澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

『ゴジラ-1.0』は★★★星三つ

2023年11月15日 04時23分52秒 | 音楽・映画

 火曜日(14日)の昼、リニア新幹線工事が進む駅の近くにあるシネコンに出かけ、「ゴジラ-1.0」を見てきた。一時半に上映開始、観客は十数人だった。

 この映画については、ネタバレが禁じられているようなので、詳しくは書かないが、私の感想では、星三つ★★★だろうか。まず、ストーリーが杜撰で稚拙。最後の結末を見ると、それまでの展開が何だったのかという感じ。さらに、主演男優の凡庸な演技、ひどい滑舌の悪声(鼻声)が全体の印象を悪くしている。

 とはいえ、特撮の部分は素晴らしい。ゴジラの都市破壊、戦艦との交戦画面などは、ファンにとっては大歓迎の出来だろう。私的には、米軍の爆撃により廃墟となった「帝都」東京の光景や、「戦災」にもめげず自力で復興に歩む庶民の姿は、よく描かれていると思った。「戦災」の被害者に対して、敗戦国となった日本政府はほぼ何もしなかった。財政的にも、東日本大震災時の「復興住宅」のような支援は無理だった。

 主人公が自力で建てたバラック住宅には、電気製品と言えば、裸電球とラジオがあるだけ。TV、冷蔵庫、洗濯機などが普及するのは、ずっと後になってから。私自身も、その変化のプロセスを体験しているから、実証的な映像には感心した。

 ゴジラが来襲するのを知りながら、政府はそのことを公表しない。「この国は、重要なことを国民に知らせない。誰かが責任をとることを避けるためだ!」というセリフは、東日本大震災やコロナ禍を身近に経験した我々の思いを代弁している。というか、ゴジラの存在そのものが大震災や戦争を象徴しているのだという見解ももっともだと思えてくる。

 同調圧力、無限無責任体制、事なかれ主義‥‥その根源にあるものは?それを糺(ただ)さないと、いつでも「特攻」の繰り返しだ!この国は‥。

 

【予告】映画『ゴジラ-1.0』《2023年11月3日劇場公開》


ニール・セダカのいま Today's mini concert by Neil Sedaka

2023年01月30日 12時07分31秒 | 音楽・映画

 ニール・セダカは、1950年代後半から1970年代まで、米国のポップスシーンで一世を風靡し        た大歌手。シンガーソングライターの先駆けである彼は、「オー・キャロル」「カレンダーガール」「悲しき慕情」「雨に微笑みを」など数々のヒットを飛ばした。ジュリアード音楽院出身であるので、そのピアノのテクニックは抜きんでていた。

 たまたま、YouTubeでオールディーズを検索していたら、珍しい映像を見つけた。「Today's mini concert」とタイトルで、ニール・セダカ本人が弾き語りをUPしている。彼は今年で84歳。普通の歌手だったら、老いた姿をさらして、こんなことはしないだろう。

 ニール・セダカの誠実な人柄が伝わってくるような映像で、心温まる思い。悠々自適な毎日、好きな音楽を世界中のファンに届ける。いいなあ、と思った。

Today's Mini-Concert - 1/4/2021


エリザベス女王のワルツ QUEEN ELIZABETH WALTZ - MANTOVANI & HIS ORCHESTRA (1953)

2022年09月11日 12時22分32秒 | 音楽・映画

 エリザベス 女王崩御のニュースを聴いて、思い出したのが「エリザベス女王のワルツ QUEEN ELIZABETH WALTZ」。1953年にリリースされたマントヴァーニ楽団のアルバム所収の一曲だ。
 この曲はCD集「華麗なるマントヴァーニの世界」(ユーキャン社)にも収録されている。実は、この選曲は私自身がおこなったもの。収録200曲の中にこの一曲をいれておいてよかった、と思った。
 謹んで哀悼の意を表したい。

 

QUEEN ELIZABETH WALTZ - MANTOVANI & HIS ORCHESTRA (1953)


ウクライナの原型を見る Половецкие пляски韃靼人の踊りと合唱(日本語訳)

