お子様向けの映画が多かった夏休みが開けた9月頃から、
大人向けの秀作、傑作が立て続けに公開されている。
こちらでは、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月遅れで公開されるので、
10月、11月は見たい映画が目白押し状態。
おまけに、佐賀では公開されない作品もあったりするので、
福岡へも度々出掛けなければならない。
山登りもしなければならず、
読書もしなければならず、
TVドラマも観なければならず、
孫の相手もしなければならず、
(ああ、忘れてた!)仕事もしなければならず、(笑)
それらの合間を縫って映画を見に行っているのだが、
レビューを書く時間がないので、
レビューを書いていない映画が、
頭の中に溜まっていく一方なのである。
60代になってから物忘れがひどくなっており、
〈早くレビューを書かなければ……〉
と焦るが、
なかなか書けないのが現状なのである。
新作映画も次々に公開されるので、
そういう(頭の中がグチャグチャの)状態なのに、
またまた映画館へ行ってしまうのだ。
そして、激しく後悔する。(笑)
というワケで、今、レビューを必死に書いているのである。
本日紹介する映画『きみの鳥はうたえる』は、見たかった映画である。
なぜ見たかったかというと、
映画の原作が、佐藤泰志の小説であること。
映画の舞台が、函館であること。
私の好きな石橋静河が出演していること。
以上の3点。
原作が佐藤泰志の小説で、
舞台(ロケ地)が函館である映画は、これまでに、
熊切和嘉監督作品『海炭市叙景』(2010)、
呉美保監督作品『そこのみにて光輝く』(2014)、
山下敦弘監督作品『オーバー・フェンス』(2016)
があり、
すべて、函館シネマアイリスが企画し映画化したもので、
すべて、傑作なのである。
(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
三宅唱監督作品『きみの鳥はうたえる』も函館シネマアイリスが企画し映画化したもので、
前3作同様、きっと優れた作品になっていると思った。
それに加え、
昨年『夜空はいつでも最高密度の青色だ』で私の胸をキュンキュンさせてくれた石橋静河が出演しているとなれば、見ないわけにはいかないではないか。
今年(2018年)の9月1日に公開された作品であるが、
佐賀では、シアターシエマで、2ヶ月遅れの11月2日から上映され始めた。
早く見たかったので、公開初日に、
会社の帰りにシアターシエマへ駆けつけたのだった。
函館郊外の書店で働く「僕」(柄本佑)は、
失業中の静雄(染谷将太)と小さなアパートで共同生活を送っていた。
ある日、「僕」は同じ書店で働く佐知子(石橋静河)と、
ふとしたきっかけで関係をもつ。
彼女は店長の島田(萩原聖人)とも抜き差しならない関係にあるようだが、
その日から、毎晩のようにアパートへ遊びに来るようになる。
こうして、「僕」、佐知子、静雄の気ままな生活が始まった。
夏の間、3 人は、毎晩のように酒を飲み、クラブへ出かけ、ビリヤードをする。
佐知子と恋人同士のようにふるまいながら、
お互いを束縛せず、静雄とふたりで出かけることを勧める「僕」。
そんなひと夏が終わろうとしている頃、みんなでキャンプに行くことを提案する静雄。
しかし「僕」は、その誘いを断り、キャンプには静雄と佐知子のふたりで行くことになる。
次第に気持ちが近づく静雄と佐知子。
函館でじっと暑さに耐える「僕」。
3 人の幸福な日々も終わりの気配を見せていた……
映画が始まると、
この映画は、これまで見てきた映画とは“空気”が違うことがすぐに判った。
“空気”が濃密なのである。
柄本佑、染谷将太、石橋静河の関係が自然だし、
会話もセリフという感じがしないくらい自然なのである。
演出が感じられないのだ。
演出が感じられない演出なのである。
こんな演出をする三宅唱監督とは、どういう人物なのか?
【三宅唱】
1984年生まれ。北海道札幌市出身。
一橋大学社会学部卒業、映画美学校フィクション・コース初等科修了。
『1999』『4』『マイムレッスン』『スパイの舌』といった短編作品を手がけたのち、
初長編『やくたたず』を監督。
ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された『Playback』で、
第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞。
2013年、大橋トリオのアルバム『MAGIC』に特典DVDとして収録される短編『TREEHOUSE』を、
2017年、森岡龍主演の時代劇『密使と番人』を監督。
2018年には、山口情報芸術センター(YCAM)にてビデオインスタレーション作品『ワールドツアー』、地元の中高生らと共作した映画『ワイルドツアー』を監督(19年公開予定)。
この新鋭・三宅唱監督に、なぜオファーがあったのか?
