代表から「台風15号の被害状況をみて意見が欲しい」と請われ翌日に時間を合わせて棚田に行った。この谷あいの棚田は活動を開始した時に合わせ復元した棚田である。当時は大型のシダ植物の密生地となっていて刈り払った跡地からは昔の姿を偲ばせる棚田跡が現われた。
この棚田の畔や法面、水路を整備して米作りできるまでに復元、それ以来ボーイスカウトの体験活動に供している。今期は田植えまでは行えたのだが稲刈りの直前になり大量降雨で沢筋の大崩壊に遭い、多少の復旧作業はなされたものの子供たちを渡すには危険である状況は排除できず稲刈り体験は中止となったのだ。
小生は棚田の維持管理からは手を退いて「生物生産緑地・水域」の維持保全を主眼にしてきたから棚田の保守保全作業とはご無沙汰だったけれど他に代わる人のいない現状では足を運ばざるを得ない。小生は小生で水系の復旧作業に傾注しての結果、腰痛再発で作業どころでは無いものの「歩く」だけならリハビリの範疇だからと出かけてみたのだ。
棚田上段部、沢水を取水していた箇所に大量の崩落土砂の流入で水路と1枚目の棚田は埋まっていた。まずはここの水路を再形成しないと溢れる水は棚田を埋めるように作用する。故に最初の作業はこの水路と取水口の復旧である。
上棚部取水口付近の氾濫
棚田脇の水路のほとんどは深くえぐられてはいたものの破壊は免れたが棚田最終段の脇斜面が滑り落ちて水路を塞ぎ溢れた土砂の流入で棚田の半分ほどは埋まっている。
ここも水路を早く形成して棚田への侵食を防がねばならない。ただ元の水路を復旧させるには立ち木の根株もろとも滑り落ちているから排除には多大の手間を要するし水路を復旧したとしても斜面にはすべり残りがあり、おっつけ埋まる事になろう。それよりも崩壊部前面に新たな水路を築いた方が良いだろうと判断した。
手当は決まったけれど代表独りの作業では来春の田植えには間に合うだろうがいささか重荷に思える。小生の守備範囲ならば独りで行うけれど請われた以上、壊れた部分を「独りで修復しなさい」とは言えない相談で腰痛が快癒してから手伝う事にした。ホント、小生は腰が痛むほどのモテ期で快癒を許さず格好の再発条件があるモテ期だ。父母の世代以前はこんななんやらで腰を曲げざるをいなかったのだろうな。
最下棚脇の崩壊氾濫部