2022年04月18日 19時16分35秒 | 音楽・映画

 ウクライナ戦争の悲劇については、大いに同情する私だが、マスメディアの報道には同調できないことが多い。
 それは、戦争の原因、背景について、詳細な分析がなされず、「戦争は悪い」「平和は尊い」という視点からの情緒的な報道が続けられているからだ。同時に、ロシア人、ウクライナ人の国民性、民族性が問われることも少ない。

 ここに、ウクライナ、ロシアの原型ともいえる映像がある。ボロディンの有名な「韃靼(だったん)人の踊りと合唱」だが、この日本語の歌詞は、日本人の感覚を超える世界を描いている。モンゴル帝国の流れをくむ「ハン」への賛歌、敵には無慈悲を、配下には美女をといった、遊牧民のしきたり、大草原の故郷への思いなど、「一所懸命」「忖度」の日本人とはまさに対極の世界だ。

 興味がある方は、ぜひ歌詞を見ていただきたいと思う。

Половецкие пляски韃靼人の踊りと合唱(日本語訳)


映画「返校~言葉が消えた日」を見る

2022年04月02日 08時36分13秒 | 音楽・映画

 アマゾンプライムで映画「返校~言葉が消えた日」(台湾 2019年)を見る。迂闊にも私は、これまでその存在を知らず、予備知識もないまま見たので、かなり驚き当惑した。

 台湾映画と言えば、「海角七号」(2008年)が印象的だった。台湾と日本の歴史的絆を描いた作品で、台湾人がこんな風に「日本」のことを思っているのかと知った。私の世代は、中華民国(台湾)対中華人民共和国、国民党対中国共産党、蒋介石対毛沢東というような対立図式で歴史教育を受けてきたから、「台湾人」の存在に思いを致す機会がほぼなかった。だが、この映画では、日本統治時代が懐かしく、肯定的に描かれているので、「自虐史観」の呪縛を解くのに大いに役立った。

 さて、「返校」は、1962年当時の台湾の高等学校で起きた事件を描く。1945年、日本統治時代が終わり、1947年には、台湾に「進駐」してきた中国国民党の軍隊が、「ニニ八事件」を引き起こし、二万八千人と言われる台湾人を虐殺する。台湾を「接収」した蒋介石の国民政府は、「反共」「大陸反抗」を叫び、四十年もの間「戒厳令」を発して、恐怖政治を行った。そんな蒋介石独裁時代の学校生活を、この映画で初めて見ることに。高等学校内での反共教育と軍事訓練の実施、危険図書の閲覧禁止、校内における華語(北京語)の強制(=台湾語の使用禁止)など、本を通じて知ってはいたものの、やはり映像は具体的で空恐ろしさを感じさせる。

 台湾の友人にこの映画を見たことをメールしたら、次のような返事があった。「1961年、わたし三歳です。1996年、李登輝が大統領に当選した。(それから)自由な社会になり続けるんです。小学生のとき、中国語で話さなければいけません。皆はこの事件を忘れないんです。」(原文のまま)

 ホラー的な脚色がなされているとはいえ、この映画の内容は、ほぼ事実で、一般の台湾人の記憶に刻まれているようだ。

 

台湾 若者が支持した「ホラー映画」日本上陸へ


映画「ひまわり」は本当に反戦映画なのか?

2022年03月18日 15時45分37秒 | 音楽・映画

 ウクライナ戦争で突如、往年の映画「ひまわり」(1970年 イタリア映画)に脚光が浴びているようだ。さきほどのニュースによると、目ざとい配給会社がこの映画の再上映を始めていて、評判は上々だという。観客の多くは、ウクライナの状況とダブらせて、この映画を「反戦映画」として見ているようだった。

