三島有紀子監督作品である。
【三島有紀子】
大阪府・北新地生まれ。
名前は本名であり、三島由紀夫に由来する。
4歳から近所の名画座に通い、大阪府立豊中高等学校時代に演劇に目覚める。
神戸女学院大学文学部在籍中に、
エレベーターガールの仕事で貯めた資金で自主映画『夢を見ようよ』で脚本監督。
大学卒業後、1992年にNHKに入局。
『NHKスペシャル』『トップランナー』などのドキュメンタリー作品を企画・監督。
11年間の在籍を経て、フリーランスに。
東映京都撮影所などで助監督、脚本執筆などを経て、
2009年、『刺青 匂ひ月のごとく』で映画監督デビュー。
脚本を担当した『世界がお前を呼ばないなら』が、
2009年サンダンス・NHK国際映像作家賞の優秀作品に選出される。
『しあわせのパン』(2012年)、
『ぶどうのなみだ』(2014年)と、オリジナル脚本・監督で作品を発表。
10年越しで自ら企画した『繕い裁つ人』(2015年)は、
第16回全州国際映画祭、第18回上海国際映画祭日本映画週間に招待され、
韓国や台湾でも公開された。
2016年に公開の『少女』も、
香港、台湾で公開され、フィリピンでも今後リリース予定。
桜木紫乃原作のダークミステリー『硝子の葦』(2015年、WOWOW「ドラマW」)など次々と新境地を開拓している。
三島有紀子監督の作品を初めて見たのは、
『しあわせのパン』(2012年1月公開)であった。
北海道の洞爺湖のほとりにある町・月浦を舞台に、
パンカフェを営む一組の夫婦とそこを訪れる様々な客たちの人間模様を、
美しい風景とともに描いた春夏秋冬の物語で、
主演は、原田知世と大泉洋。
どちらも私の大好きな俳優だったし、パンも大好きなので見に行ったのだが、
なんだか、ほんわかとした癒し系の映画で、
見終えると、とてもしあわせな気分になる作品であった。
そして、無性にパンが食べたくなったのを憶えている。
小規模の公開ながら、興行収入3.8億をあげるヒットを記録している。
2年後に公開されたのが、『ぶどうのなみだ』(2014年10月公開)だ。
『しあわせのパン』と同じく、
舞台は北海道で、(空知地方のワイナリー)
主演は、大泉洋で、(他に、染谷将太、安藤裕子など)
スタッフも『しあわせのパン』と同じだった。
『ぶどうのなみだ』は、三島有紀子監督オリジナルの、
北海道企画第2弾と言えるものであった。
翌年、『繕い裁つ人』(2015年1月31日公開)が公開された。
中谷美紀主演の、神戸を舞台にした映画で、
オリジナル脚本ではないものの、(池辺葵の漫画が原作で、脚本は林民夫)
ほんわかとした空気感は『しあわせのパン』や『ぶどうのなみだ』と同じで、
〈いかにも三島有紀子監督らしいな~〉
と思ったことであった。
三島有紀子監督作品で、
これまでの作風とは明らかに違うなと感じさせたのは、
昨年(2016年)公開された『少女』であった。
『告白』などで人気の作家・湊かなえによる同名小説を、
本田翼&山本美月の共演で映画化したもので、
「人が死ぬ瞬間を見たい」
という願望を持つ2人の女子高生が過ごす夏休みを、
それぞれの視点で描いたミステリーだった。
ほんわかとした癒し系の作品を創り出す監督というイメージだったので、
映画『少女』は本当に意外な気がした。
三島有紀子監督作品が変化し始めたのを感じた作品であった。
そして、本作『幼な子われらに生まれ』である。
三島有紀子監督は、この作品で、さらなる変化を遂げようとしている。
原作は、直木賞作家・重松清が1996年に発表した同名小説。
再婚同士の夫婦が、
妻が妊娠したことにより、
妻の連れ子の長女が反抗的な態度をとるようになり、
37歳のサラリーマンである夫が息苦しさを感じるようになるという、
血のつながった他人、血のつながらない家族を題材にした物語で、
ほんわかとした癒し系の映画とは真逆の作品であると言えよう。
果たして、どんな映画になっているのか……見届けたいと思った。
バツイチ、再婚。
一見、良きパパを装いながらも、
実際は妻の連れ子との関係に頭を悩ますサラリーマン、田中信(浅野忠信)。
妻・奈苗(田中麗奈)は、男性に寄り添いながら生きる専業主婦。
信の元妻は、キャリアウーマンの友佳(寺島しのぶ)。
友佳との間にもうけた実の娘・沙織(鎌田らい樹)と3ヶ月に一度会うことを、信は楽しみにしている。
だが、そのことさえ、今の妻・奈苗は、好い顔をしない。
なぜなら、信と奈苗の間に、新しい生命が生まれようとしているからだ。
そのことが原因で、思春期をむかえた長女・薫(南沙良)の態度が反抗的になった。
連れ子の自分は、余計な存在になる……と思っているらしい。
なんとかうまくやってきた長女との関係がぎくしゃくし始め、
いけないとは思いながらも、信は、実の娘・沙織と比較してしまう。
頑張って誠実に守ってきた家族が壊れ始め、
奈苗がおなかに授かった新しい命のことすら幸せだと思えなくなってしまう。
血のつながらない長女の態度はますます頑なになり、言葉は辛辣になる。
「やっぱりこのウチ、嫌だ。本当のパパに会わせてよ」
奈苗の離婚の原因は前夫・沢田(宮藤官九郎)のDVであり、
できれば会わせたくないというのが本心だが、
耐えられなくなった信は、
怒りと哀しみを抱えたまま、半ば自暴自棄で、
長女を奈苗の元夫・沢田と会わせる決心をする。
信は、そのことを頼みに沢田に会いに行くが、
沢田は、賭け事で借金を作っており、
「金をくれるなら娘に会ってもいい」と言い出すのだった……
素晴らしい作品であった。
まぎれもない傑作!