制作サイド(函館シネマアイリス・菅原和博)とのやりとりを、
三宅唱監督は次のように語る。
最初に、シネマアイリスの菅原さんからは、20代の3人の男女の物語を、例えば、上の世代のベテラン監督にオファーするやり方もあるけれど、でも、そういう世代の撮った青春映画を見たいわけではない、登場人物に近い年齢の三宅君が撮るべき物語だと思っています、と伝えられました。菅原さんは、世代の違う僕のような人間の感覚を最後まで信頼し続けてくれたし、だからこそ僕も僕で、自分の考えをちゃんと信じ切るのが今回の仕事なんだと自覚を迫られるような、いい緊張感がありました。(『シナリオ』2018年9月号)
三宅唱が監督した本作『きみの鳥はうたえる』が、
同じ原作者、同じ函館が舞台の前3作、
熊切和嘉監督作品『海炭市叙景』(2010)、
呉美保監督作品『そこのみにて光輝く』(2014)、
山下敦弘監督作品『オーバー・フェンス』(2016)
と明らかに違うのは、
登場人物たちの濃密さであり、グルーヴ感である。
それを映像として表現できているのは、
撮影を担当した四宮秀俊の功績といえるかもしれない。
なぜなら、前3作の撮影担当は、すべて近藤龍人だったからである。
カメラマン・近藤龍人についてはこのブログで何度も紹介しているので割愛するが、
前3作が、監督は違えど同じ色合いになっているのは、
撮影が近藤龍人だったからである。
函館シネマアイリスが企画し映画化した作品では、
三宅唱監督作品『きみの鳥はうたえる』で初めてカメラマンが四宮秀俊に替わったのだ。
近藤龍人カメラマンのファンである私としては、それが唯一の不安材料であったのだが、
杞憂であった。
四宮秀俊は見事な映像で、見る者を楽しませてくれた。
【四宮秀俊】
1978年生まれ。
映画美学校第6期フィクション・コース高等科を修了後、
撮影助手としてPVや映画、Vシネなどに参加。
これまでに撮影を手がけた映画作品に、
『怒る西行』(沖島勲監督、2010)、
『へんげ』(大畑創監督、2011)、
『Dressing Up』(安川有果監督、2012)、
『Sweet Sickness』(西村晋也監督、2013)、
『貞子vs伽椰子』(白石晃士監督、2016)、
『風に濡れた女』(塩田明彦監督、2016)、
『ミスミソウ』(内藤瑛亮監督、2017)、
『枝葉のこと』(二ノ宮隆太郎監督、2017)などがある。
三宅唱監督作品では、
『Playback』(2012)、
『密使と番人』(2017)の撮影を担当。
また柄本佑監督作品『ムーンライト下落合』(2017)の撮影も手がけている。
三宅唱監督の演出、
四宮秀俊カメラマンの撮影で、
柄本佑、染谷将太、石橋静河の3人の関係性が実に濃密に表現されている。
先程、「演出が感じられない演出」と述べたが、
なぜそれが可能だったのか?
