一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

真保裕一『灰色の北壁』(講談社)

2005年04月26日 | 読書・音楽・美術・その他芸術
最初に結論から言ってしまうと――
「傑作」である!

珠玉の三編が収められている山岳ミステリー集である。
「黒部の羆」「灰色の北壁」「雪の慰霊碑」
どれも原稿用紙に換算すると150枚ほどの作品で、短編というより中編だ。
だが、読み応えは長編に引けをとらない。
どれも緊迫感あふれる作品である。
掲載されている順に読んだ。
「黒部の羆」を読了後、満足感が体に広がった。
他の二編を読んでいないのに、これがもっとも優れていると思った。
これほどの作品を三編も揃えるのは無理だろう。
三編のなかでもっとも出来が良いものを巻頭にもってきたのだ――
作品集をつくるときはそうするものだ。
だが、次の「灰色の北壁」は表題作である。
表題作にしたということは、これがこの作品集のなかでは自信作なのか?
読み始めると――
「黒部の羆」に勝るとも劣らない傑作なのだ。
好みにもよるが、こちらが「黒部の羆」より上とみる読者の方が多いかもしれない。
さすが表題作!
と、思わず叫びたくなる。
さて、残るは「雪の慰霊碑」のみ。
タイトルからして地味だ。
これはあまり期待できないと思いながら読み進める。
他の二編とやや異なり、叙情的な作品だ。
だが、これも傑作なのだ。
「すごい!」としか言いようがない。
さすが真保裕一! 
三編そろって傑作という作品集はなかなかないものだ。
三編とも単なる山岳小説ではない。
人間ドラマがきちんと書き込まれている。
男と男、男と女――心の機微が、荒々しい自然描写とともに読者の胸に迫る。
ミステリーの部分も緻密に練られている。
「あっ」と言わせられる。
 
エンターテインメント小説を読む楽しみを存分に味わった。
今回はあえてストーリーを紹介しない。
読む楽しみを削いでしまうような気がする。
本書の帯には、
《すべての謎は、あの山が知っている!
天才クライマーに降りかかった悲運の死。標高7000mの北壁で、彼が見たものは何か。
『ホワイトアウト』から10年。渾身の山岳ミステリー》
と記されている。
もうこれだけで十分だろう。
山岳小説というと、女性読者は敬遠しがちだが、本作だけは読んでもらいたい。
きっと満足してもらえると思う。

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