映画『柘榴坂の仇討』のレビューでも書いたが、
秋になって、大人のための映画が目立って増えてきた。
10月4日(土)に公開された映画『蜩ノ記』もそのひとつ。
少し前に公開された、
『るろうに剣心 京都大火編』(8月1日公開)と、
その続編である『るろうに剣心 伝説の最期編』(9月13日公開)が、
アクション時代劇としての「動」の代表だとすれば、
『柘榴坂の仇討』と『蜩ノ記』はまさに「静」の代表と言えるだろう。
『柘榴坂の仇討』も素晴らしい作品であったが、
今回紹介する『蜩ノ記』もまた『柘榴坂の仇討』に負けず劣らぬ傑作であった。
映画『蜩ノ記』を見たいと思った第一の要因は、
監督が小泉堯史だったこと。
黒澤明監督の愛弟子で、
監督作品は少ないけれど、
『阿弥陀堂だより』(2002年)や『博士の愛した数式』(2006年)など、
派手さはないけれど、
人物の感情の機微を、格調高く繊細に美しく描くのに秀でている。
黒澤明が記者会見で語ったことのある
「僕は美しいものが撮りたいんです! 映画でしかできない美しいものを」
という監督哲学を体現している数少ない監督のひとりなのだ。
映画『蜩ノ記』を見たいと思った第二の要因は、
役所広司や原田美枝子や寺島しのぶなどが出演者として名を連ねていたこと。
やはり好きな俳優が出演している映画は魅力的だ。
第三の要因は、音楽を担当しているのが、加古隆だったから。
「黄昏のワルツ」などの名曲で知られる作曲家だが、
『阿弥陀堂だより』や『博士の愛した数式』、
それに、以前このブログでもレビューを書いたことのある
『最後の忠臣蔵』(2010年)も彼が音楽担当であった。
映像の背後に流れる美しく透明な音の響きは、いつまでも心に残る。
第四の要因は、脚本に古田求が参加していたこと(小泉堯史監督との共同脚本)。
古田求は佐賀県出身。
佐賀大学文化教育学部附属中学校を卒業しており、
同じく佐賀県出身の脚本家・井手雅人に師事。
助監督を経て、1978年『ダイナマイトどんどん』で脚本家デビュー。
1982年『疑惑』で毎日映画コンクール脚本賞を、
1994年『忠臣蔵外伝 四谷怪談』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。
TVドラマでも、
2002年『壬生義士伝〜新撰組でいちばん強かった男〜』でギャラクシー賞選奨などを受賞。
佐賀県出身ということで贔屓にしている部分もあるが、
時代劇の脚本は特に優れている。
その他にも見たい要因はいくつもあるのだが、
長くなるのでこのくらいにしておく。(笑)
このように、見る映画を選定するときには、
見たい要因がたくさんあるものを選ぶ。
だから、映画館に足を運んで、後悔することはほとんどない。
ブログの映画レビューや、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどで、
鑑賞した映画に最低点をつけた上で、
「こんな映画見なければよかった」
と書いている人がよくいるが、
こんな人は自らの愚かさを表明しているようなものなのだ。
映画『蜩ノ記』の原作は、
福岡県北九州市出身の作家・葉室麟の直木賞受賞作。
所々に原作と違う部分があるものの、
小泉堯史監督と脚本家・古田求は、
原作を大事にしてシナリオ作りをしている。
『キネマ旬報』(SPECIAL秋の増刊号2014 No.1673)に、
前野裕一氏の「蜩ノ記 小泉組ノ記」という撮影ルポがあり、
その中に次のような記述がある。
早速、小泉監督は脚本づくりに取り掛かる。まずは小泉監督が検討稿を書き、それを土台にして、小泉監督と古田求さんが別々に書き、古田さんの稿を参考にして小泉監督が決定稿を書き上げるという形で進められた。
「原作の根っこを大切に。大事なことはすべて原作に入っている。それを映画的に刈り込み、大胆に育てられれば」というのが脚色の基本姿勢だった。
しようと思えば、殺陣の場面を多くしたりして、
派手に暴れ回るようなスカッとするシーンを付け加えることも可能なのだが、
作品のテーマでもある「自分を律する」を基本に、
静かで美しい物語として脚色されていた。
郡奉行であった戸田秋谷(役所広司)は、
側室と不義密通し、小姓を斬り捨てるという事件を起こした罪で、
10年後の夏に切腹すること、そして、
その日までに藩の歴史である「家譜」を編纂し、完成させることを命じられる。
切腹の日まであと3年と迫ったときに、
秋谷の編纂の手伝いをしながら彼を見張る役として、
檀野庄三郎(岡田准一)が派遣される。
幽閉先の向山村で、
