一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『よだかの片想い』 …松井玲奈と中島歩の演技が秀逸な安川有果監督の傑作…

2022年10月11日 | 映画


本作『よだかの片想い』は、
松井玲奈の主演作として私の鑑賞リストに載せていた映画であった。


原作は、直木賞作家・島本理生の恋愛小説。(タイトルも同じ)


松井玲奈が、2015年に本屋で偶然この本を手に取って魅了され、
映画化が実現したという。
島本理生本人にも、「アイコを演じたい」と以前から申し出ていたとか。


監督は、『21世紀の女の子』(2019年)の一編「ミューズ」の安川有果。


脚本は、今年だけでも、
『愛なのに』(2022年2月25日公開)監督・脚本・編集
『猫は逃げた』(2022年3月18日公開)脚本
『女子高生に殺されたい』(2022年4月1日公開)監督・脚本
『ビリーバーズ』(2022年7月8日公開)監督・脚本
『よだかの片想い』(2022年9月16日公開)脚本
『夜、鳥たちが啼く』(2022年12月9日公開予定)監督
と、6本の映画の監督や脚本に関わって大活躍の城定秀夫。


主演の松井玲奈の他に、
中島歩、


藤井美菜、織田梨沙、手島実優など、


急速に注目度を高めている若手俳優がキャスティングされている。
2022年9月16日に公開された作品であるが、
佐賀では少し遅れて10月7日から公開された。
1週間限定で、1日1回、18:10からの上映ということで、
なかなか時間が取れない中、
10月10日に、仕事帰りに上映館であるシアターシエマに駆けつけたのだった。



理系大学院生・前田アイコ(松井玲奈)は、顔の左側に大きなアザがある。


幼い頃から畏怖やからかいの対象にされてきた彼女は、
恋や遊びはすっかりあきらめ、
大学院でも研究ひと筋の毎日を送っていた。


そんなある日、
「顔にアザや怪我を負った人」のルポタージュ本の取材を受けて話題となったことで、
彼女を取り巻く状況は一変。
本の映画化の話が進み、監督の飛坂逢太(中島歩)と出逢う。


最初は映画化を断っていたアイコだったが、
次第に彼の人柄に惹かれ、不器用に距離を縮めていく。


しかし、飛坂の元恋人・城崎美和(手島実優)と話をしたことで、
〈飛坂は映画化の実現のために自分に近づいたのではないか?〉
という懐疑心が生じ、
アイコの「恋」と「人生」を大きく変えていくことになる……




男女どちらかがハンディキャップやコンプレックスを抱えているカップルのドラマは、
(映画やTVドラマに限らず)これまでにもたくさんあったし、
幾多の障害物を乗り越えて結ばれる感動作も、
(個人的にも)これまでたくさん見てきた。
本作も、そういった類(たぐい)の、ちょっとライト感覚な恋愛映画だと思っていた。
松井玲奈は、女性アイドルグループ・SKE48の元メンバー、乃木坂46の元兼任メンバーだったし、アイドル出身の女優が主演という華やかさもあり、
本作に対しては誰もが同じような感じを抱いていたのではないか……
その感覚は早々に裏切られる。
違うのだ。数多(あまた)の映画やTVドラマとは……
そもそも、主人公の前田アイコは、
顔のアザを、子供の頃からそれほどコンプレックスと感じていなかった。
小学生のとき、授業で「琵琶湖」のことを学んでいる際、
同級生の男の子がアイコのアザの形が琵琶湖の形に似ていると指摘し、
アイコは皆から注目されるのだが、
そのときもちょっと「注目されて嬉しい」と思ったりする。
だが、担任の教師が、「そんな酷い事を言うな」と注意したことから、
顔のアザが「酷い」ものであることを自覚せざるを得なくなる。
それでもアイコはアザを隠すこともなく、普通に暮らし、20代半ばを迎えている。
「顔にアザや怪我を負った人」のルポタージュ本の取材を受けて、
その本の表紙に自分の顔写真が使われて、


「あの写真良かったよ」と周囲の人から言われると、
ちょっと嬉しかったりもする。
映画化の話があったときは、一旦は断るが、
監督の飛坂逢太(中島歩)と出逢ったことにより、
飛坂に惹かれ、飛坂の過去の作品を見たこともあって、映画化を承諾する。
そして、アイコと飛坂は普通に恋愛関係になる。