 だが、この映画は、純粋な反戦映画などではない。映画が制作された1970年といえば、米ソ対立がデタント(緊張緩和)の時代に入り、西側から「鉄のカーテン」の向こう側に入って、映画撮影が許される状況が生まれた。そこで、イタリア映画である「ひまわり」に白羽の矢が立った。第二次大戦下、イタリア兵として対ソ連(ウクライナ)戦線に駆り出された主人公(マルチェロ・マストロヤンニ)が、戦争終結後にもウクライナに留まり、現地の女性(リュドミラ・サベリエワ)と結婚する。夫が生きていると信じる妻(ソフィア・ローレン)は、戦後25年を経て、ソ連(ウクライナ)に夫を探しに行く。それがおおよそのストーリーで、当時の観客にとっては、初めて垣間見るソ連の光景、ロシアのとびきり美人女優などが新鮮だったはずだ。一面に咲き誇るひまわりは、実はソ連の国花だったというのも、ソ連当局とのタイアップを示していると言えよう。
 つまり、この映画は、反戦映画というよりも、デタントの時代を反映した、変種の「恋愛映画」というべきだろう。ウクライナの現況をこの映画とダブらせるのは自由だが、リアルタイムでこの映画を見た私は、かなり違和感を覚える。
 
 信じられないような事実を指摘しておくと、1945年5月、イタリアのムッソリーニ首相は群衆によって縛り首にされる。新たな政府は、同年7月、日本に対し「宣戦布告」する。日独伊三国軍事同盟の盟友であったイタリアがである。「国体護持」「一億玉砕」を叫ぶしかない日本とは真逆に、イタリアは敗戦国か戦勝国か分からなくなるようなグダグダな、よく言えば狡猾な政治過程をたどった。これを「伸びしろを残した敗戦」と評価する評論家もいる。こう見てくると、マルチェロ・マストロヤンニが扮するイタリア兵の人生の軌跡は、まさにイタリアの辿った「戦後」を暗喩しているように思える。

 この映画のテーマ曲は、文句なく素晴らしい。ヘンリー・マンシーニが指揮するRPO(ロイヤル・フィルハーモニー・ポップス・オーケストラ)の演奏会(サントリー・ホール 1992年頃)で、マンシーニ自身がピアノを弾きながらこの曲を演奏した。その光景は今でも焼き付いている。この映画の真髄は、デタントの時代的雰囲気とこのテーマ曲に尽きる。  

 

 

ソフィア・ローレン、Sophia Loren 「ひまわり Sunflower I girasoli~Love Theme~」ヘンリー マンシーニ Henry Mancini


桐朋学園オーケストラ定期演奏会

2022年01月16日 18時39分17秒 | 音楽・映画

 桐朋学園オーケストラ定期演奏会に行く。今回、会場が1300人収容のホールから、定員506名のホールに変更になった。初めてのホールなので、どんな響きがするのか、特に興味深く聴いた。

 プログラムは次のとおり。

1 シューベルト;交響曲第7番ロ短調「未完成」
2 ドビュッシー;小組曲
3 ファリャ;バレエ音楽「三角帽子」第一組曲、第二組曲

 矢崎彦太郎(指揮)桐朋学園オーケストラ(管弦楽)

 「未完成」の冒頭部、コントラバスの音を聴いて、まず感じたのは、ホールの残響音が豊かだということ。従前のホールは乾いた(デッドな)響きだったので、オケのメンバーも響きの差を実感したに違いない。
 ホールの豊かな響きは、2 ドビュッシー;小組曲、3 ファリャ;バレエ音楽「三角帽子」第一組曲、第二組曲において特に効果的だったと思う。アマチュアとは思えない緻密な弦のアンサンブルに、多彩な木管の音色、柔らかな金管の響きが加わって、華麗な音楽を作り上げた。
 
 知人もこの演奏会に来ていたが、あまりお気に召さなかったようだ。独墺系の重厚な音楽を好む老人にとっては、ラテン系の華麗な音楽は少々うるさく感じたようだ。
 私は、往年のデッカ録音でアンセルメ&スイス・ロマンド管弦楽団の演奏で、これらの曲に馴染んでいたので、素晴らしい演奏が聴けたことに大いに満足。

 とにかく毎回、このオーケストラは、ほぼプロ並みのアンサンブルを聴かせてくれる。アマチュアの初々しさと、プロ並みの演奏技術。


フランク・プウルセルの貴重映像~Franck Pourcel : DVD L'INIMITABLE part 1 with English subtitles

2021年12月27日 22時35分02秒 | 音楽・映画

 フランク・プウルセルが楽団を指揮する映像を見つけた。数日前にUPされたもの。フランスで発売されたDVDのコピーらしいので、早晩消去されるかもしれない。興味のある方は、ぜひ今のうちに。

