SHM(Super High Material) CDが発売されて、もう何年になるだろうか。日本ユニバーサル・ミュージックが開発した高音質CDのブランド名称で、通常のCDプレーヤーでも再生可能なところが特長だ。その理論特性等については、次のブログ※に詳しい。
※ http://shm-cd.co-site.jp/about/
CDの売り上げが年々減少し、音楽メディアとしてのCDは、ネット上からPCへのダウンロードにとって代わられようとしている。レコード、オープンリール・テープ、カセット・テープがほぼ消滅したように、CDもまた同じ道を辿ろうとしているかのようだ。音楽はますます消耗品と化し、音質にこだわるマニアもまた消滅しようとしている。
最近、聴いてみたのは「魅惑のストリングス マントヴァーニ・オーケストラ」(日本ユニバーサル デッカ UICY80002 2009年リリース)だ。
「魅惑のストリングス マントヴァーニ・オーケストラ」(SHM CD)
この中に入っている「ラ・メール」「枯葉」「ラ・ロンド」の三曲を、①オリジナルのLP、②約20年前に日本でリリースされたオリジナル・アルバムCD、③3年前にリリースされた「華麗なるマントヴァーニの世界」(ユーキャン発売 10枚組CD)と比較試聴してみた。
②「コンチネンタル・アンコール」(London POOL20101 1989年)
③「不滅のカスケーディング・ストリングス」(ユーキャン版「華麗なるマントヴァーニの世界」所収)
「ラ・メール」「枯葉」は、1959年リリースされたマントヴァーニのオリジナル・アルバム(LP)「コンチネンタル・アンコール」(Continental Encores)所収。「ラ・ロンド」は、1958年のアルバム(LP)「ワルツ・アンコール」に入っている。
「ラ・メール」「枯葉」は、ストリングスを主体に、木管楽器が彩りを添え、金管楽器が控えめに背後にいるという配置。「ラ・メール」では、メロディ・ラインをホルンが受け持つ部分があるが、昔の日本盤レコードでは、この音がチェロなのかホルンなのか分からなかった記憶がある。「ラ・ロンド」では、かなりはっきりと金管楽器(トランペット)の音が入るので、SHM CDではどう再生されるか興味深い。
「コンチネンタル・アンコール」は、LPレコード時代、何度もジャケットを変えて国内盤が発売された。だが、英国デッカがプレスしたロンドン盤(米国発売)の音には遠く及ばなかった。ただし、LP時代の末期、キング・レコードが発売したスーパー・アナログ・ディスク(高音質LP)による「コンチネンタル・アンコール」は、他を圧して特段に音がよかった。
米国ロンドン盤LPの音質を最も忠実に引き継いでいるCDは、ユーキャン版の「不滅のカスケーディング・ストリングス」※だ。このCDの制作に当たっては、英国のVocalion社がリリースしているマントヴァーニのCDが、往年の「マントヴァーニ・サウンド」とはほど遠いという悪しき教訓から、オリジナル・マスター・テープに全く加工を施さないというポリシーが貫かれた。
SHM CDとオリジナルに忠実なユーキャン盤とを比較すると、SHMは①ヴァイオリンの音がきらびやかに響くが、②低音域のコントラバスは、異様なほど強調される。フルートなどの木管楽器は、SHMでは音の輪郭がクリアーになっているが、弦との解け合いはかえって悪くなっている。音像が不自然に拡大して、かえって聴きにくくなっているという印象だ。これはどうしてかというと、ミニコンポやパソコンで音楽を聴く人が多数派になっているからだと思われる。すなわち、その昔、音にうるさいオーディオ・ファンの存在を意識して、LPレコードはオリジナル・マスターをできるだけ忠実に再現できるようにマスタリングしていた。しかし今や、オリジナルの音などよりも、ミニコンポで聴きやすい音になるよう、マスター・テープの音をいじってしまっているのだ。
私の結論は、音のよい順番に並べていくと、次のようになった。
① スーパー・アナログ・ディスク(キングK35P-70002 LP 現在廃盤)
② 米国ロンドン盤LP(廃盤)
③ ユーキャン盤CD (10枚組CD「華麗なるマントヴァーニの世界」所収)※
④ 1989年リリース日本盤CD(現在、廃盤)
⑤ SHM CD(2009年 日本ユニバーサル・ミュージック)
⑥ Vocalion盤CD(英国)
※ http://www.u-canshop.jp/mantovani/
①と②はすでに廃盤なので、現在入手しうるCDの中で、最も音質がいいのは、SHM CDではなく、ユーキャン盤ということになる。
最後に付け加えると、SHM CDに入っている「グリーンスリーブス」は、マントヴァーニのオリジナル演奏ではなく、真っ赤な贋物。理由は分からないが、ここではマントヴァーニ死後に録音された「マントヴァーニ楽団」の録音(BMGが保有しているはずの録音)が使われている。この演奏は、演奏技術も音質も、オリジナルに遠く及ばない。マントヴァーニの看板のひとつとも言える演奏が、得体の知れない録音にすり替わっているのだから、ことは重大だ。