以前、映画『ノイズ』(2022年1月28日公開)のレビューを、
……黒木華、伊藤歩、菜葉菜に魅せられる廣木隆一監督作品……
とサブタイトルを付して書いたとき、
女優・菜葉菜について、次のように記した。
横田昭一(酒向芳)の妻で、
横田庄吉(柄本明)の義理の娘となる洋子を演じた菜葉菜。
普段、私が見るような映画にはあまり出演していない女優で、(笑)
菜葉菜というインパクトのある名前が印象に残るものの、
本名も年齢も非公表とのことで、
菜葉菜については、正直、私は何も知らなかった。
菜葉菜という女優をじっくり見たのは本作が初めてのような気がする。
で、じっくり見た結果、「好い女優」だと思った。
個性的なその顔立ちも私の好みであるし、
演技も巧く、
〈今後は注目していきたい……〉
と思っていたら、
明日(2022年2月4日)公開の映画『夕方のおともだち』で、
主演するとのこと。(村上淳とのW主演)
しかも、監督は、『ノイズ』と同じく廣木隆一。
予告編を見たら、なんだか傑作の予感がした。
見たいと思って上映館を調べたら、
九州では3館のみで、
その中に、佐賀のシアターシエマもあった。
たぶん、数ヶ月遅れての上映になると思うが、
必ず見に行きたいと思っている。
『夕方のおともだち』は2022年2月4日公開であったが、
私の予想通り、佐賀のシアターシエマでは2ヶ月以上遅れて、
4月の初旬から中旬にかけての1週間のみ、
しかも1日1回の上映ということで、
なかなか私のスケジュールが合わずに苦労したのだが、
上映最終日にギリギリ間に合い、
ようやく見ることができたのだった。
ヨシダヨシオ(村上淳)は、
寝たきりの母親(烏丸せつこ)と二人暮らしの、
市の水道局に勤める一見真面目な男。
一方で筋金入りの“ドM”な一面を持ち、
夜な夜な街で唯一のSMクラブへ通いつめ、
“女王様”ミホ(菜葉菜)からお仕置きを受けている。
しかし、ここのところどうもプレイに身が入らない。
その理由はヨシオには分かっていた。
ヨシオをこの世界に目覚めさせ、
突然目の前から姿を消してしまった“伝説の女王様”ユキ子(Azumi)が忘れられず、
いつもどこかでユキ子の残像を追いかけながら暮らしていたからだった。
そんなある日、
明るい太陽のもとミホと埠頭で釣りをしていると、
思いもしない所で彼女を見かけ、ミホを置き去りにしてユキ子を必死に追いかける。
ヨシオがたどり着いた果てにあるものとは……
仕事が終わると、職場の仲間の誘いも断り、
夜な夜なSMクラブに通うヨシダヨシオは、
筋金入りの“ドM”で、ハードなプレイを好む。
鞭で叩かれたりするのは勿論、あそこの袋を釘で打ち付けられたり、
見ているこちらが「ウッ」と声が出そうになるくらい激しいプレイでないと満足できない。
いや、本当は、それでも満足できてはいないのだ。
“伝説の女王様”ユキ子から受けた死ぬほどに激しいプレイが未だに忘れられずにいるのだ。
あのときの快感が得られれば「死んでもいい」と思うほどにユキ子とのプレイを渇望している。
……こう書くと、単なるハードなSM譚のように思われるかもしれないが、
本作の『夕方のおともだち』は、そうはなっておらず、
ヨシオとミホを演じた村上淳と菜葉菜が、
SMプレイの最中においても、日常生活においても、普通のセックスにおいても、
クスッと笑うような可笑しみや、
ホロッとするような哀しみの感情までも上手く表現していて感心させられた。
『女子高生に殺されたい』もそうであったが、
このような難しい題材を、これほど面白く提供できているし、
(廣木隆一監督が)美しい“愛の物語”にまで昇華させていたのは見事であった。
本作も「傑作」を冠してもいいのではないかと考えた。
村上淳についてはこれまで(このブログで)何度も語っているし、
『夕方のおともだち』は、菜葉菜の主演作ということで見に行ったので、
まずは、SMクラブの“女王様”ミホを演じた菜葉菜。
SMクラブでヨシオの相手をする“女王様”ミホは、“ドS”を演じているだけなので、
“ドM”ヨシオの果てしない欲望をミホは持て余し気味であるし、
良い客と思いつつも、
あまりにも“ドM”過ぎるヨシオに戸惑い、ヨシオの躰や心を心配もしている。
ミホがヨシオに対して言う「アンタ死ぬよ」というセリフには愛情が感じられたし、
菜葉菜の演技には、ミホの母性というようなものも表現されていて秀逸であった。
出演の打診を受け、撮影までに7年、
(コロナ禍ということもあって)公開までに3年かかっており、
10年の熟成期間を経た本作は、自身が、某インタビューで、
「わたしの中ではこれまでの最高傑作になったと思っています」
と語っている通り、
菜葉菜という女優の(現時点での)代表作になったのではないかと考える。
廣木隆一監督作品『彼女の人生は間違いじゃない』(2017年)で、
女優としての才能が一気に開花した瀧内公美と同様、