 フランク・プウルセル(Franck Pourcel)は、フランスの楽団指揮者、編曲者、作曲者として1950年代から80年代初めまで活躍した。「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」(I will follow him)は彼が作曲(原曲名はChariot)した。
 FM東京の「ジェット・ストリーム」の番組テーマは、彼の楽団の「ミスター・ロンリー」だった。また、トレンディー・ドラマが盛んな頃、「アドロ」が主題曲として使われ大ヒットした。
 そんなフランク・プウルセルなのだが、映像はさほど残されていないようだ。今回の映像は、私にとっては初めて見るもの。オーケストラの編成やライブ音源(スタジオ録音)は、今見ると貴重だ。

こちらから→→→ 

https://www.youtube.com/watch?v=pUcBZ5ZDMXM&t=1175s

 

Franck Pourcel : DVD L'INIMITABLE part 1 with English subtitles


「ホワイト・クリスマス」(マントヴァーニ楽団)を聴く

2021年12月12日 17時31分13秒 | 音楽・映画

 もう12月中旬。だが、以前ほど季節の移り変わりを感じない。歳をとったためか、あるいはコロナ騒ぎとも関係あるのか。

 そんな中、久しぶりに「ホワイト・クリスマス」を聴いてみた。五年ほど前、自分でアップロードしたマントヴァーニ楽団の演奏。BBC-TVで放送された「マントヴァーニ・ショウ」からのピックアップ。

 マントヴァーニというと、流れるような弦楽器の響き「カスケーディング・ストリングス」(Cascading Strings)で有名。「ムード音楽」「イージーリスニング・ミュージック」の王者として、二億枚ものアルバム(LPレコード)・セールスを記録した。今や知る人も減りつつあるが、初めて聴く人にとっては、華麗な弦の響きは新鮮だろう。

 この「ホワイト・クリスマス」の演奏を見ると、弦楽器(バイオリン、ビオラ)を四つのパートに分けて、カスケーディング・サウンド(滝が流れ落ちるような響き)を創り出しているかよくわかる。

 

ホワイト・クリスマス

1952 Mantovani - White Christmas


グレース・マーヤ(Grace Mahya) の歌声

2021年09月28日 14時59分59秒 | 音楽・映画

 グレース・マーヤ(Grace Mahya) という歌手・ピアニストを知ったのは、もう十数年前になる。CS音楽放送であった「ミュージック・バード」のライブ放送で、彼女の歌、ピアノ演奏を聴いた。素晴らしくクリアーな音に驚き、また彼女の英語の発音、ピアノ演奏には舌を巻いた。

 そんなグレース・マーヤは、いまどんな活動をしているのかと思い、ネットで検索してみた。どうやら、結婚して子供が生まれ、今は横浜で静かな生活を送っているようだ。コロナ禍でライブ活動もできない。その代わりに、自室からライブ演奏を発信している。それを見ると、成熟した女性になった彼女は、コロナ禍の収束を願い、英語と日本語でメッセージを発し、電子ピアノの弾き語りを聴かせてくれる。

 素敵な歌手なのに、そのアクセス数にびっくり。アクセスが1,000に満たないものがほとんど。これには、悲しくなった。

 興味ある方は、ぜひ聴いていただきたいと思う。

 

Lightning| Grace Mahya | original song| イナズマ| グレースマーヤ| オリジナル曲

SMOOTH OPERATOR| Sade| Grace Mahya |piano vocalist| グレースマーヤ|ピアノ弾き語り|シャデー

QUE SERA SERA: Grace Mahya : Piano Vocalist: ケセラセラ: グレースマーヤ:ピアノ弾き語り: リビングライブ: Living room Love Music

MY WAY | Piano Vocalist| ピアノ弾き語り| Grace Mahya|グレースマーヤ| マイウェイ|Good Morning With Love | Day 26


