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このブログの3月13日(水)の記事で、冒頭、
今日は、午前中は、福岡へ映画を見に行った。
(見た映画は“傑作”だったので、レビューは後日)
と書いたが、
その福岡へ見に行った映画というのが、
本日紹介する『岬の兄妹』なのである。
片山慎三の初長編監督作『岬の兄妹』の存在を知ったのは、
いつも読んでいる映画雑誌であったのだが、
そこに書かれてあった片山慎三監督の経歴に引かれるものがあった。
なんと、
私の好きなポン・ジュノ監督作品や山下敦弘監督作品などで助監督を務めていたというのだ。
そして、パンフレットを入手して読んでみると、
ポン・ジュノ監督の『岬の兄妹』を鑑賞した感想が(片山慎三監督宛てに書いた手紙という形式で)紹介されていた。
ポン・ジュノ(映画監督・『殺人の追憶』『母なる証明』等)
慎三、狂ってるよ。ホントニ……君はなんてイカれた映画監督だ! 娼婦に障碍、陰毛に人糞!?
それでも映画はとても力強く美しいんだから、驚いたよ。
今村昌平、キム・ギドク、それにイ・チャンドンの空気も感じたし、君からここまで大胆な作品が生まれるとは思ってもみなかった。
良い意味で衝撃を受けたし、見事な作りだ。
限られた制作費と時間の中、それにここまで危険な物語とテーマを扱ったのだから、君の苦労は相当なものだったろうね。
この作品は多くの論争を起こすだろうし、君は既にそれを覚悟してるだろう。
でも、もはや批判など恐れてないようにすら見える。
何故ならこの作品は相当に緻密な計算の上に構成されていて、君は多くの問いにも的確な答えを用意しているだろうから。
とにかく僕はラストシーンが大好きだよ。観客を作品に引き込ませる力を持ってるんだ。
“操作する”のではなく、“共感させる”力を。素晴らしいよ。
他にも色々と語りたいことはあるけど……近いうちに東京かソウルでお目にかかりたいね。
君の初長編監督作に祝杯をあげよう、ナマビールで。それにもっと詳しい話も聞きたいし。
最後にもう一度、おめでとう。
そして、このパンフレットには、
映画『岬の兄妹』に対するコメントが多数掲載されていたのだが、
それが私の好きな映画監督や俳優たちばかりで、驚かされた。
その一部を紹介する。
山下敦弘(映画監督・『天然コケッコー』『マイ・バック・ページ』『苦役列車』等)
『岬の兄妹』は噛みついて来る映画だ。
例えばノンフィクション、またはドキュメンタリーといった格式のある正当性に。
あるいは我々の中にある偽善や倫理観に。
噛みつかれれば怒る人もいれば泣く人もいると思う。
自分はこの映画を観ながら笑ってしまいました。
そしてつくづく弱い人間だと気付かされました。
皆さんもこの映画を観て自分が何者かを知ってください。
瀬々敬久(映画監督・『最低。』『菊とギロチン』等)
勇気をもって差別と格差という指弾されかねない題材にぶつかっている態度にまず打たれた。
試行錯誤と直感、キャストとスタッフの真摯な取り組み方がそのまま表れている映画だ。
そしてラストの主人公二人の兄妹の表情はやっとここに辿り着くしかないものになっていると思った。
呉美保(映画監督・『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』等)
「ポンヌフの恋人」「オアシス」「息もできない」……。
これまで幾人もの、強烈にもがく男女に出会ってきた。
平成が終わろうとしている狭間に、まさかまた出会えるとは。
生きるのみ!もう、それしかないんだ。
白石和彌(映画監督・『凶悪』『彼女がその名を知らない鳥たち』『孤狼の血』等)
あらゆることを吹き飛ばす笑いと生命の躍動。
クソみたいな世の中にクソを投げつけてでも必死に生きる兄妹の美しさよ。
松浦裕也と和田光沙を見ているだけで胸が焦げついた。
映画で出来る事はほんの少しかもしれないが、それでも投げつけたい。
世の中!この映画みろよ!