菜葉菜も廣木隆一監督作品『夕方のおともだち』で数々の映画賞を受賞し、
実力派俳優として広く認知されるような気がする。
そのような作品を見ることができた幸運を感謝したい。
水道局でヨシオと机を並べる女子社員を演じた鮎川桃果。
いろんな映画やTVドラマで彼女を見ていると思うのだが、名前と顔が一致せず、
本作『夕方のおともだち』で鮎川桃果という女優をしっかりと認知させられた。
(ある種の)覚悟が必要なシーンもあったので、大変だったと思うが、
初参加の廣木隆一監督作品で素晴らしい演技をしていて魅了された。
女優・鮎川桃果も、本作で大きく飛躍すると思う。
“伝説の女王様”ユキ子を演じたAzumi。
Wyolicaのヴォーカルとして1999年大沢伸一プロデュースでデビュー。
シンガーソングライター、
ファッションモデル、
DJ、
「Tuno by Azumi」(チュノ・バイ・アズミ)のブランドを持つヘアアクセサリーデザイナー
として活躍。
2016年9月公開の映画『函館珈琲』へ女優として初出演。
目力のあるきつい顔つきが私の好みで、
存在感もあり、“伝説の女王様”ユキ子を自然体で演じていてとても良かった。
彼女の歌声も聴きたくなった。
ヨシオの母を演じた烏丸せつこ。
大杉漣の初プロデュース作にして最後の主演作となった映画『教誨師』のレビューで、
私は烏丸せつこのことを次のように書いた。
佐向大監督が1年強を費やして完成した脚本は、本当に優れている。
会話だけで、死刑囚の過去が明らかになり、
ひとりひとりの人生が浮かび上がってくるのだ。
そして、6人のバイプレイヤーズたちが、
素晴らしい演技で、その脚本に応えている。
中でも、
よくしゃべる関西出身の中年女性・野口を演じた烏丸せつこが秀逸。
烏丸せつこさん演じる野口は、一見親しみやすい関西のおばちゃんで、いつもニコニコしているけど怒ったら怖い、どこか狂気を感じさせるキャラクター設定にしたかった。イメージとしては、和歌山毒物カレー事件の林真須美や首都圏連続不審死事件の木嶋佳苗のような。烏丸さんはNHKのドラマで尼崎連続変死事件の角田美代子を演じていらしたときも相当怖かったのですが、凄みの中にもチャーミングな部分がしっかりある。(『キネマ旬報』2018年10月下旬号)
と、佐向大監督は語っているが、
私も、彼女の演技を見ているときに、林真須美や木嶋佳苗や角田美代子を思い出したし、
ゾッとした。
こんなおばちゃんこそが、本当に怖いのだ。
私は、編集プロダクションで働いていた頃に、烏丸せつこを取材したことがあり、
このブログにも次のように書いている。
私は、編集記者時代に、一度だけだが、烏丸せつこを取材したことがある。
1979年に6代目(1980年度)クラリオンガールに選出され、芸能界デビュー。
日本人離れした抜群のプロポーションで、当時のグラビアを席捲。
雑誌やTVで彼女を見ない日はないと言っていいほど活躍していた。
グラビアアイドルから女優へ。
『海潮音』 (1980年、ATG)
『四季・奈津子』 (1980年、東映)
『マノン』 (1981年、東宝)
『駅 STATION 』(1981年、東宝)
と、話題作に続けざまに出演している頃だった。
日本アカデミー賞助演女優賞を受賞することになる『駅 STATION 』の公開直後だったということもあって、取材は自然と映画の話になった。
輝いている今風の女の役ではなく、
『駅 STATION 』では、
頭のちょっと弱い(という設定の)、
婦女暴行殺人犯の妹の役だったので、
「ちょっとビックリした」
と私が話すと、
「そうやって、見る人の期待を、好い意味でちょっとずつ裏切っていきたい」
と語ったのが、今でも鮮明に思い出される。
結婚後は、一時的に女優業から遠ざかっていたが、
離婚して女優に復帰し、円熟味が増してきたここ数年は、
NHKスペシャル 未解決事件 File.03「尼崎殺人死体遺棄事件」(2013年)
映画『64-ロクヨン-』(2016年)、『二重生活』(2016年)、『祈りの幕が下りる時』(2018年)
などで優れた演技をしているし、
本作でも「最優秀助演女優賞」級の演技で見る者をうならせる。
撮影現場で、大杉漣から、
「こんなに予算がないのに、よく受けてくれましたね」
と言われたそうだ。
烏丸自身は、
〈漣さんが私を選んでくれたんだ。うれしいなあ〉
と喜んでいたという。
「教誨師と会うシーンが4回あるんだけど、あれを全部1日で撮ったんですよ。お金がないから。(笑)」
「死刑を待つ身で拘置所に入れられているから、化粧もするわけにはいかないし、髪も染められない。ボサボサ頭でノーメイク。何にもしないで撮影に臨んでいましたからね」
とも語っていたが、
その成りきりぶりが凄かったし、素晴らしかった。
若い頃の“美しさ絶頂”の頃を知ってるだけに、
ちょっと複雑な心境ではあったのだが……(笑)
本作『夕方のおともだち』では、
寝たきりで、時折ヨシオに車椅子に乗せられて散歩したりするのだが、
