横網町公園の復興記念館を見学した後、相撲の街である両国をブラ散歩していました。
清澄通りから江戸東京博物館の裏道には、亀の上に立つ巨大な徳川家康の鷹狩り装束の立像がみられ、像の左手には鷹が止まっていますが、家康のゆかりの街でしょうか?
国技館通りに出ると、先日まで大相撲五月場所が開催されていた国技館の壮大な姿が見られますが、閉館されていました。
両国駅前には、両国のシンボルとして大きな四つ相撲の石像があり、撫で石となって手足が真っ黒になっておりパワースポットとなっています。
国技館通り近くの両国橋の親柱には、巨大な球体のオブジェが設置されていますが、両国の花火に由来する六尺玉をイメージしてデザインだそうで、夜には球体から光も放たれているようです。
両国橋は、下総国と武蔵国を繋ぐ橋として隅田川に架かる最も古い橋の一つで名前の由来となっており、三大ゲルバー橋と言われる当時の最先端技術で作られた橋となっています。
両国橋から回向院へ向かうと、境内には関東大震災の供養塔や鼠小僧のお墓、ペットの供養塔などが祀られて開運スポットとなっていました。
回向院横の両国シテイコアビルの中庭には、旧国技館の土俵があったところで、現在は駐輪場となっていますが、丸い円で記されています。
回向院の周辺は、江戸時代には大きな吉良邸があったところで、現在は本所松坂町公園となっており、忠臣蔵の赤穂浪士が討ち入った吉良上野介の上屋敷跡としてなまこ壁で囲まれた長屋門のある公園となっています。
園内には、吉良上野介座像や首洗い井戸、松坂稲荷神社が保存されています。
さらに近くの両国公園は、江戸時代の武士だった勝海舟の生誕地跡で記念碑や海舟の活躍の歴史が紹介されています。
両国公園や両国駅付近には、相撲の街特有のちゃんこ料理店や相撲部屋の光景も見られ、江戸の風情が漂う雰囲気となっています。
久し振りに両国下町の魅力を感じながらのぶら散歩でした。