澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

山下清氏と朝青龍のインタビュー

2007年11月30日 19時07分44秒 | Weblog
坂出市の姉妹・祖母殺人事件の渦中にいる父親である山下清氏が、葬儀の前にマスコミのインタビューを受けた。現在の心境を聞かれて「地獄としか言いようがない」と言葉少なに答えていた。

山下清氏という人は、実に率直で、朴訥な人だと思う。多分、田舎にはこういうタイプの人も多いのではないか。マスコミ関係者にとっては、つけ込みやすいタイプだと思われる。
「週刊新潮」によれば、TVインタビューアーが山下氏にぶしつけな質問を投げかけ、それに彼が応じると、周りのスタッフは笑っていたという。ある女性インタビューアーは、放送にはのらなかったものの、山下氏が坂出警察署に連行されたという誤報を流したこともあったようだ。
相手が「田舎者」で「無教養」だと思えば、組みやすい相手と見て、とことんつけ込む。そういうマスコミのイヤらしさを見せつけられた事件だった。
何度も言うようだが、山下氏は、これまでのマスコミ報道をチェックして、名誉毀損に当たる報道をしたメディアに対しては、損害賠償を請求すべきだ。TBS系列の「朝ズバ」で「みのもんた」が彼を犯人扱いしたそうで、激怒しているという報道もある。あの傍若無人の「みのもんた」ならやりかねないし、今のTBSにはそれを制止するだけの良識はない。

一方、朝青龍の記者会見だが、マスコミ各社からは思ったほどの「突っ込み」は見られなかった。無実の庶民には、あれほど食らいついたのに、ひどいものだなあと思った。
「人権」という言葉は、こういうときにこそ使う言葉ではないのか?

坂出市・殺人事件の家族・山下清氏はマスコミを告訴せよ!

2007年11月28日 10時48分24秒 | Weblog
坂出市の姉妹・祖母行方不明事件は、親族による殺害という最悪の結果となった。
この12日間、TV・週刊誌等のマスコミは、被害者の父親である山下清氏をほぼ「真っ黒な」人物として報道してきた。

特にひどかったのは、TVのワイドショーだ。山下氏の映像を何とか撮ろうとして、いろいろ画策した。まずレポーターを張り込ませ、山下氏の行動をすべて報告する。根負けした山下氏がインタビューに応じると、収録した映像を恣意的に編集し、さも山下氏が犯人であるかのような画像ばかりを垂れ流しにした。その結果、視聴者は、「あの男が犯人だ」「あの話し方が怪しい」などと、勝手な想像を膨らませることとなった。「松本サリン事件」において、被害者である河野さんが、マスコミ報道で犯人扱いされたのと全く同じケースだ。

「俺はやっていない。(子供を殺したりするくらいなら)俺はここにいない…」と苦悩の表情でインタビューに応じた山下氏だったが、これさえもTV映像の意図的な編集によって、視聴者へは「怪しい人物」「犯人らしい」というメッセージとして伝えられた。

普通の庶民が、マスコミによって突然「容疑者」扱いとされる。こんなことが何度も許されていいのだろうか?
山下氏は、これまでのマスコミによる報道内容をチェックして、不当な報道をしたマスコミに対しては名誉毀損で訴えるべきだと思うのだが、どうだろうか。

坂出市事件の被害者家族・山下清氏はマスコミを告訴せよ!

2007年11月28日 01時32分36秒 | Weblog
坂出市の姉妹・祖母行方不明事件は、親族による殺害という最悪の結果となった。
この12日間、TV・週刊誌等のマスコミは、被害者の父親である山下清氏をほぼ「真っ黒な」人物として報道してきた。

特にひどかったのは、TVのワイドショーだ。山下氏の映像を何とか撮ろうとして、いろいろ画策した。まずレポーターを張り込ませ、山下氏の行動をすべて報告する。根負けした山下氏がインタビューに応じると、収録した映像を恣意的に編集し、さも山下氏が犯人であるかのような画像ばかりを垂れ流しした。その結果、視聴者は、「あの男が犯人だ」「あの話し方からして怪しい」などと、勝手な想像を膨らませることとなった。「松本サリン事件」において、被害者である河野さんが、マスコミ報道で犯人扱いされたのと全く同じケースだ。

