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このシリーズの熱烈なファンというわけではないが、
映画『男はつらいよ』シリーズは、全作品を見ている。
映画館でも見たし、
TVの「○○映画劇場」のようなもので放送されたものも観ている。
なので、このシリーズには親近感があるし、
今の若い人たちよりは映画の内容についても詳しいと思う。
山田洋次監督が、『男はつらいよ』シリーズの50周年記念作品を制作しているという話を聞いたとき、
正直、
〈もう作らなくてもいいのではないか……〉
と思った。
寅さんを演じた渥美清はもういないのだし、
過去の作品をツギハギして新作を作っても、あまり意味がないような気がしたからだ。
昨年(2019年)は、
AI美空ひばりが話題になったし、
映画『ジェミニマン』で、最先端のVFXで創造された20代のウィル・スミスのリアルさに驚かされたりもしたので、
〈まさか、AI寅さん……〉
と思ったりもしたのだが、
私としては、そう考えただけでもかなり気持ち悪かった。
まあ、どんな作品になっていようと、
新作にはあまり興味はなかったし、
当初は見るつもりもなかった。
ところが、
年が明け、
〈今年(2020年)最初の映画は何がいいか……〉
と考え、シネコンでの上映中の作品を見て、愕然とした。
『劇場版 新幹線変形ロボ シンカリオン 未来からきた神速のALFA』
『仮面ライダー 令和 ザ・ファースト・ジェネレーション』
『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』
『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ ライジング』
『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』
『映画 妖怪学園Y 猫はHEROになれるか』
『映画 ひつじのショーン UFOフィーバー!』
『ジュマンジ/ネクスト・レベル』
『ルパン三世 THE FIRST』
『午前0時、キスしに来てよ』
『アナと雪の女王2』
『映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』
『屍人荘の殺人』
『男はつらいよ お帰り 寅さん』
どれひとつとして見たい作品がなかったのだ。
『屍人荘の殺人』だけは昨年12月に鑑賞したのだが、
あまりにも酷い内容に唖然としてしまい、
レビューを書く気にさえならなかった。
そんな中でも、唯一、
〈見てもいいかな……〉
と思ったのが、『男はつらいよ お帰り 寅さん』であったのだ。
期待が大きすぎるとガッカリ感も大きくなるので、
あまり期待せずに、鑑賞したのだった。
6年前に妻を亡くした諏訪満男(吉岡秀隆)は、
サラリーマンを辞めて、念願の小説家になっていた。
現在は、中学三年生の娘・ユリ(桜田ひより)と二人暮らし。
最近は、なぜか夢の中に、初恋の人・及川泉(後藤久美子)が現れて、戸惑うことも……
満男の最新作の評判は良く、
出版社の担当編集・高野節子(池脇千鶴)からも次回作の執筆を薦められている。
亡くなった妻の七回忌の法要で柴又の実家を訪れた満男。
柴又の帝釈天の参道に昔あった「くるまや」の店舗は新しくカフェに生まれ変わり、
その裏手にある昔のままの住居に、
毋・さくら(倍賞千恵子)、父・博(前田吟)が暮らしている。
満男は、法事の後、両親や親戚、付き合いの長い近所の人たちと、
昔話に花を咲かす。
それは、いつも自分の味方でいてくれた伯父・寅次郎(渥美清)との、
騒々しくて楽しかった日々を思い出させてくれるものであった。
書店で行われた満男のサイン会。
その列に並ぶ人々の中に、
かつて結婚の約束までした初恋の人・及川泉(後藤久美子)の姿があった。
彼女は現在、海外でUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員となり、
夫と二人の子供と暮しているが、
仕事で来日中に偶然サイン会を知って訪れたのだった。
驚きながらも、再会を喜ぶ満男は、
「会わせたい人がいる」
と、小さなジャズ喫茶に泉を連れて行く。
そこには、20年以上前に、奄美大島で会った寅のかつての恋人・リリー(浅丘ルリ子)がいた。
懐かしい人たちとの時間、
語り合う寅さんのこと、
それは、満男たちの心にあたたかい何かをもたらしていく。
泉は、その夜、「くるまや」を訪れることになるのだが……
冒頭から主題歌が流れるのだが、
歌っているのは渥美清ではなく、桑田佳祐。
桑田佳祐本人もスクリーンに大写しとなり、
桑田佳祐があまり好きではない私としては、
〈なんじゃこりゃ!〉
と、のっけからガッカリさせられた。
なので、
〈レビューを書くような作品ではないな!〉
とすぐに思った。
では、今、何故、こうしてレビューを書いているのかというと、
その後の展開が、思ったほどには悪くなかったからだ。
過去の作品をツギハギしたものでもなく、
AI寅さんが出演することもなく、
単なるノスタルジーに浸るだけの作品でもなかったのだ。
タイトルは『男はつらいよ お帰り 寅さん』となっているが、