ヨシオがいなくなると、立ち上がって台所で料理したりするので、
本当は寝たきり老人を装っているだけなのかもしれない。(笑)
そんなしたたかな老人の役は烏丸せつこにピッタリで、(コラコラ)
笑いつつ、「うまいな~」と思いながら見ていた。
現代は、LGBTQIAなど、多様化する性的マイノリティへの対応が進められているが、
それとは別に、それぞれに(性的趣向やフェチという意味での)性癖というものもあり、
性の志向も多様化している。
私自身は、それらとは無縁の“どストレート”というつまらない男であるのだが、(笑)
犯罪につながるような異常性癖は別にして、
それぞれが、それぞれの愉しみを志向するのは好いと思っている。
学生時代、岸田秀という精神分析学者の本をよく読んだ。
フロイト理論を基礎に、
「人間は本能が壊れた奇形で、幻想のなかで生きる動物である」
と主張し、
「すべては幻想である」とする「唯幻論」の観点から、
現代世界のさまざまな事象を分析する学者であったのだが、
「人間は本能が壊れた動物である」との説に深く共感するものがあった。
動物には、本来、自然環境の中で、
こういう刺激に対してはこう反応するという本能(=行動規範)が備わっているが、
人間はその本能が大部分壊れており、何をするにも、どうしていいかさっぱりわからない。
性に対しても同様で、本能が壊れているので、性行為についても学習しなければ実行できない。
その学習の過程で、各人が様々な性の形態を身につけるので、
それぞれの性癖も多様化する。
そんな中に、サディズムやマゾヒズムというものもある。
マゾヒズム【masochism】
狭義には,相手(ときには自分自身)から身体的・精神的な苦痛や屈辱を被ることによって性的快楽を得る性倒錯。マゾヒズムという名は、好んでこのような性的行為を描いたオーストリアの作家ザッヘル・マゾッホの名にちなんで、精神科医クラフト・エービングにより与えられたものである(1890)。マゾヒズムの心理機制は、サディズムが反転して自己に向いたもの、サディスティックな相手への同一視、罰や苦痛を経験することによる快楽を伴った罪意識の軽減、本来権威的な両親像をなだめるためにとられた従順な役割の性愛化、〈死の本能〉の顕現などが考えられている。(出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版)
「マゾヒズムの心理機制は、サディズムが反転して自己に向いたもの」という意味では、
サディズムとマゾヒズムは表裏一体という気がするし、
このブログでの前回の映画レビュー『女子高生に殺されたい』での、(コチラを参照)
オートアサシノフィリアというのも、マゾヒズムに近いものであるのかもしれない。
それにしても、最近は、
普通の(と言っては怒られるかもしれないが)男と女の物語が少なくなって、
LGBTQIAなどの性的マイノリティや、異常性癖を主人公にした映画が多すぎるような気がするのだが、如何。
『夕方のおともだち』というソフトなタイトルの映画なので、
配偶者や子供や孫に、
「何を見に行くの?」
と訊かれても、
『女子高生に殺されたい』や『おっぱいバレー』などとは違い、
すぐに答えられるタイトルであるのだが、
内容を訊かれると(訊かれはしなかったが)、
ちょっと言いよどむであろう映画であった。(笑)
ちなみに、
『夕方のおともだち』というタイトルは、
キャロル・キングの“You've Got A Friend”に由来があるらしい。
You've Got A→ユーガッタ→夕方
Friend→おともだち
ということで、『夕方のおともだち』。
キャロル・キングの“You've Got A Friend”は、私も好きな曲だったので、
以前(約2年前)、このブログで、
「村上RADIO」での村上春樹の言葉と、キャロル・キングの“You've Got A Friend”
というタイトルで、この曲を紹介したことがある。(コチラを参照)
ただ、原作者の山本直樹によると、ちょっと事情は違うらしい。
タイトルの元ネタはキャロル・キングの「You've Got A Friend」ではなくて、それを(タイトルだけ)パクったダディ竹千代&東京おとぼけキャッツの「夕方フレンド」。しかもその曲聞いたことなくて「そういう歌があるらしい」という友達情報のみ(1980年代)。さっき編集さんからメールもらって、たった今初めてyoutubeで見ました。名曲ですね。
(山本直樹インタビュー・2009年 イースト・プレス刊『夕方のおともだち』収録)
なので、本当の元ネタは、
ダディ竹千代&東京おとぼけキャッツの「夕方フレンド」だったのだ。
「you’ve got a friend」が『夕方のおともだち』になったという話はともかく、
『夕方のおともだち』というタイトルが妙にしっくりくるラブストーリーではあったと思う。