「俺はやっていない。(子供を殺したりするくらいなら)俺はここにいない…」と苦悩の表情でインタビューに応じた山下氏だったが、これさえもTV映像の意図的な編集によって、視聴者へは「怪しい人物」「犯人らしい」というメッセージとして伝えられた。

市井の一市民が、マスコミによって突然「容疑者」扱いとされる。こんなことが何度も許されていいのだろうか?
山下氏は、これまでのマスコミによる報道内容をチェックして、不当な報道をしたマスコミに対しては名誉毀損で訴えるべきだと思うのだが、どうだろうか。

坂出市の姉妹・祖母行方不明事件に見るマスコミ報道への疑問

2007年11月27日 17時26分38秒 | Weblog

坂出市の行方不明事件については、父親が犯人だと匂わすような方向で報道が進んでいたが、たった今、親族の男性が犯行を自供したというニュースが流された。日本TV系列が、最も早くそのニュースを報道している。
父親である山下清さんは、犯人ではなかったのだ。

松本サリン事件の河野さんを思い起こさせる報道をしたマスコミ各社は、どう責任をとるつもりなのだろうか。
特にワイドショーの報道姿勢は、本当に酷かった。山下清さんへのインタビュー画像を適当に編集して、さも彼が「悪人」「犯人」であるかのような表情、話しぶりばかりを放送した。「わたしはやっていない…」ということまで言わせて、そのインタビューを流していたのだ。

ところが、親族が自供したというニュースを見ると、山下清さんのインタビューを放送しつつも、これまで使用しなかった映像を流しているではないか。それは、彼が娘を思い、涙をながしているところだった。父親らしい映像だった。彼が犯人ではないと分かると、ストックされた映像の中から、こういう都合のいい部分だけを取り出し放送する。万事こんなことの繰り返しなのだ。
視聴者に”受ける映像”ばかりを追求した結果が、こういう破廉恥な報道姿勢となって表れるのだ。マスコミのいい加減さには、ほとほと愛想が尽きる。自分たちに都合のいい時だけ「報道の自由」などと騒ぐくせに、やっていることは井戸端会議なみの報道ではないか?

 山下清さんは、今後、これまでの各局から放送された映像をすべてチェックして、行き過ぎた報道をした放送会社を名誉毀損で告訴すべきだと思う。こんなマスコミに遠慮することなどない。ぜひ、やってほしいのだ。


にっぽん家族の肖像「アキ婆から尚子へ」を見る

2007年11月25日 22時13分56秒 | Weblog
テレビ番組なんてろくなものがないと思っていたが、25日NHKスペシャル「にっぽん家族の肖像」は素晴らしかった。

沖縄本島から石垣島明石地区に入植した家族の3代にわたる生き方を描いたドキュメンタリー。85歳のアキばあさんは、50年前から女手ひとつで荒れ地を開拓し、4人の子供を育て上げた。現在は、息子の家族だけが島に残っている。
その孫娘の尚子さん(26歳)が、祖母であるアキばあさんの病気をきっかけに、島で農業を継いでいこうと決心するまでのプロセスが克明に描かれる。
台風ですべてがゼロになってしまう恐怖、将来への不安にもめげずに、農業を継ぐ決心をさせたものは、故郷の土地への熱い想いだった。それとともに「新年の集い」や夏の「エイサー祭り」に見られる肉親や近隣の固い絆が、そう決心させたのだろう。

東京の私の近親者には、親が亡くなった直後から、相続財産を巡る陰謀が始まり、ついには嫁いだ実妹がその実家の「墓」を要求するという事態までに至っている。
俳優の○○○の墓がある寺だから「ステータスが高い」、だから価値があるのだから、墓をよこすか、さもなければカネをよこせという要求だそうだ。