主旋律は、現代の、満男(吉岡秀隆)とイズミ(後藤久美子)のラブストーリーで、
満男や、寅さんを知る人々の思い出の中に、寅さんは時々登場する程度だったのだ。
ここで注意しておきたいのは、
渥美清は1996年(平成8年)8月4日に亡くなっているので、(なんと、享年68歳)
私は、寅さんも「亡くなっている」という前提で話が進むのだろうと思っていたのだが、
映画では、そうはなっていないことだ。
「寅さんが生きているのか、死んでいるのかは曖昧にしたい……」
という山田洋次監督の意向もあり、
そのあたりはボカしてあるのだ。
もし生きていたとしても、相当な年齢になっていると思うし、
死んでいるという設定にした方が不自然さはないのだが、
制作側としては、まだ死なせたくないらしい。(第51作以降も考えているということか……)
寅さんの生死を曖昧にしたことで、
第48作からの23年間の出来事が、この映画ではほとんど語られない。
(第49作は『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』なので除外して考える)
そのあたりは鑑賞者の想像力に委ねていると思われ、
『男はつらいよ』シリーズのファンはよいとしても、
このシリーズをあまり知らない人にとっては、かなり分りにくい物語になっているように感じた。
考えてみるに、
『男はつらいよ』シリーズの第1作が公開されたのが、1969年8月27日。
そして、第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』が公開されたのが、1995年12月23日。
約26年間に48作もの映画が作られており、
(特別編の第49作があるが)、
23年の空白期間があり、その後、第50作の本作が作られた。
四半世紀の期間をかけて作られた『男はつらいよ』シリーズが、
四半世紀の空白期間を経て、再び新作が制作されたのだ。
そういう映画は、ほとんど前例がないし、
そういう映画で演じた俳優もこれまでほとんどいない。
さくらを演じた倍賞千恵子は語る。
同じ役を26年間やってきて、特別篇の49作があって、その間がまた20数年空いて、同じ役をやるっていうことは、普通はないですよね。
そういう役を演じることができて、ああ、山田さんと出会えてよかったなあって。役者をやっていてよかったなあって。自分の人生が衰えてきたときに、またさくらさんをやらせていただいたわけですからね。思ってもみませんでしたよ。(『キネマ旬報』2020年1月上旬・下旬合併号)
さくらの夫・博を演じた前田吟も次のように語る。
当時は第1作に出ることが決まって台本を読み、博って大変な役だなと思いながら演じました。その頃、倍賞さんは大女優。僕は無名の新人だったからものすごく緊張しました。この場面をうまく演じられれば世に出られると思いました。
やっぱり僕は「寅さん」によって全国区の俳優となり、前田吟という俳優を確立できた。それこそ山田監督に教わり、渥美さんや倍賞さんといった名優に囲まれ、何とか脇役としてお芝居が一緒にできるようになった結果、いろんな映画やテレビに出られるようになった。なおかつ人生の最後にまた寅さんに戻ってこられた。俳優人生においてこんな幸せなことはないですよ。(『キネマ旬報』2020年1月上旬・下旬合併号)
倍賞千恵子と前田吟がまだ現役俳優として活躍しているからこそ、
第50作目が作られたのだし、
吉岡秀隆と後藤久美子が出演できる環境にいたからこそ、
新たに構想が練られ、
新しいストーリーが生まれたのだ。
このシリーズに出演していた、
寅さん役の渥美清をはじめ、
主要キャストであった、
おいちゃん役の森川信、松村達雄、下條正巳、
おばちゃん役の三崎千恵子、
タコ社長役の太宰久雄、
御前様役の笠智衆、
マドンナ役の、
光本幸子(1943年8月25日~2013年2月22日・享年69歳)、
新珠三千代(1930年1月15日~2001年3月17日・享年71歳)
池内淳子(1933年11月4日~2010年9月26日・享年76歳)
八千草薫(1931年1月6日~2019年10月24日・享年88歳)
太地喜和子(1943年12月2日~1992年10月13日・享年48歳)
京マチ子(1924年3月25日~2019年5月12日・享年95歳)
大原麗子(1946年11月13日~2009年8月3日・享年62歳)
など、
すでに多くの俳優たちが亡くなっている。
このすでに亡くなった俳優たちを含め、
このシリーズの出演者たち(主にマドンナ)が、
本作の随所に現れては消えていく。
長年、このシリーズを見続けてきた者としては、
それが懐かしいし、色々なことが思い出されて、時に、涙が流れた。
本作『男はつらいよ お帰り 寅さん』で、
重要な役を演じている後藤久美子が、初めてこのシリーズに登場したのは、
第42作の『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989年12月27日公開)。
佐賀県(松原神社、古湯温泉、吉野ヶ里、小城駅など)でロケされた作品ということもあって、(私は)何度も見た作品であるし、ビデオも持っていた。
第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』