桐朋学園オーケストラ演奏会

2021年06月30日 22時56分05秒 | 音楽・映画

 先週末、桐朋学園オーケストラを聴く機会があった。

《プログラム》
ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第三番ハ短調
ドヴォルザーク:交響曲第八番ト短調

 指揮:齋藤友香理
 ピアノ:尼子裕貴 
 桐朋学園オーケストラ

 いつも思うのだが、桐朋学園オーケストラの演奏は、プロの交響楽団と比べてもそん色がない。アンサンブルの緻密さ、音量の豊かさ、各奏者の技量の点で、他大学のオーケストラを圧倒的に凌駕していると感じる。

 ドヴォルザークの交響曲第八番は、何度も演奏会で聴いたことがある。若い女性指揮者である齋藤友香理は、この有名曲をさっそうと演奏した。



 演奏会は素晴らしかったのだが、上の写真でわかるように、管楽器以外の奏者は全員がマスク装着。指揮者も例外ではなかった。だから、誰がどんな表情をしているのか、指揮者はどんな人なのかなどという、ビジュアル的な面はよくわからなかった。
 
 コロナ禍は、演奏会の楽しみを半減させていると感じた。入場人員も通常の半分だったというのは、笑えない冗談だが…。早くこんな状況が変わることを願わずにはいられない。


マントヴァーニ・ショー Mantovani Plays the Music of Dreams

2020年12月04日 20時05分36秒 | 音楽・映画

 往年の「ムード音楽」「イージーリスニング」の雄、マントヴァーニのTVショウ(1960年前後、英国BBCで放映)が、YouTube映像に次々とアップされている。つい最近まで、部分的にDVDで見られるだけだったから、ネット上での公開には大きな意義がある。マントヴァーニの名前を知らない人でも、その音楽はどこかで聴いたことがあるはず。

 「夢」をテーマにしたこの番組では、フォスターの有名な歌曲「夢見る佳人」(Beautiful Dreamer)が楽団演奏で奏でられる。マントヴァーニの特徴である「カスケーディング・ストリングス」(Cascading Strings 滝が流れ落ちるような音)が美しい。

 興味ある方はぜひ。

Mantovani Plays the Music of Dreams | Full HD Movies For Free | Flick Vault


山本直純とフィードラー、そしてボストン・ポップス

2020年06月14日 17時16分55秒 | 音楽・映画
 つい先日、黛敏郎が司会する「題名のない音楽会」の映像がいくつもYouTube上にUPされはじめた。話には聞いていたものの、初めて見る映像は実に興味深く、「コロナ鬱」が吹っ飛んだ。

 山本直純(1932-2002)は、作曲家、編曲者、指揮者として、クラシック音楽のみならず、ポピュラー音楽の分野にまで大きな足跡を残した。一方、アーサー・フィードラー(1894-1979)は、ボストン・ポップス・オーケストラの常任指揮者(1930-1979)として、クラシック音楽の大衆化に偉大な貢献を果たした。山本が「日本のフィードラー」と呼ばれたのも、故なしとはしない。

 実は、私の手元にこんな本がある。

"Arthur Fiedler~ Papa,the Pops,and Me"
by Johanna Fiedler (Doubleday Publishing NY, 1994)

 長女・ジョアンナによる父アーサー・フィードラーの回想録。この中には、貴重な写真もいくつか掲載されている。





 クラシック音楽の伝統などなかった米国で、その普及のため、ポピュラー(通俗的)な名曲をならべて、大衆を楽しまる音楽会の様式が考案された。それがポップス・コンサート、あるいはプロムナード・コンサートと呼ばれるもので、聴衆は肩ひじ張らずに気楽にオーケストラ音楽を楽しむことができた。その最大の貢献者が、アーサー・フィードラー。

 フィードラーも直純も今や遠く忘れ去られた存在になったが、思いがけずこの映像に接して、過ぎし日を思った。

山本直純とフィードラー 

服部 克久氏が死去

2020年06月12日 17時57分36秒 | 音楽・映画
 作曲家、編曲者として知られた服部克久氏が死去。自ら「東京ポップスオーケストラ」を主宰するなど、日本におけるイージーリスニング音楽の普及に貢献した。TV番組のテーマだった「自由の大地」など、大編成オーケストラによる演奏は、まさに独壇場だった。

