徒歩日本縦断(1995年)の思い出の第1回を掲載してから1週間以上過ぎた。
このペースでは今年中に終わらないかもしれない……(笑)
と不安になり、急遽、第2回を執筆。
と言っても、短い文章しか書けないけど……
写真は、「間宮林蔵 渡樺の地」の案内板の前で撮ったもの。
宗谷岬から歩き出してしばらくの所にあったと思う。
服装は、こんな感じで歩いていた。
Tシャツに短パン。
靴は、登山靴。
この時はまだ登山はしていなかったので、登山靴は徒歩日本縦断のために買った。
歩き始めはザックの重さが25kgくらいあったので、登山靴がイイのではないかと思ったのだ。
今考えると、別に登山靴でなくても良かったような気もするが、当時は登山靴がベストだと思っていた。
ザックはグレゴリーのフレームザック。
金属のパイプが両端にあり、背負子のような構造になっているものだ。
今はこんなザックまったく見かけない。
当時もけっこう珍しがられた記憶がある。
なぜフレームザックにしたかというと、
徒歩日本縦断した人の本を読んだ時、その人がフレームザックを使っていたからだ。
写真を見て、カッコイイと思ったのだ。(コラコラ)
ザックに対する知識はまったくなく、格好だけで決めた。
背負い心地はイマイチだったが、
何ヶ月も一緒に歩いていたので、最後は相棒のような親しみを感じるようになった。
このザックは今も家にある。
いつか現役復帰させてみようかと思っている。(笑)
このペースでは今年中に終わらないかもしれない……(笑)
と不安になり、急遽、第2回を執筆。
と言っても、短い文章しか書けないけど……
写真は、「間宮林蔵 渡樺の地」の案内板の前で撮ったもの。
宗谷岬から歩き出してしばらくの所にあったと思う。
服装は、こんな感じで歩いていた。
Tシャツに短パン。
靴は、登山靴。
この時はまだ登山はしていなかったので、登山靴は徒歩日本縦断のために買った。
歩き始めはザックの重さが25kgくらいあったので、登山靴がイイのではないかと思ったのだ。
今考えると、別に登山靴でなくても良かったような気もするが、当時は登山靴がベストだと思っていた。
ザックはグレゴリーのフレームザック。
金属のパイプが両端にあり、背負子のような構造になっているものだ。
今はこんなザックまったく見かけない。
当時もけっこう珍しがられた記憶がある。
なぜフレームザックにしたかというと、
徒歩日本縦断した人の本を読んだ時、その人がフレームザックを使っていたからだ。
写真を見て、カッコイイと思ったのだ。(コラコラ)
ザックに対する知識はまったくなく、格好だけで決めた。
背負い心地はイマイチだったが、
何ヶ月も一緒に歩いていたので、最後は相棒のような親しみを感じるようになった。
このザックは今も家にある。
いつか現役復帰させてみようかと思っている。(笑)