以降、満男のマドンナ役のような感じで、
第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』(1990年12月22日公開)
第44作『 男はつらいよ 寅次郎の告白』(1991年12月23日公開)
第45作『男はつらいよ 寅次郎の青春』(1992年12月26日公開)
第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(1995年12月23日公開)
と、計5作に出演し、
シリーズ後期では準レギュラーになっていた。
だが、渥美清の死と共に、シリーズが終了したこともあって、
1995年に交際を始めたフランス人F1レーサーのジャン・アレジと、
1996年には(渡仏し)同居を始める。
以後のことは、皆さんご存じの通り。
渡仏後は、(事実婚のようだが)妻としての役割、また子育てを重視しており、
年に1〜2本のCM出演や女性ファッション誌の表紙モデルなどを中心に活動しているようで、女優業からは一線を退いていた。
それが、本作『男はつらいよ お帰り 寅さん』で女優復帰したのには、
山田洋次監督からの熱心な出演依頼があったから。
最初は、山田監督から電話が掛かってきて、さらっと「新作をやりたいと思っているので、いい返事を待っています」みたいな話があったんです。口調は柔らかかったのですが「嫌とは言わせないですよ」みたいな感じで……(笑)。その話を聞いて、すぐに吉岡(秀隆)君に「大変だ、大変だ、“洋ちゃん”がこんなこと言い出した!」って連絡した気がします。
電話をいただいてから数か月後に、今度はお手紙をいただいて、それを読んでいるうちに、わたしの時間の有り無し、引き受ける引き受けない、なんて次元の話じゃないんだろうなと……。手紙をもらったときもすぐに吉岡(秀隆)君にメールした気がします。
後藤久美子は某インタビューでこう語っていたが、
最初から「後藤久美子ありき」で企画が進んでいたことが判るエピソードだ。
山田洋次監督が後藤久美子のために用意したのは、
海外で活躍するUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員の役。
満男が恋をした泉ちゃんは、まず家庭的に不幸だからね。愛に飢えている。しかし頭が良くて、人生に立ち向かおうとするファイトがある。満男のように甘やかされて育ったんじゃない何かが彼女にはある。それが満男にとって、とても魅力なんだな、彼女の強さみたいなものが。(『キネマ旬報』2020年1月上旬・下旬合併号)
山田洋次監督はこう語っていたが、
この設定がストーリーにおいても効いており、
及川泉の性格や能力といったものがこの役柄だけで観客に解るようになっている。
過去の作品の流れでは、
満男と泉が結婚している筈なのであるが、
そうならなかったのは、やはり、
泉の“外へ出て行こうとする強い力”を、満男が止めきれなかったから……なのではないだろうか?
20数年の時を経て再会した二人は、再び惹かれ合うのだが、
果たして今回は……
大人になった後藤久美子ももちろん魅力的なのだが、
もう一人、シリーズ初参加の、格別に魅力的な女優がキャスティングされている。
それが、出版社の(諏訪満男の)担当編集・高野節子を演じる池脇千鶴。
『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)
『そこのみにて光輝く』(2014年)
の2作だけでも、日本映画史に残る女優だと思うのだが、
その他にも、
『パーマネント野ばら』(2010年)
『必死剣 鳥刺し』(2010年)
『うさぎドロップ』(2011年)
『舟を編む』(2013年)
『凶悪』(2013年)
『きみはいい子』(2015年)
『怒り』(2016年)
『万引き家族』(2018年)
『きらきら眼鏡』(2018年)
『半世界』(2019年)
など、数々の傑作、秀作に出演しており、
演技力や存在感では、今の日本で5本の指に入る女優ではないかと思う。
どの監督も彼女をキャスティングしたがるし、
山田洋次監督も例外ではなかったということか……
衣裳合わせで、初めてお会いしました。ご挨拶したときに、監督が“やっと会えましたね”という感じで「お会いしたかった」と言ってくださったんですよ。“あぁ、ずっと見てくださっていたんだな”と嬉しかったです。(『キネマ旬報』2020年1月上旬・下旬合併号)
池脇千鶴がこう語るように、
山田洋次監督にとっても、池脇千鶴という女優は、特別な存在であったことが判る。
そして、山田洋次監督は、本人が意識しているかどうかは分らないが、
池脇千鶴という女優を、少しだけ色っぽく撮っている。
もし、第51作目があるとするなら、
満男と高野節子の関係にも焦点が当てられるかもしれない……と思った。
後味は悪くないし、
〈何度でも見てみたい!〉
と思わせる何かを持っていた作品であった。
最近は、若い人にも『男はつらいよ』シリーズのファンが増えていると聞くし、
『男はつらいよ』シリーズのことを知っていれば知っているほど楽しめる作品であった。
私も、機会があれば、(色々確かめたいこともあるので)もう数回見てみたい気がしている。
皆さんも、ぜひぜひ。