私が今年(2017年)見た邦画の中では、最も良かった。
年内に、まだ期待できる作品が公開を控えているので、
今年のベストと言い切ることはできないが、
第4回「一日の王」映画賞の上位に食い込むことは間違いない。
何よりも脚本が良いと思った。
脚本を担当したのは、
『赫い髪の女』(1979年)
『遠雷』(1981年)
『Wの悲劇』(1984年)
『ヴァイブレータ』(2003年)
『大鹿村騒動記』(2011年)
『共喰い』(2013年)
などの脚本で知られる荒井晴彦。
『身も心も』(1997年)
『この国の空』(2015年)
という監督作もあるベテランで、(1947年1月26日生まれなので、現在70歳)
綿密に練られた言葉と構成は、少しの緩みもない。
その脚本を基に、
俳優たちの演技力を存分に引き出し、
適度な緊張感をはらませながら演出した三島有紀子監督の手腕も見事の一言。
これまでの
『しあわせのパン』も『ぶどうのなみだ』も『繕い裁つ人』も『少女』も、
本作『幼な子われらに生まれ』を演出するための土台であったのではないか……
そう思わせるほどの素晴らしさであった。
三島有紀子監督のキャスティングも的確で、
それぞれの俳優が、監督の演出に見事に応えており、
本当に見ごたえのある作品になっていた。
田中信を演じた浅野忠信。
日本を代表する個性派の男優であるが、
これほどまでに平凡なサラリーマンを演じることは珍しく、
その配役だけでも十分に魅力的であったのだが、
さすがの演技で作品を構築していたのには、
驚かされ、舌を巻いた。
本年度の各映画賞で主演男優賞を獲得できるレベルの名演だったと言えるだろう。
信の妻・奈苗を演じた田中麗奈。
『葛城事件』(2016年)での好演が記憶に新しいが、
前夫・沢田のDVで離婚したという辛い過去があり、
やや男性依存が強い専業主婦という難しい役を、
実に上手く演じていた。
元夫からDVを受けていたときの演技、
長女から反抗されるときの演技、
今の夫から辛い言葉を浴びせられるときの演技など、
暗くなりがちな状況であるにもかかわらず、
奈苗に一種の爽やかさがあるのは、
田中麗奈が元来持つ明るさと清潔感に由るものだと思った。
若いときよりも、年齢を重ねた今の方がずっと魅力的だ。
信の元妻・友佳を演じた寺島しのぶ。
『赤目四十八瀧心中未遂』 (2003年)
『ヴァイブレータ』 (2003年)
『キャタピラー』(2010年)
などでの名演が思い起こされる女優であるが、
これほどの女優としてのキャリアがありながら、
これほどまでに日常の生活感が感じられる女優は稀である。
女優でありながら、普通に生活している女性を最も感じさせ、
どういう役をやっても不自然さがない。
本作でも、仕事を優先し、それが原因で離婚した信の元妻という役を、
見る者に違和感なく演じていた。
元夫に対する態度も魅力的(肉感的)で、
「よりを戻す」のではないかと思わせるほどに蠱惑的であった。
奈苗の元夫・沢田を演じた宮藤官九郎。
「ウマイ!」
と思わず声を出してしまうほどに素晴らしかった。
その、やさぐれ感、
その、へたれ感、
宮藤官九郎にしか出せない味があり、
本当に「いいな~」と、私は感動していた。
演じられているダメ男を見て感動するというのも変な話だが、
それほどまでに、宮藤官九郎が良かった。
演技力というよりも、その存在感が秀逸であった。
実の娘と会うという日、
このダメ男がスーツ姿になっているのを見て、私は泣けた。
この主要4人の他、
子役の3人、
妻の連れ子の長女・薫を演じた南沙良、
妻の連れ子の次女・恵理子を演じた新井美羽、
信の実の娘・沙織を演じた鎌田らい樹の演技も素晴らしかった。
これほどまでに子供の演技に不自然さを感じなかったのは久しぶりのような気がする。
これも、三島有紀子監督の演出力のなせる業であろう。
血のつながった他人、血のつながらない家族を扱ったTVドラマや映画は、
これまで数多く制作されてきた。
手垢のついたあまり魅力のない題材である。
そんな新鮮味のないテーマを、
127分間、一瞬たりとも目が離せないほどに緊張感を持たせ、
緻密に練り上げて創られた作品は、近年“稀”である。
一食抜いてでも、ぜひぜひ。