、
聴力を失うというアクシデントに見舞われる。
失意の中、ストックホルムに移住。
耳の治療の傍ら、音楽学校の教師の資格を取得し、
以後はピアノ教師をしながら、欧州各地でコンサート活動を続ける。
1999年リサイタルとNHKのドキュメント番組が大反響を呼び、
デビューCD「奇蹟のカンパネラ」をリリース。
クラシック界異例の大ヒットを記録した。
日本ゴールドディスク大賞のクラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを4回受賞。
モスクワ・フィル、ロイヤル・フィルなど世界各地の著名オーケストラと共演。
彼女と共演した際、
世界的チェリスト ミッシャ・マイスキーは「あなたの芸術を賞賛します」と形容している。
その他共演した多くのアーティストたちから絶賛されている。
現在、
ヨーロッパをはじめ、北米、南米、ロシアなど世界中からリサイタルのオファーが絶えない。
年間約60本近くの公演活動で多忙を極める中、
猫や犬をはじめ動物愛護への関心も深く、
長年チャリティー活動も続けている。
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映画館に着くと、
平日ではあったが、夏休みということで、
ロビーは人でいっぱいだった。
チケット売場にも、売店にも長い行列ができており、
一瞬、映画を見に来たことを後悔したが、
それでも、なんとかチケットを購入して、
指定されたシアターの席に座ってみると、
当然ながら子供が喜んで見るような映画ではなかったので、
観客は、大人が少人数いただけだった。
ホッとしたし、ゆったり寛いで見ることができたのだった。
ピアニストとして世界を舞台に活躍し、
多くの人を魅了しているフジコ・ヘミング。
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年間約60本のコンサートをこなし、
チケットは即完売で、新たなオファーも絶えない。
その情感あふれるダイナミックな演奏は多くの人の心をとらえ、
“魂のピアニスト”と呼ばれている。
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パリ、ニューヨーク、ブエノスアイレス、ベルリン、東京、京都……
ワールドツアーで世界を巡るフジコを、
2年間にわたって撮影し、
心震える演奏シーンをカメラが捉える。
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さらに、
両親とのエピソードや、
ハーフへの差別や、貧しい留学生活、聴力の喪失といった数々の困難、
アンティークに囲まれた世界中にある自宅で愛する猫たちとともに暮らす姿や、
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知られざる家族・恋についてなど、
フジコ・ヘミングの知られざる素顔をも解き明かしていく……
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フジコ・ヘミングを一躍有名にしたのは、
1999年2月11日にNHKで放送されたドキュメント番組、
『ETV特集』「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」
であったろう。(私もリアルタイムで観ている)
この番組の反響は大きく、たちまちフジコブームが起こった。
その後、発売されたデビューCD「奇蹟のカンパネラ」は、
発売後3ヶ月で30万枚のセールスを記録し、
日本のクラシック界では異例の大ヒットとなった。
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1999年10月15日の東京オペラシティ大ホールでの復活リサイタルを皮切りに、
本格的な音楽活動を再開し、国内外で活躍することとなる。
2001年6月7日にはカーネギー・ホールでのリサイタルを披露し、
現在も、
ソロ活動に加え、
海外の有名オーケストラ、室内楽奏者との共演など、
活躍は続いている。
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まずは、
フジコ・ヘミングの演奏する「ラ・カンパネラ」を聴いてもらいたい。
多くの人が称賛すると思うが、
冷静に他の演奏家と比較してみると、
演奏が極端に遅いことが判る。
たとえば、(若き日の)エフゲニー・キーシン。
エフゲニー・キーシンは約4分間で演奏しているが、
フジコ・ヘミングは5分40秒もかかっている。
短い曲でのこの差は大きい。
だから、一部の人たち(クラシックの専門家グループ)から、
