トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

ビビビッとはこういう事…

2018-11-23 | 感じるままの回り道
 今季、というより近年まれに見る大仕事が終わった。この程度の作業はまだ数か所残っているが、それはそれとして「こういうことか…」と得心した一文。
        子曰わく
        譬えば山を為るが如し。
        未だ一簣を成さずして、止むは吾が止むなり。
        
        例えば地を平らかにするが如し。
        一簣を覆すと雖も、進むは吾が往くなり。       (子罕第九)

 本ブログの一覧を探してみたら2013年に初期の集水路の記事があったけれど掘削時の記事は見いだせなかった。
 その翌年の2014年、幅1mに拡幅し、2016年に法面に段差工を施している。随分昔に処置したような記憶だが意外と年数は経過していなかった。
 そして今年、2018年に再度、というより再再度なのだが幅を拡幅し、それに続いて沈泥池を取り込む形で延長拡幅した。周囲の水辺より手間暇労力の掛け方が断然異なるのは「水が涸れない一角」という事に尽きる。

 2013年、初期の集水路。幅は50㎝程度である。左側に泥水池3はまだ造成されてはいない。

 2014年、1回目の拡幅で幅1mになった。護岸のため両脇水際線に丸太を据える。

 2016年、上棚との法面に土留めの段差工。この後、2回目の拡幅で幅120㎝超に拡幅した。

 2018/10、堤の幅そっくり移動させ3回目の拡幅で約2m。

 2018/11,沈泥池の一部と接続させ延長の最終拡幅

 胸には「ビビビッ」ときても腰には「ビシビシ」、肩に「ピリピリ」と身体部位により捉え方や心証が異なるのは人生のご愛嬌で、仕上げは台所の換気扇の下、お灸で素っ頓狂な「a爺a爺!」とお爺は独り呻くのだ…。
 とは言え、親が名付けた「栗栄太」、その名に恥じぬようクリエイティブにビジョンを具現化しようとすればするほど、若くは無くなった心身に負担が大きくなったかも。
 あげくは今夜も夜間疼痛と仲良く眠る事になるのだろうけれど、まあ、お仕置きされるいわれは思い浮かばぬが「月に変わってお仕置きよ!」なら納得したーい…。