

「黒い花は黒い花びら あの人のあの人の黒い背広 今はもう消えてしまった遠い夢・・・」で歌い出す歌謡曲は西田佐知子だったかコロムビア・ローズだったか思い出せない。「黒い花びら」で検索しても水原弘やちあきなおみだけである。好きな存在が消え去って行くのが旅路である、なんちゃって…。
さて消失でも卵塊の話なのだが、ニホンアカガエルの卵塊、温水田に産卵したのが一番最後である。堤の水際に近く林道より視認できる距離なので不安もあったのだけれど、今期、15卵塊ほど産み落とされたから油断してしまった。見えにくい場所に移動させなかった。
前日、泥浚いのために送水管でバイパスを作った時には変わらぬ位置にあったのだが、この日の水見回りでは確認できなかった。卵塊の位置は田の中に入らずとも容易に手が届く距離にあった。水際に靴跡らしい窪みが認められたから持ち去られたのは間違いないだろう。
生物に限らず植物も一旦その存在が知られた時から盗掘や踏み荒らしの被害が始まる。この日の見回りコースにあったタラノキの新芽、山ウドの株はことごとく消えていて、タラノキは途中から切り取られている。
このような扱いは毎度の事なので驚きもしないけれど、国の高官、政府要人、はたまた日本を代表する様な企業や人々が隠蔽や改ざん、出鱈目し放題、等に留まらず「なんでも有り」の手太楽では下々も習う訳である…。
技術立国・独立国家など遠い夢物語で、手っ取り早い「観光客」だのみに国を上げシフトして行くご時世を見ると「鳥かごの中の小鳥」、「ベットで食事を与えられる病人」のような国家の印象を持つのは小生だけだろうか。
早い話が、餌のやり手や介助者がいなくなれば死ぬだけで、その観光資源も食い荒らされるのは見ずとも自明だ。
生活基盤や持ち物を外国に売る生活、あるいはカラス金の日々では、おっつけ破綻は目に見えて…いないのだろう。スマホ崇拝に似て「この刻が良ければそれで良い」のだ。