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※ネタバレしています。
私の場合、
中学時代までは野球少年だったので、
本は高校生になってから読み出した。
間違って進学校に合格し、
周囲のレベルに追いつくために読書を始めたのだ。
だが、本の魅力に取り憑かれ、
結局、勉強はせずに、3年間、本ばかり読んでいた。
その高校時代にボードレールの詩集『悪の華』に出合った。
愛読した詩集だったので、
旧字体の「惡」を使った『惡の華』という映画が公開されることを知り、
興味を持ってちょっと調べてみた。
どうやら、漫画が原作のようだ。(押見修造の同名コミック)
累計発行部数300万部を記録した人気コミックで、
テレビアニメ化もされたようだが、
私は知らなかった。
伊藤健太郎が主人公を務め、
玉城ティナ、秋田汐梨、飯豊まりえが主要キャストとして名を連ねている。
監督は、『覚悟はいいかそこの女子。』の井口昇。
9月27日に公開されたが、
〈そのうちに見に行こう……〉
と思っていたが、
秋になって見たい映画が目白押し状態となり、
後回ししているうちに、1日の上映回数が減ってきて、
ついに1日1回の上映になってしまった。
〈今見に行かないと見逃してしまう……〉
と思い、
急遽、映画館に駆けつけたのだった。
山々に囲まれた閉塞感に満ちた地方都市。
中学2年の春日高男(伊藤健太郎)は、
ボードレールの詩集「惡の華」を心の拠り所に、
息苦しい毎日をなんとかやり過ごしていた。
ある放課後、
春日は教室で憧れのクラスメイト・佐伯奈々子(秋田汐梨)の体操着を見つける。
その匂いを嗅ぎ、恍惚となる。
物音がし、驚いた春日は、
体操着を掴み、その場から逃げ出してしまう。
その一部始終を目撃したクラスの問題児・仲村佐和(玉城ティナ)は、
そのことを秘密にする代わりに、春日にある“契約”を持ちかける。
この日から仲村に支配されるようになった春日は、
彼女の変態的な要求に翻弄されるうちに絶望を知り、
自らのアイデンティティを崩壊させていく。
やがて「惡の華」への憧れにも似た魅力を仲村に感じ始めた頃、
2人は夏祭りの夜に大事件を起こしてしまう……
3年後。
高校生になった春日は、
古書店で「惡の華」を手にする常盤文(飯豊まりえ)を見かけ、
声をかけたことがきっかけで親しくなる。
親しくなるにつれ、春日のことをもっと知りたいと思った常盤は、
春日が過去に縛られていて、その原因が仲村佐和であることを知る。
街で偶然会った佐伯奈々子から、
仲村の現住所を教えてもらった春日は、
過去にケリをつけるため、仲村に会いに行こうとするのだが、
常盤も「一緒に行く」と言い出すのだった……
いつものレビューでは予告編を最後に置いているが、
今回は、まず予告編を見てもらいたい。
予告編を見た限り、
いかにも漫画が原作の、
突飛な設定の学園ドラマのような気がしたのだが、
これほど予想を裏切られた作品はなかったような気がする。
はたしてその実態は……純度の高いヒリヒリするような青春映画であったのだ。
「傑作!」と言っていいでしょう。
前半は(予告編を見た通りの)予想通りの展開で、
〈まあ、こんなものか……〉
と思いながら見ていた。
だが、主人公である春日高男(伊藤健太郎)の想いが、
佐伯奈々子(秋田汐梨)から仲村佐和(玉城ティナ)へ移り変わる頃から変化が生じ、
昔のATGの映画を見ているような妙な気分になった。
ありふれた漫画チックな映画だと油断していたら、
〈もしかしたら案外“傑作”かも……〉
と思い始めてしまったのだ。
そして、
「2人は夏祭りの夜に大事件を起こしてしまう……」
とストーリー紹介に書いたシーンで、
〈おお~〉
と思ってしまった。
ここから少しネタバレするが、
夏祭りのやぐらの上で、