秋谷の妻・織江(原田美枝子)、
娘・薫(堀北真希)、
息子・郁太郎(吉田晴登)らと寝食を共にし、
家譜の編纂を手伝いながら秋谷の誠実な人柄を目の当たりにするうちに、
庄三郎は秋谷に敬愛の念を抱き、
次第に秋谷の無実を確信するようになる。
そして、秋谷が起こしたという事件の真相を探り始める。
そこには藩政を揺るがす大きな陰謀が存在していたのだった……
静かな作品というのは、
そこのある種の緊張感がなければ、
見る者を退屈させてしまう危険性を孕んでいるが、
映画『蜩ノ記』は、上映時間2時間9分が短く感じるほど、
私を惹きつけてやまなかった。
脚本がよく練られていたこと、
出演者が素晴らしい演技をしていたことが、
そうさせたのだろうと思う。
まずは、戸田秋谷を演じた役所広司。
映画への出演が多い役所広司だが、ここ数年では
『最後の忠臣蔵』(2010年)
『一命』(2011年)
『わが母の記』(2012年)
『終の信託』(2012年)
『渇き。』(2014年)
などが印象に残っているが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
瀬尾孫左衛門を演じた『最後の忠臣蔵』は、
『蜩ノ記』の戸田秋谷に通じる部分があったが、
今年(2014年)7月に見た『渇き。』で演じた元刑事の役が、
今回の役とは真逆の強烈なキャラだったので、
役所広司にとっての「動」と「静」の演技を連続で見せてもらった感じがした。
どんな役をやっても上手く演じる彼だが、
今回の戸田秋谷役は、特に良かったように思う。
「ある種の覚悟ができている人物」を自然に演じていた。
今年は、主演した『渇き。』と『蜩ノ記』の演技が素晴らしく、
各映画賞における主演男優賞の候補者として彼の名が挙がることだろう。
檀野庄三郎を演じた岡田准一。
現在、NHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』で主演しているが、
撮影は『蜩ノ記』が先だったとか。
劇中に居合いのシーンなどがあるために、
武術の経験のある彼が檀野庄三郎の役に呼ばれたのだと思うが、
武士としての所作、姿勢が美しかった。
「『軍師官兵衛』に入る前にこの作品を経験したことは、とても大きかったと思っています。当時は反省反省の日々でしたが、『官兵衛』をやりながら、やっと小泉監督が現場でおっしゃっていたことがわかるようになってきましたし、僕の役者人生の中で、『蜩ノ記』の前と後では、明らかに大きな違いがあるように、今、思っています」(前出『キネマ旬報』)
と語っているように、撮影中は、なにかと大変だったようだ。
岡田の撮影がすべて終了したとき、
彼は劇中のセリフで、こう挨拶したという。
「この上なき修行となりました」
秋谷の妻・織江を演じた原田美枝子。
ここ数年では、
『ヘルタースケルター』(2012年)
『あなたへ』(2012年)
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)
『奇跡のリンゴ』(2013)
『ぼくたちの家族』(2014年)
などの秀作に出演しているが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
その中でもやはり、今年(2014年)6月に見た『ぼくたちの家族』が、
強く印象に残っている。
ある日突然、脳腫瘍と診断される母・玲子の役であったが、
脳腫瘍の兆候が出て、記憶障害を起こしている冒頭のシーンから、
脳腫瘍を宣告されて絶叫するシーン、
入院中の家族との可笑しな会話など、
難しい役どころであったにもかかわらず、
実に上手く演技していた。
ここ数年、
『ヘルタースケルター』(2012年)
『あなたへ』(2012年)
『奇跡のリンゴ』(2013年)
などでの好演が記憶に残っているが、
本作での演技が特に素晴らしかったと思う。
と私はレビューに書いているが、
『蜩ノ記』での秋谷の妻・織江役も、
同じくらいに、いやそれ以上に素晴らしかった。
特に、映画の最後の方で、
夫・秋谷と二人きりで会話するシーンがあるのだが、
これが日本映画史に残るであろう名シーンで、
この名場面が撮れたのは、役所広司と共に、
原田美枝子がいたればこそ……だったと思う。
このシーンを見るだけでも、
この映画を見る価値はある……と断言しておこう。
秋谷の娘・薫を演じた堀北真希。
堀北真希といえば、
『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)