深田晃司(映画監督・『淵に立つ』等)
清貧という言葉の嘘臭さを清々しいまでの正直さで暴く兄妹から目が離せない。つまりそれは一周回って清貧な映画ということだろうか。俳優の地力を逃すことのない撮影、活かしきった脚本に拍手。
香川照之(俳優)
暴力の行方、性的描写、観念の飛躍、全てが片山監督の根幹にあるポン・ジュノのカットの積み重ねを見ているようだ。
ラストの岬の終焉の仕方にも大いに頷いた。
処女作としては百点満点を付与する。
池松壮亮(俳優)
強烈で繊細、ストイックに研ぎ澄まされた一切無駄のない映画。
切なく哀しいリアリズム。
物語ることのその気迫に面食らった。
あの兄妹の生命力と幻想だけが岬の街の救いだった。
人間を好き過ぎる人間だけが到達する境地なのか、一作目にして凄まじい。
高良健吾(俳優)
正解がわからない。
苦しかった。ここまで曝け出すのかと……
制御できないくらいの溢れ出るパワーがある作品。
観客の方と一緒に考えたい。
私の好きな映画監督や俳優たちがここまで絶賛するのであれば、
〈絶対に見なければ!〉
と、思った。
3月1日公開であったが、
上映館を調べてみると、
当初、九州では3館しかなく、(その後5館に増えている)
当然のことながら、佐賀での上映予定はなかった。
一番近い上映館はイオンシネマ福岡で、3月8日からの公開であった。
イオンシネマ福岡は少し辺鄙な場所にあり、(笑)
3月10日(日)に見に行くことを決めていたが、
大雨だったので、この日は近くの映画館で『運び屋』を鑑賞し、
『岬の兄妹』は次の公休日である3月13日(水)に見に行ったのだった。
〈また、真理子が居なくなった……〉
ある港町で、
自閉症の妹・真理子(和田光沙)とふたり暮らしをしている良夫(松浦祐也)は、
妹のたびたびの失踪を心配し、必死に探し回るのだった。
今回は夜になっても帰ってこない。
すると、「釣りをしていたときに出会った」という知らない男から連絡があり、
その場所に駆けつけ、礼を言って真理子を引き取る。
帰宅して真理子が1万円札を所持しているのを不審に思った良夫は、
彼女を問い詰め、男に体を許し金銭を受け取っていたことを知る。
真理子を叱りつける良夫であったが、
仕事を解雇されて生活に困っていた良夫は、
妹に売春をさせて生計を立てようとする。
良夫は金銭のために男に妹の身体を斡旋する行為に罪の意識を感じながらも、
これまで知ることがなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れることで、
複雑な心境にいたる。
そんな中、妹の心と体には少しずつ変化が起き始めるのだった……
いやはや、凄い作品であった。
どのくらい凄いって、
『岬の兄妹』の前では、最早、『万引き家族』はメルヘンだ。
っていうくらいの凄さであった。
だからと言って、深刻なだけの作品ではなく、
笑わされたり、泣かされたり、感動させられたり、
映画を見る楽しみを十分に味わうこともできたのだった。
映画鑑賞後に、パンフレットにあったポン・ジュノ監督の手紙の文章をあらためて読むと、
〈ここに私の言いたいことが全て書かれてあるな〉
と、思った。
要約すると、
狂っている。イカれている。(褒め言葉だ)
娼婦に障碍、陰毛に人糞。(目をそらしてはいけない)
それでも映画はとても力強く美しい。(特に風景と真理子を演じる和田光沙が……)
今村昌平、キム・ギドク、それにイ・チャンドンの空気感。(似ているようで似てない)
限られた制作費と時間。(全て自費の自主制作)
危険な物語とテーマ。(多くの論争を起こすだろう)
ラストシーンが大好き。(和田光沙の振り返った顔)
観客を作品に引き込ませる力を持っている。(“操作する”のではなく、“共感させる”力を)
って感じか……
貧困、障碍、性、犯罪、暴力…そういったものを包み隠さず描きました。観た方の価値観が変わるような映画になればと思いながら一切の妥協なしで二年間かけて作りました。
とは、片山慎三監督の弁。
驚くべきことに、本作は、片山慎三監督の自費による自主制作の映画なのだ。
もちろんオリジナル脚本。
内容が内容だし……ということもあろうが、
ただでさえ今の日本映画は制約が多いし、
〈自分の発案した企画で自分ですべてをコントロールしないと、自分のやりたいことができない〉
と考えたからだという。
日本の現場では「なぜこれができない?」って疑問の連続で。製作委員会の都合で全員の意見を聞いているとチグハグになる。だから余計な人を排除して自分たちの力だけでやろうとの思いで作ったのが『岬の兄妹』です。クラウドファンディングもやめました。自費の持ち出しで本当にベストの選択で固めようと。(『キネマ旬報』2019年3月下旬号)
「クラウドファンディングもやめました」
という心意気や良し。
クラウドファンディングの映画は、
エンドロールで資金提供者の名を延々と見せられるという、
普通の観客にとっては“地獄の責め苦”が待っていることが多いので、(コラコラ)
『岬の兄妹』がそういう映画でなくて本当に良かったと思う。
足に障碍を持つ兄と、自閉症の妹が、
貧困から脱するために売春で生計を立てようとする……という物語は、
内容が特異すぎて「リアリティが感じられない」と思う人もいることだろう。
本作が“傑作”であることを認めながらも、