 訃報を聞いて初めて知ったのだが、谷村新司の『昴(すばる)』はこの人の編曲だったという。歌謡曲には珍しいホルンを使った冒頭部は、言われてみれば服部ならではだ。
 服部良一の子息として何不自由なく育ち、高校を卒業してパリ音楽院(コンセルヴァトワール)に留学。1950年代半ば、一ドルが360円の固定相場、大卒初任給が一万円くらい、敗戦国の傷跡が残る暗い時代に、服部克久はパリに私費留学したのだから、いかに恵まれた環境に育ったか分かる。

 私がこの人の存在を知ったのは、1980年代後半になってオーケストラによるポピュラー音楽演奏が斜陽になるなか、マントヴァーニやポール・モーリアを継ぐべく、自らオケの設立、演奏活動に乗り出してからだった。NHK FMでもイージーリスニング音楽をテーマにDJをしていて、氏のこの分野の音楽への愛着を知った。

 私自身、ユーキャンがリリースしたCD集「華麗なるマントヴァーニの世界」の企画、選曲に携わったことがあり、ムード音楽、イージーリスニングには人一倍こだわりを持っている。服部克久氏の訃報をきいたとき、「ああ、これで日本のムード音楽、イージーリスニング・ミュージックも終わったな」と思った。残念だが、この種の音楽が脚光を浴びる日は二度と来ないだろう。

 服部克久氏に心よりご冥福を祈りたい。

服部 克久 / 愛おしき人生(2016)[新作初演]


服部克久さん死去 父の偉業引き継いだサラブレッド
[2020年6月12日7時1分]  

作曲家の服部克久(はっとり・かつひさ)さんが、11日午前8時42分、心不全のため、都内の病院で亡くなった。83歳だった。父服部良一さんの偉業を引き継いだ音楽界のサラブレッドとして、ヒット曲の作曲や編曲を数多く手掛けたほか、テレビ番組を音楽で彩るなど、各方面で活躍し、日本の音楽シーンの発展に尽力した。
   ◇   ◇   ◇
日本の音楽シーンを彩ってきた巨星がまた1人、逝った。5月中旬には、公式ホームページで「桜も散り、ゴールデンウイークも終わり、季節は雨のシーズンへと。僕はこの頃になると、音楽畑9に収録されている『緑の詩(うた)』が脳内でプレイされるんですよね。皆さんも古い音楽畑を掘り返して、聴いてみてください」とメッセージを掲載。関係者によると、最近まで近況をSNSにアップするなど、元気な様子だったという。
服部さんは1936年(昭11)、「東京ブギウギ」などヒット曲を生み出し、93年に国民栄誉賞を受賞した服部良一さんの長男として東京に生まれた。パリ国立音楽院に留学後、父と同じ大衆音楽の道を歩み、TBS系ドキュメンタリー番組「新世界紀行」のテーマ曲「自由の大地」や、「ル・ローヌ」「すごい男の唄」などの作曲をはじめ、谷村新司の「昴-すばる-」や、竹内まりやの「駅」など、ヒット曲の編曲を数多く手掛けた。
80年には、山口百恵さんの引退公演の音楽監督も務めた。またテレビでも、フジテレビ系「ミュージックフェア」の音楽監修をはじめ、TBS系「ザ・ベストテン」のテーマ曲を手掛け、CMや社歌も手掛けた。自作を思い通りに編曲プロデュースするアルバム「音楽畑」シリーズは、昨年まで22作に及ぶなど、作・編曲した作品は3万~4万曲を超えるとも言われている。
東京音楽大の客員教授のほか、国際博の音楽プロデューサーなど音楽活動のかたわらで、音楽祭の理事や審査員を務めた。また日本テレビ系「午後は○○おもいッきりテレビ」では20年近くコメンテーターを務めるなど、お茶の間にも親しまれた。
長男の隆之氏も作曲家として活躍し、孫の百音もバイオリニストとして活動中。昨年は、3人で共作した「ル・ローヌ(河)」を発表するなど、音楽一家として知られた。