『ALWAYS 三丁目の夕日'64』(2012年)
での星野六子を思い出すが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
小泉監督もまた、このシリーズを見て、
薫役に彼女をぜひ……と思ったとのこと。
このシリーズで彼女は、古き良き日本人を好演している。
秋谷の娘・薫もまた、美しく純粋で、それでいて心の強さも感じさせる女性で、
凛とした佇まいで、奥ゆかしく、たおやかに演じたことで、
女優としての品格をさらに高めたように思った。
この他、
秋谷が切腹を命じられた事件の真相を握る側室で、
事件後に出家した松吟尼(お由の方)を演じた寺島しのぶ。
羽根藩家老・中根兵右衛門を演じた串田和美、
羽根藩6代藩主を演じた三船史郎、
慶仙和尚を演じた伊川比佐志などが、
円熟した演技で作品にスケールの大きさと格調を添えていた。
原作は九州が舞台であるが、
ロケは東北で行われたとか。
温暖化の影響か、近年、平地では積雪が少ない九州ではなく、
四季の変化がはっきりしている東北をロケ地に選んだのは当然かもしれないが、
九州在住者としては、ちょっと残念なところ。
東北で撮影したことにもよるが、
藤沢周平が原作の諸作品、
『たそがれ清兵衛』(2002年 監督:山田洋次 主演:真田広之、宮沢りえ)
『隠し剣 鬼の爪』(2004年 監督:山田洋次 主演:永瀬正敏、松たか子)
『蝉しぐれ』(2005年 監督:黒土三男 主演:市川染五郎、木村佳乃)
『武士の一分』(2006年 監督:山田洋次 主演:木村拓哉、檀れい)
『山桜』(2008年 監督:篠原哲雄 主演:田中麗奈、東山紀之)
『花のあと』(2010年 監督:中西健二 主演:北川景子)
『必死剣鳥刺し』(2010年 監督:平山秀幸 主演:豊川悦司)
などと共通する部分も感じられ、
また、ひとつの物語の中に、
「夫婦愛」「家族愛」「友情」「初恋」「師弟愛」など、
様々な愛の形を描いているところも凄く似ており、
時代劇ファンには嬉しい作品となっている。
語りたいことは多いが、
キリがないので、もうこの辺でやめておこう。
日本映画界に久しくなかった、
静かで美しい「映画らしい映画」。
正統派時代劇の傑作。
映画館で、ぜひ……
秋になって、大人のための映画が目立って増えてきた。
10月4日(土)に公開された映画『蜩ノ記』もそのひとつ。
少し前に公開された、
『るろうに剣心 京都大火編』(8月1日公開)と、
その続編である『るろうに剣心 伝説の最期編』(9月13日公開)が、
アクション時代劇としての「動」の代表だとすれば、
『柘榴坂の仇討』と『蜩ノ記』はまさに「静」の代表と言えるだろう。
『柘榴坂の仇討』も素晴らしい作品であったが、
今回紹介する『蜩ノ記』もまた『柘榴坂の仇討』に負けず劣らぬ傑作であった。
映画『蜩ノ記』を見たいと思った第一の要因は、
監督が小泉堯史だったこと。
黒澤明監督の愛弟子で、
監督作品は少ないけれど、
『阿弥陀堂だより』(2002年)や『博士の愛した数式』(2006年)など、
派手さはないけれど、
人物の感情の機微を、格調高く繊細に美しく描くのに秀でている。
黒澤明が記者会見で語ったことのある
「僕は美しいものが撮りたいんです! 映画でしかできない美しいものを」
という監督哲学を体現している数少ない監督のひとりなのだ。
映画『蜩ノ記』を見たいと思った第二の要因は、
役所広司や原田美枝子や寺島しのぶなどが出演者として名を連ねていたこと。
やはり好きな俳優が出演している映画は魅力的だ。
第三の要因は、音楽を担当しているのが、加古隆だったから。
「黄昏のワルツ」などの名曲で知られる作曲家だが、
『阿弥陀堂だより』や『博士の愛した数式』、
それに、以前このブログでもレビューを書いたことのある
『最後の忠臣蔵』(2010年)も彼が音楽担当であった。
映像の背後に流れる美しく透明な音の響きは、いつまでも心に残る。
第四の要因は、脚本に古田求が参加していたこと(小泉堯史監督との共同脚本)。
古田求は佐賀県出身。
佐賀大学文化教育学部附属中学校を卒業しており、
同じく佐賀県出身の脚本家・井手雅人に師事。
助監督を経て、1978年『ダイナマイトどんどん』で脚本家デビュー。
1982年『疑惑』で毎日映画コンクール脚本賞を、
1994年『忠臣蔵外伝 四谷怪談』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。
TVドラマでも、
2002年『壬生義士伝〜新撰組でいちばん強かった男〜』でギャラクシー賞選奨などを受賞。