実は私も「設定が、奇をてらい過ぎていないか……」と思った。
で、片山慎三監督が脚本を書くにあたって何をヒントにしたのかを調べてみると、
山本譲司のノンフィクション『累犯障害者』
花村萬月の短編小説『崩漏』(『守宮薄緑』収録)
の二つから着想を得たのだという。
ならば、少し時間はかかるが、この2冊を読んでからレビューを書こうと思った。
3月13日(水)に映画を見たのに、レビュー掲載が一週間後になったのは、
そんな事情があったからなのである。
まずは、『累犯障害者』を読んでみた。
【山本譲司】
1962(昭和37)年北海道生れ、佐賀県育ち。早稲田大学教育学部卒。菅直人代議士の公設秘書、都議会議員2期を経て、1996(平成8)年に衆議院議員に当選。2期目の当選を果たした2000年の9月、政策秘書給与の流用事件を起こし、2001年2月に実刑判決を受ける。433日に及んだ獄中での生活を『獄窓記』として著す。同書は2004年、第3回「新潮ドキュメント賞」を受賞。他の著書に『塀の中から見た人生』(安部譲二氏との共著)『累犯障害者』『続 獄窓記』などがある。
刑務所内で懲役刑を受刑している障がい者のケアを担当した山本が、
自らの体験を元に、障がい者の犯罪をめぐる社会の闇に迫ったノンフィクションだ。
序章 安住の地は刑務所だった―下関駅放火事件
第1章 レッサーパンダ帽の男―浅草・女子短大生刺殺事件
第2章 障害者を食い物にする人々―宇都宮・誤認逮捕事件
第3章 生きがいはセックス―売春する知的障害女性たち
第4章 ある知的障害女性の青春―障害者を利用する偽装結婚の実態
第5章 多重人格という檻―性的虐待が生む情緒障害者たち
第6章 閉鎖社会の犯罪―浜松・ろうあ者不倫殺人事件
第7章 ろうあ者暴力団―「仲間」を狙いうちする障害者たち
終章 行き着く先はどこに―福祉・刑務所・裁判所の問題点
片山慎三監督は、多分、
第3章 生きがいはセックス―売春する知的障害女性たち
からヒントを得たのだと思うが、
すべての受刑者は入所後、作業の適応力を調べるための知能テストを受けるのだが、
その結果によると、全受刑者のうち4分の1が知的障がい者であった……というのだ。
この本を読むと、
障がい者による犯罪(に利用されている場合が多いのだが)は決して珍しいことではなく、
ろうあ者や知的障害者は健常者とのコミュニケーション能力が乏しいため、
誘導尋問などで冤罪被害に遭うこともしばしばあり、
社会では、男性はやくざの鉄砲玉、女性は売春などに利用される場合が多いという。
本書によって、
本作『岬の兄妹』の物語が決して特異なものではないということが理解できた。
花村萬月の短編小説『崩漏』は、
知的障がい者の美しき女・真莉亜と、女を喰いものにして生きる男・加賀の物語で、
ふたりのスリリングな関係が描かれていた。
最後まで読んで、これは“純愛”かもしれない……と思った。
『崩漏』の真莉亜と、『岬の兄妹』の真理子のイメージが重なった。
名前が似ているのは、偶然ではないと思った。
映画『岬の兄妹』では、真理子を演じた和田光沙の演技が秀逸であった。
【和田光沙】(わだ みさ)
1983年12月30日生まれ、東京都出身。
『靴が浜温泉コンパニオン控室』(2008/緒方明監督)でデビュー。
映画を中心に、定期的に舞台にも出演。
代表作に,
『あんこまん』(2014/中村祐太郎監督)MOOSIC LAB 2014で審査員特別賞を受賞
『なりゆきな魂、』(2017/瀬々敬久監督)
『菊とギロチン』(2018/瀬々敬久監督)
『止められるか、俺たちを』(2018/白石和彌監督)
『ハード・コア』(2018/山下敦弘監督)
などがある。
こうしてプロフィールを見ると、
良い監督の良い作品に多く出演していることが判る。
真理子はすごく人物造形から悩んで、ドキュメンタリー映画の『ちづる』を参考にしたり、実際にボランティアで障がい者施設を取材させていただいたりして固めていったんですけど、この難役を演じ切れる人がいるかなと。それでオーディションをしたんですけど、和田さんがすごくよかった。真理子になにより求めたのは生きる力。和田さんは一切悲壮感がなくて、逆に躍動感にあふれていた。それで和田さんで行こうと決めました。実際、その通りで、真理子を体現してくれたと思います。
片山慎三監督がこう語るように、
和田光沙の躍動感あふれる演技が、この映画を美しくも力強いものにしている。
来年(2020年)1月に発表する「一日の王」映画賞の、
最優秀主演女優賞の有力候補であることは間違いない。
真理子の兄・良夫を演じた松浦祐也も素晴らしかった。
片山慎三監督が松浦祐也と出会ったのは『マイ・バック・ページ』の現場だったという。
最初は『マイ・バック・ページ』の現場。よく覚えているのは『苦役列車』のオーディションで松浦さんが主役の代役をやったんですよ。その時の演技が素晴らしかったんです。(『キネマ旬報』2019年3月下旬号)
松浦祐也と和田光沙の相性も良く、現場でも非常にやりやすかったとか。
少人数のキャストとスタッフによる自主制作で創られた傑作『岬の兄妹』。
昨年(2018年)の話題作が『カメラを止めるな!』なら、
今年(2019年)の話題作は『岬の兄妹』であろう。
上映館はまだ少ないが、これから増えていくこと間違いなし。
今年の日本映画は、本作を見ずには語れないと思う。
ぜひぜひ。