そろそろ選択的刈り払いもしなければと思いつつ水見回りの途中で気が付いた「吾亦紅の株が無い」。食草園の一角でトレイル脇の草むらの大きい株ではないのだが5株ほどあったのだ。生えていた場所を確認するまでもなく「盗掘」である事は明白で踏み込み跡はあるし掘り取った窪みもある。
不特定多数が訪れるようになって周辺の荒らされ方は顕在化する一方である。掘り取り目的でうろつく人も珍しくは無くなった。「環境創出」も保全に必要だろうと繁殖や株分けなどを行い自然に見える景観を構築すれば「自然の物」として「ラッキー!」状態だし、支柱や杭を打てば「ここにあります」状態になってしまうし、まあ、どちらに転んでも「弱き者は手入れする者」に他ならない。
こういうリスクを前提に分散させてもいるのだけれど「あそこにもここにもある。私が盗っても…」を誘発させている気もしてくる。毎度の事なのだが人が行う行為からの保全には打つ手立てがない。そう、「鬱手立て…」。今はヤマユリやササユリの蕾が大きくなってくる時期でもあるのだが盗掘を避けるために摘蕾しなければ「開花して消滅」する現実はやりきれないものがある。
踏み跡だらけ
残るは窪み
不特定多数が訪れるようになって周辺の荒らされ方は顕在化する一方である。掘り取り目的でうろつく人も珍しくは無くなった。「環境創出」も保全に必要だろうと繁殖や株分けなどを行い自然に見える景観を構築すれば「自然の物」として「ラッキー!」状態だし、支柱や杭を打てば「ここにあります」状態になってしまうし、まあ、どちらに転んでも「弱き者は手入れする者」に他ならない。
こういうリスクを前提に分散させてもいるのだけれど「あそこにもここにもある。私が盗っても…」を誘発させている気もしてくる。毎度の事なのだが人が行う行為からの保全には打つ手立てがない。そう、「鬱手立て…」。今はヤマユリやササユリの蕾が大きくなってくる時期でもあるのだが盗掘を避けるために摘蕾しなければ「開花して消滅」する現実はやりきれないものがある。

