「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「木に竹を Ⅱ」

2010年06月25日 | 晴耕雨読
            
             6月13日撮影           6月23日撮影

木に竹を接ぐ話の続編。
10日前の下刈りで、大きな杉の根株に小さな笹が生えているのを見つけた。
さて今回はどうなっているのか気がかりだった。杉の皮と幹の間に、この手で笹を差し込んだのではないか・・・というご指摘もあった。が、そんなことはない、まさしく木に竹を接ぐように、杉の木に笹は生息しており、元気であった。杉の皮を破る勢いで、笹が竹に変身しようと頑張っているかの如き勢いが見えた。
やはり、木に竹を接ぐ話、まるっきりの絵空事でもないことを実感した。

さて恒例の梅の収穫。
色々手を掛け汗をかいた梅が、今年もほどよく実を付けた。
春の天候不順にたたられて、量的には昨年の半分から3分の1の実りだということだった。
我が家もご多分に漏れず、実の数は確かに少ない。が、結構粒が大きく重量的にはまずまずの出来映え。

下刈りはしてあるものの、草いきれの中を這うようにしてもいでいく。
たちまち汗がしたたる。そこへ、下を流れる錦川支流のせせらぎが、一服の涼を耳に運ぶ。せせらぎの向こうから時折“ヒォロロロロ~~”カジカカエルがちょっと切なそうな哀愁メロディを届けてくれる。
なんでもない田舎風景の一コマながら、多くの人に味わってもらいたい素朴な安らぎを感じる。
もっとも、これはしたたる汗とセットであればこそ感じる安らぎかもしれない。

            

桜は下から見上げるのがよしとされる。梅の花は上から眺めるのが風流を誘う。
ところが、梅の実は上からではほとんど見えない。木の下に潜って見上げ、枝を交わしては残さないよう一粒ずつもいでいく。これは大変だが楽しい作業でもある。

収穫の全部をもらって帰って、二階の一部屋に広げる。見事な青梅の洪水となる。
            
階段を上がると、二階中に広がる甘酸っぱい、言葉に出来ないほどの優しい香りが身体を包む。
梅干し・梅焼酎・梅ジャム・梅味噌・・・色々加工され、向こう一年の保存食として冷蔵庫に収まる。
コメント (8)
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