それに対し、貧しくても本当の家族の絆が残っている沖縄は、幸せなところだと思う。
多くの人に見てもらいたい番組だった。



「バンキシャ!」(日本テレビ系)の報道姿勢

2007年11月25日 19時06分28秒 | Weblog
日曜日の夕方に受けねらいの話題を…という番組なのだろうが、「バンキシャ!」を」見てあきれ果てた。

トップ・ニュースは、香川県坂出市の姉妹・祖母行方不明事件の当事者、父親である山下清さんへの「独占インタビュー」。事件の現場となった家の内部をスタジオに再現し、ルミノール反応がどうのこうのという警察顔負けの推理をしたうえで、父親に「独占インタビュー」をするという内容だ。
この父親については、ブログなどで様々な揣摩憶測が書かれているが、TV番組ではその内容を流すことはさすがに人権侵害になるため、この「バンキシャ!」では独占インタビューという形式をとっているのだ。

ここで問題になるのは、インタビューのために報酬を支払ったのかという点だ。経済的に困っているという父親を、カネで釣ったというのなら報道姿勢を問われる問題だ。犯人が捕まったときに流す映像を今から用意していると言われても仕方ないだろう。

司会者の福澤朗は、いつも言うことだが、あまりにひどい。「ハイハイ」「ホーホー」と適当に相づちを打ち、時々さも世情を憂うような表情を作る。その繰り返しで、ロボットのような冷たさを感じさせる。視聴率さえ上がればいいというTV業界関係者の典型だ。

マントヴァーニ「Song hits from Theatreland + Carnival」を聴く

2007年11月25日 12時13分31秒 | Weblog
11月にVocalion社(英国)からリリースされた、マントヴァーニ楽団演奏の「Song Hits from Theatreland」(1958)と「Carnival」(1961)の2on1CDを聴く。
どちらもミュージカル及び映画音楽を収録したアルバムである。特に前者は、「魅惑の宵」「ストレンジャー・イン・パラダイス」「魅せられて」「セ・マニフィック」などを収録していて、マントヴァーニの代表作とも言えるアルバムだ。
「Carnival」は今回が初のCD化である。「So in love」「Shall we dance」など渋めの名曲が収められている。マントヴァーニのアルバムの中では、印象の薄いものであったが、今回聴き直してみると、なかなかいい。

なお、「Song Hits from Theatreland」については、最近、「Fine and Mellow」社から同一内容のCDがリリースされた。「Song Hits from Theatreland+Film Encores」(fm601)だ。Vocalion盤との比較だが、音質は「Fine and Mellow」盤の方がかなり優れている。



マントヴァーニ「Gypsy Soul」を聴く

2007年11月23日 00時00分47秒 | Weblog
英国Vocalion社からマントヴァーニ楽団によるCD「Gypsy Soul+Stereo Showcase」がリリースされた。
「Gypsy Soul」は1970年のアルバム。タイトルどおりジプシーにちなむ12曲を収録している。
ツィンバロムの音色で始まる「ブダペストの心」、モンティの「チャルダッシュ」、リスト「ハンガリー狂詩曲第2番」、ハイフェッツ編曲「ホラ・スタッカート」、サラサーテ「ザパデアート」などアルバム全体を通して聴くと、その完成度の高さがよく分かる。

ジプシー音楽は、1950ー60年代にライト・ミュージック・オーケストラによってよく演奏された。情熱的で神秘的な雰囲気が好まれたのだろう。
現在は「ジプシー」という言葉さえタブーになったようだが、「ロマ音楽」と呼ぼうという話は聞かない。

いまや世界は狭まり、「秘境」や「異国情緒」は急速に失われている。もうこんなアルバムが制作されることはないのだろう、と感じた。

 

香川県坂出市の姉妹・祖母行方不明事件とマスコミ報道

2007年11月22日 17時59分54秒 | Weblog

坂出市の祖母及び姉妹行方不明事件に関して、自分のブログに犯人を特定したかのように書いたタレントが、所属事務所から活動停止処分を受けたという。ことほどさように、ブログや2チャンネルでは「犯人捜し」が 盛り上がっているのだ。