佐賀県出身ということで贔屓にしている部分もあるが、
時代劇の脚本は特に優れている。
その他にも見たい要因はいくつもあるのだが、
長くなるのでこのくらいにしておく。(笑)
このように、見る映画を選定するときには、
見たい要因がたくさんあるものを選ぶ。
だから、映画館に足を運んで、後悔することはほとんどない。
ブログの映画レビューや、
「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどで、
鑑賞した映画に最低点をつけた上で、
「こんな映画見なければよかった」
と書いている人がよくいるが、
こんな人は自らの愚かさを表明しているようなものなのだ。
映画『蜩ノ記』の原作は、
福岡県北九州市出身の作家・葉室麟の直木賞受賞作。
所々に原作と違う部分があるものの、
小泉堯史監督と脚本家・古田求は、
原作を大事にしてシナリオ作りをしている。
『キネマ旬報』(SPECIAL秋の増刊号2014 No.1673)に、
前野裕一氏の「蜩ノ記 小泉組ノ記」という撮影ルポがあり、
その中に次のような記述がある。
早速、小泉監督は脚本づくりに取り掛かる。まずは小泉監督が検討稿を書き、それを土台にして、小泉監督と古田求さんが別々に書き、古田さんの稿を参考にして小泉監督が決定稿を書き上げるという形で進められた。
「原作の根っこを大切に。大事なことはすべて原作に入っている。それを映画的に刈り込み、大胆に育てられれば」というのが脚色の基本姿勢だった。
しようと思えば、殺陣の場面を多くしたりして、
派手に暴れ回るようなスカッとするシーンを付け加えることも可能なのだが、
作品のテーマでもある「自分を律する」を基本に、
静かで美しい物語として脚色されていた。
郡奉行であった戸田秋谷(役所広司)は、
側室と不義密通し、小姓を斬り捨てるという事件を起こした罪で、
10年後の夏に切腹すること、そして、
その日までに藩の歴史である「家譜」を編纂し、完成させることを命じられる。
切腹の日まであと3年と迫ったときに、
秋谷の編纂の手伝いをしながら彼を見張る役として、
檀野庄三郎(岡田准一)が派遣される。
幽閉先の向山村で、
秋谷の妻・織江(原田美枝子)、
娘・薫(堀北真希)、
息子・郁太郎(吉田晴登)らと寝食を共にし、
家譜の編纂を手伝いながら秋谷の誠実な人柄を目の当たりにするうちに、
庄三郎は秋谷に敬愛の念を抱き、
次第に秋谷の無実を確信するようになる。
そして、秋谷が起こしたという事件の真相を探り始める。
そこには藩政を揺るがす大きな陰謀が存在していたのだった……
静かな作品というのは、
そこのある種の緊張感がなければ、
見る者を退屈させてしまう危険性を孕んでいるが、
映画『蜩ノ記』は、上映時間2時間9分が短く感じるほど、
私を惹きつけてやまなかった。
脚本がよく練られていたこと、
出演者が素晴らしい演技をしていたことが、
そうさせたのだろうと思う。
まずは、戸田秋谷を演じた役所広司。
映画への出演が多い役所広司だが、ここ数年では
『最後の忠臣蔵』(2010年)
『一命』(2011年)
『わが母の記』(2012年)
『終の信託』(2012年)
『渇き。』(2014年)
などが印象に残っているが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
瀬尾孫左衛門を演じた『最後の忠臣蔵』は、
『蜩ノ記』の戸田秋谷に通じる部分があったが、
今年(2014年)7月に見た『渇き。』で演じた元刑事の役が、
今回の役とは真逆の強烈なキャラだったので、
役所広司にとっての「動」と「静」の演技を連続で見せてもらった感じがした。
どんな役をやっても上手く演じる彼だが、
今回の戸田秋谷役は、特に良かったように思う。
「ある種の覚悟ができている人物」を自然に演じていた。
今年は、主演した『渇き。』と『蜩ノ記』の演技が素晴らしく、
各映画賞における主演男優賞の候補者として彼の名が挙がることだろう。
檀野庄三郎を演じた岡田准一。
現在、NHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』で主演しているが、
撮影は『蜩ノ記』が先だったとか。
劇中に居合いのシーンなどがあるために、
武術の経験のある彼が檀野庄三郎の役に呼ばれたのだと思うが、
武士としての所作、姿勢が美しかった。
