GITANES臭が事態を悪化させるのか。
それとは無関係に・・・。
訳アリデブ、なんてアパートの他の住人たちは私のことを呼んでいるようだが心外な。
私には細井明夫というちゃんとした名前があるし、このアパートで唯一部屋にフルネームの表札を掲げている。
それなのに訳アリデブというのはどういう訳だ。
確かに細井でこの体形はおかしいとか、明夫という名前なのに暗いとか、学生時代から散々言われてきたが、そもそも命名したのは自分自身ではないのだから、ネーミングの失敗は私のせいじゃない。
訳アリというけど、まったく訳なんかない。
そもそも私はちゃんとした公務員だ。役場の防災部防災課防災班庶務係に属している。もう8年は無遅刻無欠勤だ。まったく「訳アリ」の要素なんかないじゃないか。
地銀に就職しようか、公務員試験を受けようかと悩みに悩んで、
銀行はスーパーカブに乗ってヘルメットを被るが、私は北半球
で一番ヘルメットが似合わない男だと自覚しているから
どちらかというと第一志望だった銀行就職を断念し、
公務員試験を受け、そして現在の役場の防災部防災課防災班に
勤務しているのだ。もっと尊敬されて当たり前なのだ。
たしかに、まともなところで働いているのに「運命を呪って」
いる部分はなくもない。
なぜならば防災部防災課防災班は皆、いつになるかは誰も
知らないが多分確実にやってくるであろう「大地震」に備える
部署だから、一年中室内でもヘルメットを被っていなければ
ならないからである。
どうしてヘルメットを避けた結果ヘルメットに囚われてしまう
のか。人生の理不尽を感じる。
理不尽と言えば、今週大家の部屋の前が騒がしくなり
湯沸し器横の小さい窓を開けて様子を見てみたところ
ドジョウひげが中華鍋を振り回していた。それだけなら
たまに見る光景だが、死ぬ一歩手前ぐらい顔色の悪い男が
ニヤニヤしながら立ち去るのも見た。
私はああいう人種、何がなんだかわからない、どうやって
生計をたてているのか想像がつかない人種が最も嫌いなのである。
ああ、嫌だ。
おまけに先月の終わりぐらいから、アパートに進入する道の
脇に、時間はさまざまだが怪しいクルマが停まっていることが
多くなった。
国産の古いバンで、そう目立つような車種ではないが
真っ黒なフィルムをガラスに貼っている。
どうも男が2人乗っているようだった。
それだけならまあいい。
たまに歩行者がそのバンに近づいていくのもしばしば見るように
なってきた。
誰かが近づくとバンの運転席窓がスルスルと開く。
そして、歩行者が何かを運転手に手渡すように見えるのだ!
まさか両者がわざわざ窓を開けてまでハイタッチしている訳
ではないだろう。
となると、何かを受け渡ししているに違いない!
となると、もうそれはクスリ関係に違いない!
それを見てしまってから私は気が落ち着かない。
引っ越しも真剣に検討した。
しかし、レジデンス茶柱ほどの環境で安い部屋はないのである。
こんなぼろぼろなアパートなのに、トイレはウォシュレット完備、
便座も暖かく、室内の照明もすべてLEDだ。なかなか球切れも
ない。建付けが悪くドアの開閉には苦労するのだが、家賃との
バランスを考えるとそれも仕方ないのだ。
ええと、何の話だ?
そう、怪しいクルマが頻繁に現れて落ち着かないのだ。
警察に通報することも考えた。しかし通報したことが
バレてしまったら非常によろしくない。
こうなったら、誰かをけしかけて通報させるしかない。
通報は市民の崇高な義務である。自分では電話しないが
防災部防災課防災班の公務員魂が燃えるのだ。
カンカンカンという音とともに、鉄の階段を下りてきた人が
いる。
怪しいマッサージ屋だ。こいつを使おう。
ドアを少し開けて手招きする。
「ねえねえ、こっちこっち・・・」
マッサー「?何?」
「ちょっとこっち来てよ・・・」
眉毛のあたりに疑惑丸出しにしながらも、マッサージ屋は
玄関前までやってきた。
「防災さん、どうしたの?」
「あのね、今日もあの角にバン停まってたよね?」
「そだね。いたね。」
「午前中に1時間ぐらい、午後からも1時間ぐらい、夜も
1時間ぐらいいるよね?」
マ「いるよ」
「あれって、怪しいよね?」
マ「まあ、あやしく見えるねえ」
「何してるんだろうね?近づいていく人がいるんだよね」
マ「いるね」
「いろんな人がね。主婦っぽかったり学生みたいだったり
サラリーマンみたいなのもいるし、作業員風も」
マ「よく見てるね。防災さん暇なんだねえ」
「そういうの、気になるんだよ!」
マ「慣れた方がいいよ。」
「慣れたくないんだよ!あれって、何か受け渡ししてるだろ?」
マ「そうだね」
「薬物に違いない!・・・と思ってるんだけど。」
マ「うーーん、まあ気にしない方がいいよ。というか
気にしなくても大丈夫だと思うよ。」
「いや通報すべきなんだよねえ・・・」
マ「なら、すればいいじゃん。」
「・・・」
マ「まあ、通報してもしなくても別に何にも変わらないと
思うけどねえ。」
「ひょっとして・・・何か知ってるの?」
マ「あれ、常識だと思ってたけども。」
「え?」
怪しいマッサージ屋「だって、あれは、」
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
続くのか?