「ラ・カンパネラ」は、難しいテクニックのてんこ盛りである。それを如何に、スピード感を維持して弾ききるか、というのがピアニストの腕の見せ所なのだ。ところが、フジコ・ヘミングのテンポ設定は遅すぎる。早く弾けるのに独自の解釈で遅く弾いているのではない。本来のテンポでは弾けないから、遅く弾いているのだ。
などと批判されたりもしている。
現代はテクニックに優れた若い演奏家が多く、
「超スローテンポ+旋律の濃厚な味付け」
のフジコ・ヘミングの演奏を古臭いと感じる人もいるのだ。
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演奏法だけでなく、
フジコ・ヘミングに付随する様々な情報、
「ハーフへの差別」「貧しい留学生活」「聴力の喪失」「天涯孤独」
などといった音楽と無関係な「壮絶な過去」を売り物にしていると批判する人もいる。
何に魅力を感じるかは、人様々で、
演奏そのものよりも、
その演奏家が纏っている過去やハンディキャップに魅せられる人も多い。
盲目のピアニスト、バイオリニスト、
左手のピアニスト、
聴力を喪失した作曲家や演奏家、
車椅子の指揮者……など、
クラシックに限らず、様々なジャンルに、
壮絶な過去や、ハンディキャップを克服して成功した人はいる。
演奏を聴く前に、
その演奏家の来し方や来歴、
ドラマティックな過去やハンディキャップなどを知らされていると、
その演奏の印象がさらに強められる。
演奏家のプロモーションをする側が、
演奏以外の要素を強調して「感動」を演出している場合もある。
演奏に対する本当の「感動」なのか、
「感動」の演出に乗せられているだけなのか、
「感動」は目に見えないだけに、判断は難しい。
だが、目に見える材料として、
このクラシック音楽不況の中で、
フジコ・ヘミングのCDは突出して売れ、
コンサートも満席になっている。
批判する側には、そのことへの妬み嫉みもあるだろう。
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一方、フジコ・ヘミングの演奏を絶賛する人たちもいて、(こちらが圧倒的に多い)
クラシック専門家グループ以外の、
一般人、文化人、クラシック以外のミュージシャンなどが、賛辞を贈っている。
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この映画『フジコ・ヘミングの時間』の監督・小松莊一良も、
当然のことながらこちら側の立場で、
フジコ・ヘミングの過去や私生活を、美しい映像と美しい音で観客に提供する。
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フジコ・ヘミングの弟・大月ウルフ(俳優)のキャラクターも強烈。(笑)
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この映画によって、
フジコ・ヘミングの人生はより劇的なものとなり、
フジコ・ヘミングというピアニストのキャラクターも、
より魅力的なものとなった。
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私の場合、
どちらかというと、
正確無比なコマネチよりも、
段違い平行棒で落下しても照れ笑いするクチンスカヤ(知らんか~)が好きだし、
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難易度の高いルッツやループを成功させるザギトワよりも、
転んでニッコリ笑うジャネット・リン(知らんか~)の方が好きだ。
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そういう古い人間なので、
より人間味のある人物に魅かれる。
フジコ・ヘミングは「年齢非公表」とのことだが、
映画でも80代であると公表しているし、
ネット検索すれば、
1932年12月5日生まれの85歳(2018年8月現在)ということも判る。
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私自身も60代になってから数年経っているので、
運動能力の低下が顕著で、体の節々が痛み始めている。
だから解るのだが、
80代で「ラ・カンパネラ」を弾けるというのは、やはりスゴイと思う。
私の父は、80歳で認知症になり、90歳で亡くなった。
私の母は、85歳で認知症になり、同じく90歳で亡くなった。
それを考えると、
85歳でもなお、ピアニストとして世界を飛び回り、
コンサート会場を満席にし、CDが売れているフジコ・ヘミングは、
やはりスゴイとしか言いようがない。
『フジコ・ヘミングの時間』という映画は、
そんなフジコ・ヘミングの知られざる過去や日常を教えてくれるだけでなく、
美しい映像と、美しい音で観客を魅了し、
何よりも観客に“勇気”と“元気”を与えてくれる。
中高年世代はもちろん、
若い人たちにもぜひ見てもらいたいドキュメンタリー映画である。