休日に福島県大内宿へ妻とドライブに出掛けた。
大内宿とは・・・江戸時代の町並みを今に残す宿場「大内宿」。「下野街道と呼ばれた会津と日光を結ぶ街道の両脇には、茅葺き屋根の民家が並び、江戸へ向かう大名や旅人の宿駅として重要な役割を果たしていました。30軒以上の茅葺き屋根の民家が並ぶ様子は極めて珍しく、現在も100万人以上の観光客が訪れ賑わいを見せています・・・とのこと。
以前テレビで知ってから、興味を持っていた宿場町である。当日は朝6時過ぎに出発し、首都高から東北道へ入り、白河インターで降る。途中で道の駅を寄り道をしながら山道を抜けると約4時間で大内宿に到着した。まるでタイムスリップしてしまったかのような宿場町が目の前に広がる。
未舗装の道の両脇には小川が流れ、飲み物がカゴに入って冷やされている。各店頭のお土産を眺めながら、通りをそぞろ歩いていると外れた所に高倉神社があった。第77代後白河天皇の第三皇子・以仁王(高倉宮)が治承4年(1180年)5月、平家追討に失敗してこの地に落ち延び、大内宿で潜行の際に草鞋を脱いだといわれています。高倉神社はこの高倉宮似仁王をお祀りした神社であり、「 大内」という地名も高倉宮似仁王より賜ったと言い伝えられています・・・とのこと。この神社が何ともいい感じだった。
参拝した後、通りに戻り、通りを奥まで進み、高台から宿場町を見下ろす。江戸時代の人も眺めたと思われる風景を平成になって眺める不思議な感覚である。
そして昼は名物である高遠(たかとう)そばを食べる。箸ではなく添えられたネギにそばを引っ掛けて食べるスタイルで、途中でネギをかじってもいいらしい。そばがとにかく絶品でうどん派の私であるが非常に美味しい頂いた。ちなみにネギはお持ち帰り自由だったのでかじりかけを持ち帰った。
その後もじゅうねん味噌を塗った 団子やじゅうねん味噌(「じゅうねん」とはエゴマの方言名とのこと)を食べ歩いた。観光客が増え始めた午後には私たちは宿場町を後にした。(つづく)