三宅唱監督は語る。
佐藤泰志さんの小説が、僕らの普段の生活にも近いと思えるような「日々の営み」を描いているので、登場人物と距離をとって撮影するよりも、僕ら自身が原作の人物たちのように時間を過ごすことが、小説を裏切らずにまっすぐに撮れる方法なのかなと思ったんです。それで、クランクイン少し前から、3人+監督で何となく空気作りをして、撮影に入りました。(『キネマ旬報』2018年9月上旬号)
俳優と俳優、俳優と監督とで、しっかり親密さを分かち合ってから撮影に入っていたのだ。
それ故の濃密な空気感であったのだ。
石橋静河は語る。
私は、こういう撮影ははじめてだったんです。函館のロケーションでみんなで長い期間、ずうっと一緒にいるっていう。「僕」と「静雄」、ふたりそれぞれの流れや、監督の「こういうシーンにしたい」という意思に乗っかって、あとは何も考えないで、「心を裸」にして存在していられればいいんだろうな、と思って自由にやらせてもらいました。(『キネマ旬報』2018年9月上旬号)
この三宅唱監督の手法が、最も効果が現れているのが、
クラブで踊っているシーンである。
普通は、音を鳴らさないで撮ることの多いこのシーンを、
本物のクラブで、同時録音で撮ったのだという。
撮影に入る前に、音楽を担当したHi'SpecとOMSBとで実際にライブして、
1回会場を温めて撮影に入ったというのだ。
三宅唱監督は語る。
温まりすぎて、「もうこのまま行こう!」と撮影に突入して、そこからノンストップ。自分は普段遊ぶときと同様に、踊ったりうろうろしていただけで、あのシーンはスタッフの現場力の賜物ですが、本当に幸福なグルーヴ感が生まれてた。撮影の四宮秀俊さんも助手の下川龍一くんにカメラを渡して一瞬だけ踊ってたし、照明の秋山恵二郎さんが揺らしながら光を当てているのをみた時は感動したな。制作の城内政芳さんはなぜか泣きながら踊ってた。(『キネマ旬報』2018年9月上旬号)
このクラブのシーンで、最も輝いていたのが、石橋静河だ。
彼女が、ひとり踊るシーンがあるのだが、
これが実にカッコイイ。
このシーンを見るだけでも、この映画を見る価値はあると言える。
石橋静河は語る。
わたしがクラブで踊っているあの感じは、東京にいたらできなかったかも知れないです。函館で長時間過ごすという特別な時間のなかで、のびのびとできたのがよかった。(『キネマ旬報』2018年9月上旬号)
朝まで、踊ったり語り合ったりして過ごし、
「そろそろ朝日が出るから、クラブから出るシーン、撮るよ~」
みたいなノリで撮影したとのこと。
ビリヤードや卓球で遊ぶシーンも、
「疲れ切るぐらい楽しまないと伝わらない」
と、30~40分、長回しで、クタクタになるまで撮ったとか。
三宅唱監督は語る。
「青春映画」をみると、人生のとりかえしのつかなさ、もう二度と同じことが起こらないという感覚が敏感になります。「きみの鳥はうたえる」では、人生が一度しかない残酷さを、「絶望」とかではなくて「二度とないくらい輝いている瞬間」として捉えたかった。僕は佐藤泰志が書いたこの小説を読んで、幸せな瞬間もまたとりかえしがつかない、と強烈に感じたし、どうしてもそれが撮りたかった。そのために、僕ら自身もまた、もう二度とできないと思えるくらい真剣に遊ぶように、映画作りに熱中する必要があったんだと思う。(『キネマ旬報』2018年9月上旬号)
三宅唱監督の想いは、素晴らしい映像となって、
我々を楽しませ、我々も彼らの中に入って遊んでいるような錯覚を起こさせる。
「僕」を演じた柄本佑。
『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年3月17日公開)での演技も素晴らしかったし、本作での演技も秀逸で、
今年公開された映画を対象とする映画賞では、
最優秀主演男優賞の有力候補であると思う。
配偶者である安藤サクラも『万引き家族』で素晴らしい演技をしていたし、
夫婦でW受賞の可能性もある。
静雄を演じた染谷将太。
今年は、
『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎 』(2018年2月24日公開)
で主演(空海)したが、
演技は素晴らしかったものの、
作品そのものは凡作で、(チェン・カイコー監督にはガッカリ)
このブログにはレビューも書いていないが、
『パンク侍、斬られて候』(2018年6月30日公開)
での怪演と、本作での好演もあり、
なんらかの賞を獲るかもしれない。
佐知子を演じた石橋静河。
『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』での初々しい演技が懐かしくなるほど、
本作では“女”の演技になっていて、ちょっとビックリ。
順調に女優として育っているのが嬉しい。
今年(2018年)は、
ロックバンド、シーナ&ロケッツの鮎川誠&悦子(シーナ)の半生を描いた、
福岡発地域ドラマ 「You May Dream」(2018年、NHK総合)で、
主演のシーナを演じて評判になったが、
今後も、映画で、
『生きてるだけで、愛。』(2018年11月9日公開)
『二階堂家物語』(2019年1月25日公開)
『いちごの唄』(2019年公開予定)
『21世紀の女の子』(2019年公開予定)
などの出演作が控えており、
益々の活躍が期待される。
柄本佑、染谷将太、石橋静河が、
「終わらない夏」の中を生きている傑作『きみの鳥はうたえる』。
映画館で、ぜひぜひ。
私も“あの夏”にもう一度逢いたいと思う。