夏の風物詩、錦帯橋鵜飼。
今年も6月1日から8月31日まで開催される。ということで先日、鵜飼開きが行われた。
神主さんのお出ましで、期間中の安全と千客万来を祈願する神事もおごそかに、執り行われた。
あれから1週間あまりたった昨夜。どんな賑わいを見せているのか、篝火映える川面に飛び散る火の粉はどんな幽玄の世界にいざなうのか・・・今一度、この目で確かめカメラに納めようと、日の暮れを待って張り切って出かけた。
錦帯橋上流、静かな川面。どこを探しても鵜飼らしき篝火も鵜匠の姿もない。もちろん観光用の遊覧船の姿もない。
目をこらすと、乗船受付用テントの明かりさえ点いていない。
何のことはない開店休業。お客がいなければあっさり店じまいであった。
改めて、岩国市民に、夏の岩国観光の目玉「鵜飼」をしっかりアピールして、観光力の地力をつける必要性を痛感した一こまとなった。川面に浮かぶビアガーデンなどというのは如何だろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/36/6f9280eced57c3b847b2d46ea0638472.jpg)
せっかくカメラをひっさげ、わざわざ出向いたのだ、手ぶらで帰るのも惜しい。
遠くに浮かぶお城山を背景に、錦帯橋夜景を撮って溜飲を下げた。
“アーアまるっきりお茶を挽いた・・・”と思いつつ帰ってきた。
当てにしてわざわざ足を運んでみたら、何のことはない当てが外れて何の得るものもなくすごすご引き返す様子。と思い込んでいた「お茶を挽く」という言葉。
確かに、親父もおふくろもこのような意味に使っていたと思う。
ところがよく調べたら、これが大違い。
性風俗用語だという。「客の取れない暇な芸妓はお茶の葉を臼でひき、茶粉をつくらされたことが語源」だといわれているそうな。
ついでに「おちゃっぴー」というのもほぼ同義語だという。可愛いお茶目な女の子というイメージとかけ離れる。
わざわざ出向いて、鵜飼にはフラれたが言葉を一つ正確に覚えた。
やっぱり得をした夏の夕暮れであった・・・ということにしておこう。
今年も6月1日から8月31日まで開催される。ということで先日、鵜飼開きが行われた。
神主さんのお出ましで、期間中の安全と千客万来を祈願する神事もおごそかに、執り行われた。
あれから1週間あまりたった昨夜。どんな賑わいを見せているのか、篝火映える川面に飛び散る火の粉はどんな幽玄の世界にいざなうのか・・・今一度、この目で確かめカメラに納めようと、日の暮れを待って張り切って出かけた。
錦帯橋上流、静かな川面。どこを探しても鵜飼らしき篝火も鵜匠の姿もない。もちろん観光用の遊覧船の姿もない。
目をこらすと、乗船受付用テントの明かりさえ点いていない。
何のことはない開店休業。お客がいなければあっさり店じまいであった。
改めて、岩国市民に、夏の岩国観光の目玉「鵜飼」をしっかりアピールして、観光力の地力をつける必要性を痛感した一こまとなった。川面に浮かぶビアガーデンなどというのは如何だろう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/36/6f9280eced57c3b847b2d46ea0638472.jpg)
せっかくカメラをひっさげ、わざわざ出向いたのだ、手ぶらで帰るのも惜しい。
遠くに浮かぶお城山を背景に、錦帯橋夜景を撮って溜飲を下げた。
“アーアまるっきりお茶を挽いた・・・”と思いつつ帰ってきた。
当てにしてわざわざ足を運んでみたら、何のことはない当てが外れて何の得るものもなくすごすご引き返す様子。と思い込んでいた「お茶を挽く」という言葉。
確かに、親父もおふくろもこのような意味に使っていたと思う。
ところがよく調べたら、これが大違い。
性風俗用語だという。「客の取れない暇な芸妓はお茶の葉を臼でひき、茶粉をつくらされたことが語源」だといわれているそうな。
ついでに「おちゃっぴー」というのもほぼ同義語だという。可愛いお茶目な女の子というイメージとかけ離れる。
わざわざ出向いて、鵜飼にはフラれたが言葉を一つ正確に覚えた。
やっぱり得をした夏の夕暮れであった・・・ということにしておこう。