恋愛未経験に近いアイコは、飛坂に夢中になり、毎日が輝き出す。




だが、飛坂の部屋を訪れた際、本棚にあった宮沢賢治の本を取り出そうとしたとき、
若い女性の写真が本と本の間に挟まっているのに気づく。
それは、映画で自分の役を演じる女優・城崎美和の写真であった。
飛坂の映画の撮影現場を見学に行ったとき、


飛坂の元カノであもある城崎美和と話す機会があり、
「飛坂の本命は映画だから、飛坂とは映画を通して(女優として)向き合っている」
というような意味のことを言われ、
〈飛坂は映画化の実現のために自分に近づいたのではないか?〉
という懐疑心が生じる。
そこからは関係がギクシャクしていき、
アイコは、ある決断をする……
決断するまでは重いと感じる部分もあるが、
決断をしてからは、軽やかに、舞うように、
進むべき道を歩んで行く。
人は誰しも「ありのまま」がいいと言うが、
この映画は、「ありのまま、でなくてもいいのではないか……」と優しく問いかけてくる。
このような着地点に至るとは思ってもみなかった。
飛坂と別れて後味の悪いラストになるのではないか……と予測していたが、
爽やかさえ感じるラストであった。
城定秀夫監督作品『愛なのに』を彷彿させる傑作であった。
鑑賞後、「もう一度見たい!」と思ったし、「松井玲奈の初期の代表作になった」と思った。



主人公の前田アイコを演じた松井玲奈。


自ら望んで演じた役であったからか、
前田アイコに成り切っていて驚かされた。
演技も上手く、違和感など1ミリも感じなかった。
松井玲奈が主演なればこその『よだかの片想い』であった。



映画監督の飛坂逢太を演じた中島歩。


濱口竜介監督作品『偶然と想像』(2021年12月17日公開)
城定秀夫監督作品『愛なのに』(2022年2月25日公開)
と、「クズ男をやらせたら右に出る者はいない」と思わせるほどに、
優れた映画でクズ男を演じ、見る者を魅了した中島歩なので、(笑)
本作『よだかの片想い』でもクズ男全開か……と思いきや、
そこまでのクズ男ではなく、
映画のためなら何でもする、映画が命……というような、
映画バカとも言える人物で、
女性に対しても悪気はなく、
「どうして怒っているのか理解できない……」と本気で思っている男である。


こんなどっちつかずの優柔不断な男(本人はそう思ってはいない)を演じさせたら、
中島歩は本当に上手い。
優れた監督たちが彼をキャスティングしたがるのも解るような気がする。
中島歩が出演しているだけで「見る価値あり」と言えるかもしれない。



ミュウ先輩を演じた藤井美菜。


アイコの大学の先輩で、
いつも明るくアイコと自然に接し、
さりげなく気にかけて恋愛相談にも乗ってくれるお姉さん的存在。
自らも火傷で顔に傷を負い、入院中にアイコが見舞いに訪れ、
二人で会話するシーンは名シーンとも呼べるもので、本当に素晴らしい。
そして、ラスト近くで、
「ありのまま、でなくてもいいんじゃない?」
と、アイコと二人で陽光を浴びながらダンスを踊るのだが、
このシーンも美しく、名シーンとなっている。
二つの名シーンに関わっている藤井美菜も素晴らしい。



編集者・まりえを演じた織田梨沙。


アイコの幼なじみで、アイコが登場する本の出版社の編集者。
『生きてるだけで、愛。』(2018年11月9日公開)や、
『コンフィデンスマンJPシリーズ』でのモナコ役などが強く印象に残っているが、
本作でも、アイコを後ろからプッシュする重要な役で、
織田梨沙のキラキラした輝く瞳が忘れられない。



女優・城崎美和を演じた手島実優。


アイコの本が映画化されるあたり、その作品の主演を務めることになる女優。
今泉力哉監督作品(脚本・城定秀夫)『猫は逃げた』(2022年3月18日公開)での、
沢口真実子役も良かったが、
同じ城定秀夫が脚本を担当した本作『よだかの片想い』での城崎美和の役も素晴らしく、
優れた女優であることを再認識させられた。



城定秀夫の脚本が秀逸で、
安川有果監督の演出も「見事」の一言。
松井玲奈と中島歩の演技も素晴らしく、
上映時間も100分で、ちょうどいい。
これほどの上質な映画だとは正直思わなかった。
本作を見ることができたことに感謝。

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