一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『東京公園』 ……誰しも心の中に自分だけの公園を持っている……

2011年10月14日 | 映画
小西真奈美、榮倉奈々、井川遥という、
私の好きな女優が出演しているので、以前より見たいと思っていた。
2011年6月18日ロードショーの作品であるが、
これまで佐賀県での上映はなかった。
封切られた6月に、福岡まで見に行こうかと思ったが、スケジュールが合わず、
「DVDで見るしかないか」
と諦めかけた頃、やっと佐賀のシアター・シエマでの公開が決まった。
2011年10月8日~10月21日迄の2週間限りの上映とのことで、
首を長くして待っていた。
待っている間に、
第64回ロカルノ国際映画祭で金豹賞審査員特別賞を受賞。
見たいという思いが益々強くなった。

監督は青山真治。
『EUREKA』(2000年)で、カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞・エキュメニック賞を受賞。
2001年には、自作のノベライズ小説『EUREKA』で第14回三島由紀夫賞を受賞。
『レイクサイド マーダーケース』(2004年)や
『サッド ヴァケイション』(2007年)など、
印象深い作品を創り続けている。

原作は、小路幸也。
生まれて初めて見た洋画『フォロー・ミー』(キャロル・リード監督)の雰囲気を小説で描いてみたいという思いから構想された作品であるらしい。
私は未読だったのだが、映画を見てから、より作品世界に入りたくて、原作も読んでみたいと思った。

東京の公園を訪れては家族写真を撮り続けている大学生の光司(三浦春馬)は、幼い頃に亡くした母親の影響でカメラマンを目指していた。
ある日、ひとりの男性から「彼女を尾行して、写真を撮って欲しい」という突然の依頼が舞い込む。
光司は迷いを感じながらも、なかば強制されるように依頼を受ける。


このことがきっかけで、自分自身と、そばにいる女性たちと向き合うようになる。
なんでも話せて一緒にいることが自然だった幼なじみの冨永(榮倉奈々)。
冨永は、親友の元カノでもある。


いつもやさしく力強く支えてくれる、親の再婚で義理の姉となった美咲(小西真奈美)。


そして、記憶の中の誰かに似ているファインダー越しに佇む女性(井川遥)。


光司の視線が三人の女性をまっすぐ見つめるとき、彼自身もまた変わりはじめていく……
(ストーリーはパンフレット等から引用し構成)

親友の元カノ、
血の繋がりのない姉、
記憶の中の誰かに似ている女性……
光司にとっては、異性を感じてはいけない関係でありながら、
より異性を感じてしまうという、実に魅力的なシチュエーション。
性的なものを強く感じながらも、
それを真正面から見つめることをしなかった日々。
自分に向けられている眼差しに気づき、
その視線に、自分の視線を重ね合わせたときに、
それまで見えていなかったものが見えてくる。
まっすぐに見つめることで、止まっていた時間が動き出す。

解りやすくはない。
この作品を見て、「なんなんだ、これは」と思う人も多いことだろう。
事実、いろんな人のレビューを読んでみると、
理解不能と記している人が多かった。
理解する必要はないのかもしれない。
私は、穏やかな日射しを浴びるように、作品世界に浸っていた。
心地よかったし、いつまでもこの世界に留まっていたいと思った。

《東京の中心には巨大な公園がある。東京はその公園をとりまくさらに巨大な公園だ。憩い、騒ぎ、誰かと出会ったりもする。僕たちのための公園、それが東京だ》

東京には私も若き頃に9年間住んでいたが、
東京そのものが巨大な公園のような気がしていた。
東京を中心として日本はもの凄いスピードで回転していた。
だが、台風の眼のように、
周囲は暴風が吹き荒れているのに、中心部には青空と穏やかな日射しがあった。
その静かな公園で、心に影を抱える者たちが、すれ違い、視線を交わす。

三浦春馬。
前作『君に届け』(2010年)での好演が印象に残っているが、
この作品でも主人公の青年を実に巧く演じていた。
わざとらしさがまったくなく、さりげない演技に好印象を抱いた。
かつて、小西真奈美が出演するということで見に行った『天使の卵』(2006年)は、
共演者が市原隼人だったということもあって凡作になってしまったが、
三浦春馬だったら傑作になっていたかもしれない……と思った。


小西真奈美。
彼女が出演していたから見に行った部分が大きかったのだが、
期待以上の演技で感心した。


特に、義弟である光司とまっすぐ向き合う場面は秀逸。
そこで何が起こるかは書かないが、実に美しいシーンであった。
あのシーンだけでも、この作品を見る価値はあると思う。


榮倉奈々。
なぜ親友の元カノである彼女が、光司とよく一緒にいるのかは、ここには書くまい。
ある哀しみを抱えているとだけ明かしておこう。
一見明るいキャラのようでありながら、
心に重いものを潜ませている……
難しい役だったと思うが、なんとかやり遂げている。


井川遥。
度々登場するのに、セリフはまったくない。
体の動き、しぐさ、顔の表情などで、実に巧く感情表現をしていた。
ここ数年、
『トウキョウソナタ』(2008年)
『ディア・ドクター』(2009年)
『今度は愛妻家』(2010年)
など、良い作品に恵まれ、この作品でも彼女の充実ぶりがうかがえる。


普段あまり映画を見ない人にとっては、退屈な作品であったかもしれない。
見る者をグイグイと引っ張っていくような作品ではないからだ。
引っ張ってもらう作品ばかり見ていると、感性が鈍ってくる。
たまには、取り残されるのも悪くないものだ。
取り残されることによって、自分自身の心の奥底にあるものに気づくこともできる。

誰しも心の中に自分だけの公園を持っているような気がする。
その公園のベンチに腰掛け、そばにいる大切な人を見つめている……
そんな穏やかな気分にさせてくれる映画であった。

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