春日と仲村は、ガソリンを被って焼身自殺をしようとするのだ。
このシーンに至り、私は、昔の映画『小さな悪の華』のラストシーンを思い出してしまった。
『小さな悪の華』は、日本では1972年3月に公開され、
公開時のキャッチコピーは、
「地獄でも、天国でもいい、未知の世界が見たいの! 悪の楽しさにしびれ 罪を生きがいにし 15才の少女ふたりは 身体に火をつけた」
15歳の少女、黒髪のアンヌとブロンドのロールが主人公で、
寄宿学校に通う二人は、バカンスを利用し、
盗みや放火、また牧童を誘惑したり、庭番の小鳥を殺害したり、悪魔崇拝儀式を取り行うなどの残酷な行為を繰り返していく。
やがて二人の行為はエスカレートし、死の危険を孕んだ破滅的な終局へ向かう。
1970年にフランスで公開されるやいなや、
その反宗教的で淫靡な内容からフランス本国を初めとする各国で上映禁止となり、
アメリカと日本でしか上映されなかった問題作。
私は、公開から数年後に、
東京の名画座のような映画館(池袋にあった文芸座など)で数回見たが、
とても衝撃を受けたのを憶えている。
物語のモチーフとなったのは、
1954年に、ニュージーランドのクライストチャーチで実際に起きた、
アン・ペリーによる殺人事件。
アン・ペリー(1938年10月28日~)は、
有名なイギリスの女性小説家であるが、
(なんと)実際に起こった殺人事件の犯人でもある。
殺人事件の犯人が、後にミステリー作家になったのだ。
アン・ペリーの出生名はジュリエット・マリオン・ヒューム。
ジュリエットは、ロンドンに生まれたが、
1948年、父ヘンリーがクライストチャーチのカンタベリー大学学長に就任したのを機に、一家揃ってニュージーランドへ移住。
後に通うことになるクライストチャーチ女子高校で、
ジュリエットは、ポーリーン・イヴォンヌ・パーカーと出会う。
親友となったジュリエットとポーリーンは、創作を志すようになり、
二人で創作したファンタジー小説の世界で、
ジェームズ・メイソンやオーソン・ウェルズら有名俳優らと一緒に暮らす空想に耽り、
性的な関係を持つまでに至る。
このことを知った2人の両親は恐慌をきたし、
特に、名門大学の学長として世間体にこだわる父ヘンリーは2人を引き離すため、
ジュリエットを南アフリカへ移住させるという強硬手段に訴えようとした。
ポーリーンの母・オノラがこの計画の急先鋒だと勝手に思い込んだ二人は、
それを防ぐために殺人を計画。
1954年6月22日、オノラとクライストチャーのヴィクトリア・パークへ行く途中、
装飾石をわざと落としてオノラに拾わせ、かがんだオノラをレンガで撲殺した。
二人は一度の殴打で死ぬと思っていたが、実際には20回以上殴ったという。
事故死に偽装しようとしたものの、
事故死というには不自然すぎる状況や、
素人目にも明らかな稚拙な偽装工作から、
警察は2人を追及したところ、犯行を自供したため逮捕された。
数年で仮釈放されてイギリスに帰国したジュリエットは、
転職を繰り返した後、歴史小説を執筆しはじめる。
義理の父の名字を取って、アン・ペリーと改名し、
1979年、処女作"The Cater Street Hangman" を上梓。
しかし、認めてもらえず、推理小説に転身し、成功。
ヴィクトリア朝を舞台にトマス・ピットと記憶喪失の私立探偵ウィリアム・モンクらが活躍するシリーズが代表作。
1999年にオットー・ペンズラー(英語版)が編んだアンソロジー『殺さずにはいられない2』に収録されている短編「英雄たち」が、2001年にエドガー賞 短編賞を受賞。
2003年までに、47冊の小説と数冊の短編集を上梓し、
イギリス、アメリカで300万部以上売れたベストセラー作家になっている。
このアン・ペリーによる殺人事件をモチーフにした映画は、
『小さな悪の華』の他にも、『乙女の祈り』(1994年)があり、
