一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

徒歩日本縦断(1995年)の思い出・第14回「小樽」 ……物語の生まれる町……

2012年06月28日 | 徒歩日本縦断(1995年)の思い出
文学の香りのする町が好きだ。

昨年(2011年)の09月25日に、
うすきハッピーリタイアメントさんの案内で、
肉まんさん、風来坊さん、平六さん、タクの計5名で、
臼杵にある鎮南山に登り、
石仏群、野上弥生子記念館、大林宣彦映画の名残館などを観光したことがあった。
その折、私が「臼杵は文学の香りのする町ですね」と発言すると、
「文学の香りのする町とはどんな町ですか?」
と、皆さんから逆に質問されたことがある。
そのときは、
「物語が起ち上がってくるような独特の風情のある町」
「芸術家の感性を刺激し、詩、小説、音楽、絵画などの作品が生まれやすい町」
などと答えたように記憶している。

徒歩日本縦断したとき、
私はこの「文学の香りのする町」にたくさん出会った。
増毛、小樽、函館、弘前、酒田、寺泊、出雲崎、金沢、小浜、城崎、松江、萩、仙崎……数えたらキリがないほど。
それだけ日本海側には私の好きな町が多くあったということだ。

中でも、小樽を歩いたときは心が弾んだ。
憧れの町だったからだ。

8月18日の夜に小樽にたどり着いた私は、
町中にあった温泉に入って疲れを癒し、
小樽駅の横にあるバスセンターのベンチで寝た。
翌19日、早朝から、私は町歩きをした。


まずは小樽運河。
これまで数々のドラマの舞台となった小樽一番の観光名所。


それから、小樽港。
佐世保で生まれ育ったので、海を見るととても嬉しい。
文学の香りのする町は、何故かしら海の近くにある町が多い。


小樽駅の裏手にある「船見坂」へ行ってみた。


ここは、大林宣彦監督作品『はるか、ノスタルジィ』のロケ地になった場所。


下の写真の右側に私が写っているが、その背後に「日光院」と書かれた看板が見えるだろうか?


映画でもこの看板が出てくるので、機会があったら確認してほしい。
勝野洋と石田ひかりが出会う場面がまさにココ。
(映画の撮影は1991年で、私が歩いたのは4年後の1995年)
音楽は、久石譲。
素晴らしい音楽と斬新な映像を堪能してほしい。


この『はるか、ノスタルジィ』の他、
小樽では、次のような作品がロケされている。
『しあわせのパン』(三島有紀子監督・2012年)
『探偵はBARにいる』(橋本一監督・2011年)
『ハルフウェイ』(北川悦吏子監督・2009年)
『Love Letter』(岩井俊二監督・1995年)
『激走トラッカー伝説』(細野辰興監督・1991年)
『恋人たちの時刻』(澤井信一郎監督・1987年)
『男はつらいよ寅次郎相合傘』(山田洋次監督・1975年)
『男はつらいよ望郷編』(山田洋次監督・1970年)


小樽文学館へも寄った。


この文学館には、

伊藤整(小説家、評論家)
小林多喜二(小説家)
石川啄木(歌人、随筆家)
山中恒(児童読物作家)
小熊秀雄(詩人)
岡田三郎(小説家)
石塚喜久三(小説家)
河邨文一郎(詩人、医師)
八田尚之(劇作家)
石原慎太郎(小説家、政治家)


など、小樽に所縁のある20数名にも及ぶ作家の著書や資料を収蔵・展示してあった。
小樽の人口は、かつては20万人ほどであったが、
私が訪れた当時(1995年)は、15万7千人。
現在は13万人ほどまでに減少しているとのこと。
それほど大きな町(街)ではないのに、
多くの文学者を輩出し、
多くの映画のロケ地となり、
絵画に描かれ、写真の被写体となった小樽は、
やはり「物語の生まれる町」と言えるのではないだろうか……

小樽に後ろ髪を引かれつつ、次の町「余市」に向かって歩き出した。

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