「『軍師官兵衛』に入る前にこの作品を経験したことは、とても大きかったと思っています。当時は反省反省の日々でしたが、『官兵衛』をやりながら、やっと小泉監督が現場でおっしゃっていたことがわかるようになってきましたし、僕の役者人生の中で、『蜩ノ記』の前と後では、明らかに大きな違いがあるように、今、思っています」(前出『キネマ旬報』)
と語っているように、撮影中は、なにかと大変だったようだ。
岡田の撮影がすべて終了したとき、
彼は劇中のセリフで、こう挨拶したという。
「この上なき修行となりました」
秋谷の妻・織江を演じた原田美枝子。
ここ数年では、
『ヘルタースケルター』(2012年)
『あなたへ』(2012年)
『ふがいない僕は空を見た』(2012年)
『奇跡のリンゴ』(2013)
『ぼくたちの家族』(2014年)
などの秀作に出演しているが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
その中でもやはり、今年(2014年)6月に見た『ぼくたちの家族』が、
強く印象に残っている。
ある日突然、脳腫瘍と診断される母・玲子の役であったが、
脳腫瘍の兆候が出て、記憶障害を起こしている冒頭のシーンから、
脳腫瘍を宣告されて絶叫するシーン、
入院中の家族との可笑しな会話など、
難しい役どころであったにもかかわらず、
実に上手く演技していた。
ここ数年、
『ヘルタースケルター』(2012年)
『あなたへ』(2012年)
『奇跡のリンゴ』(2013年)
などでの好演が記憶に残っているが、
本作での演技が特に素晴らしかったと思う。
と私はレビューに書いているが、
『蜩ノ記』での秋谷の妻・織江役も、
同じくらいに、いやそれ以上に素晴らしかった。
特に、映画の最後の方で、
夫・秋谷と二人きりで会話するシーンがあるのだが、
これが日本映画史に残るであろう名シーンで、
この名場面が撮れたのは、役所広司と共に、
原田美枝子がいたればこそ……だったと思う。
このシーンを見るだけでも、
この映画を見る価値はある……と断言しておこう。
秋谷の娘・薫を演じた堀北真希。
堀北真希といえば、
『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)
『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)
『ALWAYS 三丁目の夕日'64』(2012年)
での星野六子を思い出すが、(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
小泉監督もまた、このシリーズを見て、
薫役に彼女をぜひ……と思ったとのこと。
このシリーズで彼女は、古き良き日本人を好演している。
秋谷の娘・薫もまた、美しく純粋で、それでいて心の強さも感じさせる女性で、
凛とした佇まいで、奥ゆかしく、たおやかに演じたことで、
女優としての品格をさらに高めたように思った。
この他、
秋谷が切腹を命じられた事件の真相を握る側室で、
事件後に出家した松吟尼(お由の方)を演じた寺島しのぶ。
羽根藩家老・中根兵右衛門を演じた串田和美、
羽根藩6代藩主を演じた三船史郎、
慶仙和尚を演じた伊川比佐志などが、
円熟した演技で作品にスケールの大きさと格調を添えていた。
原作は九州が舞台であるが、
ロケは東北で行われたとか。
温暖化の影響か、近年、平地では積雪が少ない九州ではなく、
四季の変化がはっきりしている東北をロケ地に選んだのは当然かもしれないが、
九州在住者としては、ちょっと残念なところ。
東北で撮影したことにもよるが、
藤沢周平が原作の諸作品、
『たそがれ清兵衛』(2002年 監督:山田洋次 主演:真田広之、宮沢りえ)
『隠し剣 鬼の爪』(2004年 監督:山田洋次 主演:永瀬正敏、松たか子)
『蝉しぐれ』(2005年 監督:黒土三男 主演:市川染五郎、木村佳乃)
『武士の一分』(2006年 監督:山田洋次 主演:木村拓哉、檀れい)
『山桜』(2008年 監督:篠原哲雄 主演:田中麗奈、東山紀之)
『花のあと』(2010年 監督:中西健二 主演:北川景子)
『必死剣鳥刺し』(2010年 監督:平山秀幸 主演:豊川悦司)
などと共通する部分も感じられ、
また、ひとつの物語の中に、
「夫婦愛」「家族愛」「友情」「初恋」「師弟愛」など、
様々な愛の形を描いているところも凄く似ており、
時代劇ファンには嬉しい作品となっている。
語りたいことは多いが、
キリがないので、もうこの辺でやめておこう。
日本映画界に久しくなかった、
静かで美しい「映画らしい映画」。
正統派時代劇の傑作。
映画館で、ぜひ……