例えば「犯人は画伯」という書き込みが多く見られる。TVで事件を見た人であれば、画伯というのはピンとくる名前(表現)なのだ。

マスコミ報道では、さすがに犯人を特定するような報道は行われていない。だが、上記のブログ事件を採り上げる中で、何となく犯人を示唆するような画像が流されていると思うのは私だけだろうか。

「週刊新潮」最新号は、この事件で囁かれる「5つの謎」という記事を掲載している。ここでは、事件が外部犯行ではなく、家族内のトラブルによる犯行であることを強く匂わせている。
TVのワイドショーは、例の「鈴香容疑者」報道を思わせる過熱ぶりである。暇な主婦や老人が「一億推理探偵」になっているあいだに、もっと大事なことがまた見過ごされていくのか…。


パチンコCR「新海物語」のウラ側

2007年11月21日 12時44分58秒 | Weblog
近所のパチンコ店が新装開店して「CR新海物語」を大量に設置した。
以前は興味もあったパチンコだが、店側の商法(違法な遠隔操作等を含む)を知ってしまうと、素直に熱中することはできなくなる。最近は「ロト6」や投資信託に興味が移ってしまった。

19日の新装開店に遭遇したので、ちょっと寄ってみる。時間は午後3時半頃。もう800回転から1,000回転もあたりが出ていない台が何台もある。いくらなんでも開店日なので、夕方の客の入れ替え時(主婦や老人から勤め人に入れ替わる)までには出るだろうと推測した。700回転ほどした台で打ったが、あまりに回転が悪いのですぐに諦める。少し外でブラブラした後、4回大当たりのあと、900回転ほどした台を選ぶ。そこでほどなく単発を当てるが、すぐに底をつく。午後4時40分頃、もう一度単発が当たる。その後は順調で12連チャンした。最終的にはプラス4万円。まあまあ満足だった。

「新海物語」の印象だが、前のものと比べて、①出玉が少なくなり、②大当たりの表示が紛らわしくなった。②については、途中で「確率変動突入」になると、それが1回の大当たりとしてカウントされるので、実際の出玉よりも大当たりが多く表示されるという訳だ。あとから来る客を騙す効果があるということか。

パチンコにも熱中できずに、パチンコ店の内部を眺めていると、いろいろなことに思い至る。究極的には、北朝鮮献金に協力するバカな自分に気付くのだが…。

「公務員バッシング」の果てに…

2007年11月18日 20時53分31秒 | マスメディア
今日の「産経新聞」に興味深い記事が載っている。元外務官僚の宮家邦彦氏が書いた「”国のため”気概失う若手官僚」という記事だ。
それによれば、東大法学部出身の国家公務員採用者が、過去15年で140人から60人へと激減しているという。10年前までは東大法学部の各年上位100人はほどんどが国家公務員になるといわれた。しかし、現在の上位100人の多くは外資系企業や弁護士などに流れ、公務員は皆無に近いそうだ。

こうなった原因は、最近の公務員バッシングにあるようだ。宮家氏は次のように続ける。
「理由は何であれ、東大法学部で最も優秀な若き”エリートたち”が国のために働く意欲を失っているのだとすれば、実に由々しき事態ではなかろうか」
「大多数の若い国家公務員は薄給にもめげず、国民のために黙々と働いている。朝は早くから各政党の部会に呼ばれ、昼間は通常の業務をこなし、夜は国会関連作業
などで遅くまで待機する。
国民が真に憂慮すべきは、官僚組織の政策立案能力の低下であろう。…問題解決には日本の長期的な国益を踏まえたプロの専門家集団による真剣な政策議論が必要である。…政治主導の政策決定には大賛成だが、最近の行き過ぎた役人バッシングだけでは何も解決しない。現在のように国会議員が政争に明け暮れ、民間にシンクタンクが育たないまま、官僚たたきだけがあと10年続けば、どうなるか。
日本の官僚組織は確実に崩壊し、責任を持って長期的政策を立案できる組織はなくなるのだ。」