こちらはジュリエットを『タイタニック』(1997年)で有名なケイト・ウィンスレットが演じている。
……話が脱線してしまったが、
原作者である押見修造は、
この映画『小さな悪の華』に影響を受けているのではないかと思ってしまった。
あの夏祭りのシーンは、
それほどのインパクトがあったし、
この映画を「傑作」へと押し上げる推進力になっていた。
主人公の春日高男を演じた伊藤健太郎。
1997年6月30日生まれの22歳。(2019年10月現在)
井口昇監督作品『覚悟はいいかそこの女子。』(2018年10月12日公開)にも出演していたが、
最近、最もインパクトのあった出演作は、
TVドラマの『今日から俺は!!』(2018年10月14日~12月16日、日本テレビ)であった。
毎回楽しみに観ていたドラマで、
伊藤真司役はまさにハマリ役であった。
『今日から俺は!!』ではツッパリ高校生の役であったが、
本作では、ちょっと気の弱い、
中学2年生と、その3年後の高校2年生の役をうまく演じ分けており、
感心させられた。
仲村佐和を演じた玉城ティナ。
1997年10月8日生まれの22歳。(2019年10月現在)
映画には今年だけでも、
『チワワちゃん』(2019年1月18日公開)
『Diner ダイナー』(2019年7月5日公開)
に出演しており、
特に『Diner ダイナー』では素晴らしい演技を見せており、
このブログのレビューで絶賛したのだが、
本作『惡の華』でも振り切れた演技で、強烈な印象を残す。
『Diner ダイナー』と『惡の華』だけでも、
「一日の王」映画賞の最優秀助演女優賞にノミネートされそうな勢いなのだが、
年内には、
『地獄少女』(2019年11月15日公開予定)
という主演作も控えており、
さらに、来年(2020年)初頭にも、
『AI崩壊』(2020年1月31日公開予定)
という出演作も待っており、
今、最もノッている若手女優の一人と言えるだろう。
佐伯奈々子を演じた秋田汐梨。
2003年3月19日生まれの16歳。(2019年10月現在)
玉城ティナが演じた仲村佐和が本作でのアンチヒロインとするならば、
秋田汐梨が演じた佐伯奈々子は、
本作での正統派ヒロインと言えるだろう。
映画『惡の華』は、この二人のWヒロインで成り立っているのだ。
数百人のオーディションを経てキャスティングが決まったというだけあって、
その演技力は本物であった。
伊藤健太郎、玉城ティナがすでに成人しているのに対し、
秋田汐梨自身は(撮影時は)まだ15歳であったのだが、
春日が片思いするクラスのマドンナ・佐伯奈々子を実に魅力的に演じていた。
常磐文を演じた飯豊まりえ。
1998年1月5日生まれの21歳。(2019年10月現在)
「飯豊まりえ」は「いいとよ・まりえ」と読み、本名は「飯豊万理江」とのこと。
山好きなら「飯豊連峰」をすぐに思い浮かべ「飯豊」は「いいで」と読みそうだが、
「いいとよ」なのである。(笑)
最近では、
『サイン-法医学者 柚木貴志の事件-』(2019年7月11日~9月12日、テレビ朝日)
での好演が印象に残っているが。
派手さはないものの、堅実な演技で魅せる。
本作『惡の華』では、役柄的に、主要4人の中ではもっとも大人であり、
過去に縛られる春日高男(伊藤健太郎)を助ける役目を果たす。
春日と一緒に仲村に会いに行き、
(本作のラスト近くで)三人で海辺で戯れるシーンは素晴らしかった。
青春映画として語り継がれる名シーンになっている。
「変態」「クソムシ」などの言葉が連呼され、
ぶっ飛んだ漫画チックな映画と思いきや、
なんとも壊れそうな純な心を持った若者たちの青春映画であった。
そういう心を持った若者たちや、
そういう心を持ったまま大人になったかつての若者たちに捧げられた映画であった。
映画館でぜひぜひ。