最近のマスコミによる「役人バッシング」は、キャリア公務員の「ノブレスオブリージュ」(高貴なる義務)まで否定する傾向にある。「民間ならこうだ…」という論調で、公務員の非効率性を攻撃するのが常套手段だが、「民間とは何を指すのか」「公務員の公共性・公平性をどう考えるのか」という視点は欠落したままだ。
上記の記事が指摘するように、あと10年こんな状態が続けば、日本の官僚制度は確実に崩壊するだろう。

問題は霞ヶ関の中央官庁だけではない。身近な市役所や郵便局の職員は、これまでごく普通の人々が勤める安定した職業だった。輝く学歴や技能がなくても、こつこつと日々の仕事をこなしてきた。これらの人たちが、地方・地域を支えてきた側面は誰も否定できないはずだ。それを「税金泥棒」呼ばわりして、貶めるという最近の風潮は本当に見苦しい。
名もない普通の、これらの人々が、日本の社会階層からごっそりと抜け落ちた時、日本社会はどう変わるのか?
その答えはもうはっきりとしている。弱肉強食の「格差社会」の普遍化だ。

舛添要一の暴言~パート2

2007年11月14日 10時30分47秒 | 政治

舛添厚生労働大臣は、記者のぶらさがり取材では相変わらず好き勝手なことを言っているようだ。

 「…学習院や成蹊を出ている人じゃ、この国の総理大臣は務まらないよな。だいたい、麻生なんて、漢字も読めないんじゃないの…」)「週刊文春」9/11号)
「…大体厚生労働省の役人なんてバカばかり。財務省が白人なら、(厚労省は)黒人ということだ」(「週刊新潮」11/15号)

東大以外はみんなバカ、東大の中でもオレが秀才中の秀才なのだということを、手を変え品を変えて言っているに過ぎない。こんなことを言うたびに、敵を作り、人間性も疑われてしまうだろうに…と心配するのは、凡才の負け惜しみなのだろうか。

考えてみれば、我々の周囲にも「ミニ舛添」がわんさかいる。別に東大出ではなくても、会社の昇任試験を少し早く受かったくらいで、「舛添」化してしまう類が多いのだ。


田原総一朗の北朝鮮ヨイショ・インタビュー

2007年11月11日 11時29分12秒 | マスメディア
電波芸者・田原総一朗がピョンヤンに行き、ソン・イルホ朝日担当大使にインタビューした映像が放送された。(「サンデー・プロジェクト」11月11日)

横田めぐみさんの遺骨について田原は、北朝鮮と日本の立ち会いのもとで米国に再鑑定させればいいではないかと主張。ソン(宋)大使は、憤然と拒否していた。
自分の番組で相手をいらだたせるという田原の手法は、さすがピョンヤンでは通じなかったようだ。彼の特徴は、強い相手には決して刃向かわず、ヨイショに回ることだ。
ピョンヤンでも日本政府を批判して、独裁国家の高級外務官僚にヨイショするという醜態をさらけ出していた。

興味深いのは、朝鮮問題の第一人者である重村・早大教授が、登場しなかったこと。代わりに伊豆見元・静岡県立大教授が解説していた。重村教授は、著書の中で伊豆見教授がいかに無能な人物かを書いていて、両者が同一番組に出席することはありえないのだ。
政府の意向だけを代弁する「御用学者」の典型である伊豆見氏は、こういう時には出番なのだろう。いつものエラソーな態度で、拉致議連の中川氏と同席していた。
重村氏の著書によると、韓国留学の際、学力不足で大学院にも入れなかったという伊豆見氏だが、こういう人に限って、大学教授になると傲岸不遜な態度になるのだ。大学でも、学生に対して威張りくさるイヤな教授だろうな…と想像できる。

いずれにしても、今回の田原の訪朝は、福田政権下で対北朝鮮世論の変更・誘導を狙う戦略の一環だろう。
だが、この電波ジジイが、横田めぐみさんを「カード」に使うのは決して許されないことだ。